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「ねぇ遥ちゃん」

目覚める前の気だるさと現実にある白い天井に、聞き慣れた女の声が割って入る。

僕は、また今日が来たことをうっすらと頭の片隅で理解した。

「遥ちゃんってば」

近くに居るにしては遠く感じる声。それは僕たちの間に『襖』という仕切りがあるからだろうか。

甘い陶酔と確かな倦怠に、僕はこの世で一番愛しい人の呼び名を呼んだ。

「おはよう、母さん」

それから、僕の今日という世界が広がっていくんだ。

あまりに自然で吸収しやすい、スポーツ飲料のようなクスリ。

起き上がって眼鏡を掛けて。仕切りを割って母が待つリビングに入る。

母はテーブルの真ん中におかれた紅いダリアの植木鉢に水を与えていた。

「きれいでしょ!?」

無邪気に笑う母。手元の植木鉢の受け皿からはさっきから水を垂れ流している。
如雨露から注がれる水は朝日に当たって輝いていて本当に綺麗だと思うのに。

「綺麗だね」

そう言ってやれば微笑む母は不安定で気色悪い。

「遥ちゃんにぴったり」
「ありがとう…母さん、クスリ…打った?」

母は何も言わずにニタニタと子供のように笑っている。

僕は母の、とても不安定な笑みが好きだ。

何にも穢れていないようでいて僕はちゃんと知っている。母を、恋人を汚したのは紛れもなく僕だから。

だから僕は彼女を抱き締めるんだ。

抱き締めて床に押し倒す。どれだけ穢しても汚したりない。

母が発狂をする。

それは美しいとは言えない。

「遥ちゃん」
「好きよ」

そう、言ったのに。

仕事から帰ったとき、何となく嫌な予感がした。家の中が暗い。母はいるはずなのに。

母は部屋にいた。しかし、一人ではなかった。

軋むベッドの音と喘ぎ声がそれを物語っていた。

気がついたら僕はリビングにいて、ひたすらに包丁を磨いでいた。

それが、暴挙の30分前。

階段から、二人分の足音がして。
僕は息を潜めてリビングにいた。

男が帰って、母が見送る。ドアが閉まる音がした。

母は、夕飯を作りにここへ来るはずだ。

研ぎ澄まされた暴挙。

リビングの扉が開いて、僕は笑顔で母を迎える。

母が、バカみたいにニタニタ笑っている。

「母さん」

手元が肉を断つ感覚を覚えた。

「あっ」

母が青ざめる。僕は、愛した女に笑顔で告げるんだ。

「死ねよ糞アバズレ女」

暴挙は泣いた。
叫び声と麻薬の匂い。
目の前で血を吐きかける女がとても綺麗だから。

ひたすらに、ぐちゃぐちゃと犯した。

包丁をグリグリ回して。
気が付いたときには真っ赤だった。

暴挙は去った、嵐のように。

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