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|定子《ていこ》さんは、その古風な名前とは裏腹に、とても明るく、派手な人でした。どちらかといえば”ヤンチャ”な人で、クラスでは地味な存在だった私に、たくさんの刺激を与えてくれました。
そんな、普通ならば出会うはずのない私たちの出会いは、中学校の2年生の頃でした。定子さんは上記のごとく活発な子で、格好もその如く、踝まである制服のスカート、校則違反の長い栗色の髪といういでたちでした。
初めて会ったとき、定子さんは昼ごろに保健室へ来ました。私は怖かったです。もしかしたらなけなしのお金を取られてしまうのかもしれない、お金がなかったら殴られてしまうかもしれない、と。
しかし彼女は、私が居ても気にした様子でもなく、迎えの席に黙って座り、静かに清少納言の枕草子を読み始めました。
意外なことに私は、そのままじっと見つめてしまいました。するとそのうちその視線に気が付いた定子さんは本から目を上げ、目が合いました。今度こそ殴られてしまうと思ったのですが、定子さんは私の予想に反し、「勉強は?」と聞いてきたのでした。
「あ、あの・・・ごめんなさい」
「いや、別にいいけど。あんたは、何読んでるの?」
「あの・・・夏目漱石のこころです」
「ああ、あたしも読んだことある」
にこっと微笑んでそう言った定子さんに、驚きと不思議な感覚を覚えました。今思えばその不思議な感覚というのは、”嬉しい”というものだったのでしょう。
それから私は、意外なことに定子さんと仲良くなっていきました。とはいっても、ほとんどは本を読んでいるので、あまり口数は少なかったように思います。いつも遅めに来ていた定子さんが徐々にではありますが、早く来るようになり、お昼休みなどに「太宰はいわゆる人間のくずだよな」と笑って語り合ったりしました。
「ウチの父ちゃんはね、盗みと薬だけはやるなってよくいったよ」
「なるほど・・・」
定子さんはそのときによってさまざまな本を読んでいました。現代の携帯小説を読んでは、「う〜ん・・・」と、渋い顔をしたり、二葉亭四迷を呼んで「まあまあだ」といっていました。今思えば、中学生であれらの作品をちゃんとそれなりには理解していたというのは、なかなかすごいことなんだと思います。
定子さんとのお話はそれだけではありません。中には定子さんの恋愛の話もありました。ある日、突然料理本を読んでいたので、「料理好きなの?」と聞いてみると、「いや、まったくできないんだ。だから困ってんだよ、男が弁当作ってくれとか言い出すからさ」と、はにかんで答えてくれました。その日から定子さんのお昼ご飯は、コンビニ弁当から手作り弁当に変わりました。最初は、確かに”そういった”味だったのですが、徐々にすばらしい料理になって行きました。
今思えば定子さんは、どんなことにもまっすぐで、前向きでした。きっと辛いことがあったときもあったのでしょう。しかし私は接していて、それらを微塵に感じられることがありませんでした。ただ、ひとつだけはっきりと覚えているのは、いつも自分のことは何も語らなかった定子さんが、
「清美は、進路とかって考えてる?」と突然聞いてきたのです。
「余計なお世話かもしれないんだけど、いつかはこの保健室から出て行かないといけないよね。
私はね、将来作家になりたいんだ。思ったことをはっきり言える、誰かに寄り添えるような作家にさ」
それは、本当に素敵な夢だと思いました。
「なれますよ。定子さんは思ったこともはっきりと包み隠さず言えるし、誰かにより添えてると思います」
そのときに浮かべた嬉しそうな顔は、今でも忘れません。
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