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外に出ると、夜霧のせいか町並みが湿っていた。
朧に見える満月は、澄んだ空気に浄化されたのかのように青白く、光が空気にぼんやりと分散している。
橋の下に映る分身は、気まぐれに少しだけ揺れていた。
綺麗だ。
それだけを思った。
どこかから聞こえる琴の音が、現実に濃紺を意識させる。
気に入った音だ。日常を音色に染めるような。
橋の手摺に両腕と体重を預けて頬杖をつくと、着物が微かに湿った。
「綺麗だねぇ」
「…あぁ」
√雨がしとしと紫陽花の月 夜に照らされ涙にくれる
音に見惚れて音の方へ顔を向ける。恭太郎が「おっかしいなぁ!」と少し笑って言った。
「雨の日にゃあ月は出ないよな」
「…」
女の声で歌われた歌。この歌は、誰のための歌なんだろう。
思いを巡らせてみる。呼吸をしたら空気が冷たく喉に絡み付いた。湿った酸素に、肺が痛くなって咳き込む。
「大丈夫か?」
咳がしばらく止まらなかった。恭太郎が心配そうに背中をさする。
「大丈夫」
「重症だな。昔からお前の大丈夫は大丈夫じゃないんだよ」
急にどうしたんだろう。
急性的に起きた咳は、すぐに治った。少し重かったせいか喉の奥が切れてしまったような、鉄の味が僅ながらに感じられる。
「無理してんじゃねぇの?」
「急にだから。たぶん、霧のせいだ」
「…帰るか」
ちょうど、自宅は琴の音の方だ。
歩きながら、琴が近付く。音色に耳を傾けていると、恭太郎は呆れたように笑う。
「ホントに好きだな」
鼓膜に流れ込む、日常の雑踏に混じる琴。
月明かりが薄ぼんやりとしている。熱を持った頬を、夜が掠めていった。
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