7


 毒ガエルやクラゲ、イソギンチャク。小さな展示、大きな展示がバランスよくあった。

 予想より人混みも忙しなさもあり少し疲れた頃、シノがふっと、こちらに紙を渡してきた。
 金か?と、楽は一瞬手を出さなかったが、思考が追いつけばそれは何か券のようなもで、受け取ってよく見てみた。

 ウミガメ餌やり券。

 再びシノを見ると、ニヤッと笑った顔と細い指、目の前に大きな水槽がある。
 そのままスタスタ歩く、指が緩く握られた。どうやら、楽が思っていたよりシノはノリ気な様だ。先を行くシノの背、旋毛が見える。

 この、照れた顔を見られなくてよかった。

 何組か並び、足元に疑似の海が広がる。思ったより生臭い。
 果敢にウミガメに餌をやるシノを見て、自分も恐る恐るあげてみるが、やはり生き物とはそういった人の心情がわかるのだろうか。シノばかりに餌を貰いに行くウミガメたち。

「食べた」

 だけど数少ないその現象を見たシノは、にへっと笑ってくれた。
 それだけで眩しくて、この網から落ちるかも、というくらいには気がそぞろになってしまう。

「手、熱いね」

 足元の振動で、ふふふと後ろでシノが笑ったのを感じる。
 まぁ、次の客に見られようと何をしようと、きっとウミガメ体験に喜ぶ若者、くらいに見えるだろう。実際少し、楽しかったし嬉しかった。

 それからアザラシのショーも見た。ガイドが言った、アザラシはショーが苦手で珍しい、愛嬌があると。
 確かになと、アザラシのぎこちなさについつい顔も綻んでしまった。

 いいなぁ、本当に飼育員とか、やってみたい気がしなくもない。こうした、少しのエンターテイメントを生き甲斐にしつつ、何かを育もうなんて。きっと本人たちは幸せだ、それが伝わってくる。

 水槽の前の線引きは、子供の観賞用らしい。行き届いた配慮だ。

 アザラシの何ちゃんだか、「バイバーイ!」と手を振る…というより腹を叩く演出で、人の流れが出てくる。
 さて、そろそろ終わってしまうかな、この時間も…と辺りを確認しながら歩いていたが、シノがふと「あ」と言った。

 円柱の水槽。まるで水の中にいるような空間に、アザラシが泳いでいる。
 それを目で追いかけるシノは、一匹…へその緒のようなものが付いたアザラシを指し「ちんこかな?」と子供のような口調で言うのに「…おいっ!」と窘めるのは大人の理性と恥ずかしさなのか、保護者なのかと微妙な心境に至る。

「だって、きっとそうじゃない?裸だよ?」

 …海洋生物に「裸」の概念とか…でも確かに、へその緒…どうなんだ、とついついシノのペースに呑まれその個体を目で追い掛けてしまう。

「…かもしれないが、」
「へー、こんなモロ出」
「確かこの先が最後だよ。サメが…」
「ピンク〜!ガクのとは」
「シノ、サメがあっちいる。行こ、」

 …あたりを見る。子連れ、いるしっ!

 しかし子供は気にしてないし、子供が気にしてないから親も何も言わないらしい。

 水族館の出口の前。大きな縦の円柱の中に、サメが二頭いる。
 まるで、自分達とは時の流れが違うように、ゆったり堂々と泳いでいた。

「シロワニだ」
「…ん?」

 楽は、カメラ禁止のマークを眺めていた。
 それにシノが、「目が悪いから」と言った。

「だから水槽も丸い。フラッシュの光とかで、ビックリしてショック死しちゃうんだよ」
「そうなんだ…」
「おっきいなぁ」

 サメを眺めるシノを見て、今日は色々見たなぁ、カワウソも可愛かったし…と思い返せるくらいには、ゆったり、このままずっとだなんて考えているから…。

 そういえばイワシも円柱だった。延々と、止まることなくくるくる回っていて、何だったか忘れたが確か、死ぬまで永遠に泳いでいないと死んでしまうんだよな…今、ワニって言ったけど…と、ケータイを取り出し調べてみる。

 ワニは、サメの別称?ん?と進めていくうちに、小さな声で「ガク」と呼ばれ我に返る。振り向いたシノが、「出よ」と出口を指した。

 申し訳なかったなと、「ん、あぁ…」別につまらなかったわけじゃない。寧ろこれはどちらかといえば興味が湧いたんだよなと、楽に着いていきながら「ワニってどういうこと?」と聞いてみたりした。

 しかし予想外の反応で「え?」と返ってくる。
 それで会話は終わり、「ここに確か喫煙所が…」と出てすぐの場所を覗いていたが、「あれ、なくなったみたい」と振り向くシノに、邪推が入る。ここ、来たことあるのかと。

 まぁ、別に不思議なことでもないし、なんともないことだけど…。

 ふとベンチに座り、「で、どこ?」と聞いてくるシノに、一気に距離を取られたように感じた。

「疲れたから足伸ばせる風呂がいいなあ」

 …そういうわけじゃなかったんだけど…。
 気まずくなり、「なんか食う?」と、売店を指し聞いてみた。
 「飲み物〜」としか返ってこないので、何味かはわからないが、なんとなくここ限定だろう飲み物を買った。

 透明なプラスティックの向こう側の気泡。青から透明にグラデーションされている。
 下に落ちて行く水滴は透明なはずなのに、青くなる。本当に透明だからだろう。

 カランと、氷が溶けた。

- 7 -

*前次#


ページ: