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 渡そうとする前に、楽を眺めていたシノは「…何味っ!」と明るく笑った。
 まだ陽も射している。それだけで、こんなに新鮮な気持ちになるなんて。

「わからん…」

 受け取ってすぐにストローを刺し、ぐるぐるとその炭酸を淡くしたシノは「多分ブルーハワイというか、ラムネだよね」と言いながら、まだ少しだけ濃い底の部分を吸った。

「意外と子供っぽいね、ガク」

 いや、今日のあんたには言われたくないけどなぁ、と自分も飲んでみた。甘い炭酸、としか言いようがないけれど。

「…どうだった?今日…」

 そんなことがポロっと口を吐いた。
 こちらを見つめるシノの表情は読めなかったが、そうとは思えない「楽しかったよ」の平淡な声。
 またチラッと上目遣いをするシノから目を離し、「バス、いつだろ」と言ってみる。

「タバコは駅着いたらでいいや」
「早く行く?」

 本当は理由を着けてもう少し…でも、夕飯を…だなんて言えば、それこそ本当に、だ。

「…次、いつ暇?」

 ただそれだけで、シノはふと黙り首を傾げ、「大学忙しいの?」と聞いてくる。
 ああ、これ、フェードアウトの可能性出てきたかも。

「いや、わかんないけど多分あんたより暇だけど…」
「………」

 訳がわからない、という雰囲気のまま、シノは炭酸を飲み終え、ふっと立って「ごちそーさん」と、プラ容器を捨てに行った。
 楽も急いでそれに習い、二人でバス停まで歩いた。少しだけ、長い道。

 結構な列が出来ていたが、その分、タイミングよくすぐにバスが来た。

 疲れてしまった子供が多く、行きより賑やか…煩わしいほどの車内。
 自分達は立っていたが、シノがやけに…裾を握ってきたり、揺れる度に腕を掴んできたりと…やはりそうだよなと、早く駅に着くことを祈る。

 駅に着いてすぐ、楽はシノを避けるようにケータイを眺め、喫煙スポットを探した。陸橋の下にあるようだ。改札と少し離れているし、丁度良い。

「タバコ吸ってから帰るわ。気を付けて帰ってね」

 そう告げればシノも漸く理解したらしい、表情でわかる。
 考える間も与えず手を振りスポットへのルートだけを見て探すけれど…シノは黙って着いて来ている。
 複雑だなと階段を登りかければ、「どこ行くの、向かい側だけど」と向かい側を指された。やはり、知っているらしい。

 …シノもタバコは吸うし…たまにだけど…。

 それからシノの無言ガイドで、喫煙スポットに辿り着いた。
 いつも通り、一本寄越せと手を出してきたのでタバコを渡しライターも渡そうとしたが、横顔をくいっとしてきたので、お先に火を着けた。

 予想は的中した。今度こそとライターを渡そうとする前に指でくいくいとされ、シガーキスをした。
 角度を変え…舌を絡ませるような濃厚さ…色気も刺激もあるやつだった。

 喫煙所にいた数人はしれっとした顔をしているし、シノもそうだった。気まずい、早く帰り…本当はそんなわけじゃない。

 もっといたい、いつもいたい。いつも考えてしまうよ。だから今日は違うんだと思うのに「前のも喫煙者だったんだよ」と、ムスッとした態度でシノが言う事実に、やはり心が荒みそうだった。

「…前のって?恋人の方?」

 答えない。シノはただただ前を見てふぅ、とタバコを吸っては、まだ長いまま揉み消し、ぐいっと腕を掴んできた。

「まっ、ちょ、」

 楽も即座にタバコを消し喫煙スポットから出たが、シノはずんずんと、腕を引き駅から離れていく。

「……マルボロのメンソールだった、だから嫌いなんだよ、タバコ」

 …また極端なやつだな、それは…。

「…待って、どこいくつも──」

 バンと、目の前にラブホテルが現れた。
 不機嫌そうにチラッと振り向いたシノはそれだけで押し進もうとするが、楽は掴まれた腕を払い「待って、」と強めに言った。

「は?」
「…そうじゃない、今日は」
「何言ってんの?」
「………」

 わかってる。
 シノにとって自分は1セフレだ。わかってる。だけど自分はどうやら…立ち止まっていたくない、一歩進みたいんだ。それが、重いことならここまでかもしれない…まるで後ろは暗い崖のように感じて。

 自分は根暗だ。だから、光がある方へ歩いて行きたいんだよ。

「…楽しかった、俺も、今日」
「うん、じゃあ」
「だからもっと楽しい時間を…長く続けたい」
「言ってる意味がわからないんだけど、ここじゃ不満?」
「そうじゃなくて」
「面倒臭いな、極論これでしょ?」

 あ。
 出てしまった、それ。あの、バスの中のやつと同じ。
 やっぱり最初から、そうだったのか。

「…うん、そう、だろうけど、」

 もしこれで終わってしまったら。それは嫌だ。たった四回しか会ったことがないけれど。

「…多分、シノはモテて…」
「そんなの、ガクだってそうじゃないの?」
「どうして、なのに、なら、どうして俺じゃダメなの?」
「は?」
「…満足出来ないなら無理に切らなくてもいいし、」

 あぁ、違うんだよ、言いたいことは。どうして急に言葉が尻尾を巻く、臆病になるんだ、今更。

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