序詞
…ところで、甥っ子さんは歌舞伎を継がんのでしょうかね?
「はい。…何故…?」
声で、なんとなく…いやぁ、失礼しました。では、
ないほどはないも金、ある段にはあるものかは、気を死なそふことではない
知っておられますかね?
「近松門左衛門の冥途の飛脚ですね。身受けの場面の」
流石ですね、再び失礼を。
まぁ、こんなことを貴殿に言うのは私もはしたないとは思いますが…あんなもの、何が楽しいというのか。結局人生では1度見たきりでしてなぁ。どうも胸がむかむかとしてしまいますが、あの話、一つだけよう…その丁稚の娘が言うてた台詞がありまして、それだけは好きなんですよ。
あぁ、茶ぁをまた入れましょうか。お頼みしてしまって申し訳ない。
「……私も、どうも心中物は好きでは無いです」
はは、気が合いますな。しかし、茶を濁してしまうかな。
梅川は、幸せだったと思いますか?
私はありゃぁ、一時の若い感情で…しかし、若いとは素晴らしい。きっと私よりも強い力で、あの二人は心中したのですよ。
私は、まだまだそれを目にしたことが無い、これからも、ない事柄です。
ああ、湯はもういいでしょう。新茶は沸騰すると旨くないのです、渋みが出てしまう。
「…それで、」
あぁ、そうでしたね。
アゝそふぢゃ、生きらるゝだけこの世で添はふ、ほんに忘れた私が大事の守をうちの箪笥に置いて来た、これが欲しい
丁稚の娘が初めて流殿と歌舞伎を見てから数日は、こればかり言ってましたよ。若い乙女でしたからねぇ。
私はねぇ………「めでたいと申そふか、お名残り惜しいと申そふか、千日云ふてもつきぬこと」「エ、その千日が迷惑」という件ですな、あそこが好きですね。
「叔父は、その人のことを慕っていたのですか……?
私は、叔父の正体が知りたい。ならばどうして家に…いたのか」
……私には、どうとも。
流殿は、そちらのお家ではどのようにお過ごしでしたか?
「離で…療養をしていました。父が、何かと看病をしていましたが…母は……あまりよく思っていなかったのです」
そうですか。あの方はご結婚されたのか。それは難儀でしたね、貴殿の父上も。
「……叔父のものは殆ど母が捨ててしまいました。
……冥途の飛脚で言うならば、貴方は、察してしまうでしょうか」
……そうですね。忠兵衛の親父も、きっとこのような心境だったのかもしれないなぁと、爺は思いを馳せます…。
話しを続けましょうか。ああ、お茶はこのくらいで。火傷しないように。
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