無色透明色彩


3


「なんとなく…まぁ疲れるのは当然だが枕変わるとダメな人じゃない?持参したみたいだし」
「…そう…かも…」
「極度の緊張もあるだろうし、ホントは静かな落ち着く場所がいいんだろうけど…。
 まぁ、車回すから。まずは顔を見せてあげような」
「…お手間を掛けさせてしまって、すみません…」
「あ」

 海江田はふいっと振り向き、人差し指を振りながら「ダメダメダメ」と言う。

 え、なんだろう。
 怖「すみません、は無し」は?

「え?」
「そういう時は気持ちよく“ありがとうございます”に留めねぇ?君は少し謝り癖がある」
「…間違え」
「まぁそうだね。そういう人多いけどさ。悪くはないけど、頼み事されるなら謝られるより感謝の方が嬉しいかな。
 とうかちゃんは頑張ってるよ。自己肯定感上げていこうぜ、そっちの方が人生明るくなるし楽しい」
「………そう、なんですか」

 …何を思えば良いかわからなくなってしまった。

 「お邪魔します」と海江田の車に乗り込む。白の日本車。

「……貴方の言葉は、初めて聞いた」
「え、急にネット翻訳文章?」
「…いや、なんだか、わからなくて」
「急ぐものじゃないよ。はい、試しに俺にお礼してみて?」

 つい、見上げるように見てしまったが…あ、目蓋のほくろ…。
 この人、何を考えているかわからない。

「ありがとう、ございます?」
「よしよし」

 軽く手を伸ばされたのに一瞬硬直してしまったが、彼は優しくこそばゆい、ふわっとした触り方で髪に触れてくる。

「怖くない。感謝してくれてありがとう」

 海江田の車に乗ってからぐるぐるぐるぐると、頭の奥で「ありがとう」が巡る。

 ありがとう、とは…人に施しを受けたら必ず言わなければならないし、「すみません」は自分が失態をした時に必ず言わねばならない言葉だと教わった。

 けれど確かに、家族の元に来てから、どちらかといえば「すみません」は、否定されてきた気がする。

「…日本語って、難しい」

 口に出してしまえばハッとしたが、海江田は素知らぬ顔で「わかる」と肯定してくれた。

「…アンジさんって、もしかして」
「あーいや?でも確かひいひい…とにかく何代か前にはいたような気がする、日系アメリカ人」
「…ひいひい?」
「えーっと、ジイさんの父親がヒイジイさんにあたる、これは要するに自分から見てえっとひぃふぅみぃ…3つ前の世代で、血族として認められるのはヒイジイさんの父…ジイさんのジイさんまでだな。
 俺の家系図のその中に、日系アメリカ人がいた気がする、て話」
「おじいちゃんの、おじいちゃん…」
「そ。それより前は他人にあたる」
「そーなんだ…」
「最近はみんな長生きだから大体生きていてもヒイジイさんまでじゃないかなぁ。昔日本は超スピード婚だったんだよ」
「へ、へぇ……」
「今じゃ基本三等親、えっと、ジイちゃんくらいまでで相続とかが決まるかなぁ…人によるだろうけどね。遺産は3代までで大体滅ぶ!なんて言われたりするし」
「なるほど…」

 よくわからないけどわかる気がしなくもない…。

「まま、でも、家族と認めた人の事を考えるのが健全だよ、ホントに」

 なんとなく自分の事前情報、「施設育ち」に気を遣ったのだろう。
 さり気ない。

 ふと、ケータイのバイブが鳴った。
 仕方なく眺めようとしたら「…別に隠さんでも見えねーよ、運転してるし」と言われて気付く。どうやらケータイの後ろを海江田に向けていた…。

 「あ、すみません、いや…」と謝れば「それとも俺を撮りたい?」とニヤニヤされ更に「違います、癖でした、本当にすみません」と追い込まれた気分で。

 確かに、「柏村」からの着信だ。誰にも見せてはならない相手。一度拒否し、メールに変えた。
 内容もやはり「今どこで何してんだ」と不穏な空気。

「……体調不良として休んでいるので、職場からの連絡でした」
「…いや、別に内容はいいんだが…」
「…そういえばアンジさんは、えっと…」

 警察に従って動いています、と打ちながら聞いてみたが、「あぁ、フリーランス」とあっさり返ってきた。

「…あぁ、最近流行りの…」
「流行りじゃねぇけど確かにそうとも言えるか…」

 “母親どうしたんだよ”と、予想していた内容が返ってきてしまった。
 …言い訳が思い付かない。

「…どんな、仕事を?」
“すみませんじゃねぇ、とにかく齋藤は始末した”

 …画面に目がいってしまう。

「少し、ライターをね」
「えっ、」
“山ノ井もうるせぇ。話を付けとけ”
「えっ、て。意外?」
「あ、いえ。物知りだから…」
「そうか?でもまぁ確かに職業柄調べ物は多い」
了解しました 既読
「…ペンネームとか」
「あー、記事系でね。扱う物によって名前変えてる」
海江田アンジという男、わかるでしょうか 既読
フリーランスのライターらしいです 既読
「…そうなんですか…」
「事件系も書くよ」

 ……なるほど。
 間が生まれた。

「…今回の…」
「いや、書かない。世の中には出さないものや偽らにゃならんものもあるから」

 …ちらっと、横目でこちらを見たような見ていないような気がする。

 …わからない。

「例えば…死亡例がある事件や、反社系。詳しく書くと場合によっては手口を教えてしまうことになるから」
「…なるほど」

 データの削除、メッセージとトークデータをすべて削除、削除。

「ネット記事なんかだと特に気を使うかな。中途半端だとそれこそ誤って…と二次被害に発展するものもあるし。
 訃報も一時期話題になった。詳しく書くと心に傷を負う人もいたりする」
「……」

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