無色透明色彩


6


 ペコリと頭を下げ、ドアを閉める。
 「とうか…」と起き上がろうとする祖父はやはり、少し腰にきたらしい。
 「いいよ、おじいちゃん」と、側に寄れば「何が大丈夫なんだ…、」と、弱々しくも小突いてきた。

「緊張してたみたい。大丈夫だよ、湿布貼ろう?お薬飲んだ?」
「飲んだ、とうか、先に帰ってろって」
「あー…母さん、お茶会中で…」
「…は!?」

 痛、と小さく言う祖父に手を貸し「はいはい、」と湿布を取り出し貼ってやる。
 いつもの流れ作業の中「ごめんね」と言葉が出た。

 ごめんね、僕のせいでこうなっちゃって。

 痛みのせいか少しぎこちなく、ギュッと抱きしめてくれた祖父に罪悪感が湧いてくる。
 抱きついてくれたお陰で湿布は貼りやすいが「汗臭いかも」と言っておいた。

「とうか、具合悪いだろ、俺は車椅子でいいよ、とうか、こっちで少し寝ろよ、」
「大丈夫大丈夫。僕もお薬飲んだから。ただ、凄く緊張しちゃってたみたい。おじいちゃんの顔見たら安心しちゃって」
「とうか」

 祖父は…弱々しいながらも更にぎゅっと抱きしめ…というより、シャツの背をきゅっと掴み「黙っていたことがある」と、深刻そうに言ってきた。

「黙ってたこと?」
「…刑事がいたし…少し、話しをしてな。昔のことを…」

 …それは…。
 一体、何を言ってしまったんだ…?
 父のことくらいしか思い付かないが…それなら改まることではないはずだ。

「…お父さんのこと?」
「ああ…」
「まぁ、でもそれは」
「あれは、無期懲役…だったんだが、」
「………うん?」

 祖父の顔を眺める。
 祖父は、父にその判決が下った当時、罪が重すぎると猛反発をしていた。

「…そろそろ10年も経つし、ぼちぼち仮釈放なんかを申請するかと、俺は言っていたと思うが…」

 何故今それを、自分にも刑事にも言っているのか…。

「……忠恭ただゆきはもう、帰ってこない…」
「…僕も言ってなかったね…。
 あれから調べたよ。実情は結局、やはり30年から、というのが一般的なんだって。
 僕としてはでもね…その前に相手方へ慰謝料の方を」
「違う、」

 …何が言いたい?

「……っずっと、ずっと言ってこなかった、すまないとうか…。
 異を唱えてはいた、しかし…」

 正直、その度に弁護士へ払うお金が掛かる。祖父も体を壊し、再審要求は2回ほどで諦めたのだと思っていた。
 だからこそ、とうかとしても言わない方が…都合が良かったのだ。

「…途中から、やめただろう?」
「まぁ、お金も体力も使うし…」
「忠恭はもう、死んでいるんだ」

 ………え?
 頭が、真っ白になった……。

 とうかが黙れば祖父はしっかりととうかを見、「…獄死だ」と告げ肩を掴んでくる。

「とうか、だからもう」
「…待って、」

 処理が追いつかず「それは……」と続かない。

「だからもう」
「その話を、刑事さんにしたの…?」
「…ああ」
「…なん、」

 なんで。
 言葉が詰まる。

 …獄死だなんてそんなの、思い付く理由は真っ更な事情じゃない。

「…黙っていて申し訳ない、とうか」
「いや別にそれはいいんだけど、えっと…」
「……だから…とうかは……、その、なんだ…。
 罰金は忠恭の死亡手当金と相殺」
「…待って、どういうこと?」

 頭が回ってきた。
 そんな話は一度も聞いていない。誰からも、何も。
 …罰金?そんなものはないとだけは聞いたけれども…。

「…という話で弁護士と話した。それは…2回目の時だったんだ」
「………え、」

 つまりはあの、異議申し立て時点…そろそろ8年を過ぎたか…その時は既に…。

「お父さん、そんなに前に…」

 父は、優しい笑顔を浮かべる人だった。
 覚えている、初めて会った時だ。
 彼は、ボロボロだった自分を見つけ、施設に迎え入れ、自分の境遇を鑑みて“特別養子縁組”をしてくれた。

 でも。

「お父さん…、いなくなっちゃってたんだね…」

 今考えれば、確かに。

 自分を怖い人たちから守ってくれた。恐らくそれが仇となり、ある日の穏やかな朝、急に警察がやってきた。

『大丈夫、すぐに戻るよ』

 それから現在に至る。
 後に知る、彼は助成金の不正受給、横領と…罪状はかなり付いたらしい。

 「十分な生活を送らせて貰えなかった」と証言した里親が3名程いた。
 しかし、当の入居者はいつでも幸せそうで…あそこは小さい施設だった。そもそもが不十分ではないはずであり、誰も不満そうではなかった。

 畳むと決めてからすぐに全員里親が決まったが、そこに“人身売買”だとか、いちゃもんを付けられ現在も搾取は続けられているが…。

 多分それは、自分のせいなのだ。
 この家族を壊したのは、自分なのだ。

「とうか、俺はずっと、おかしいと思っているんだ。
 …死亡手当金を罰金だか損害賠償だかに充てたのは俺で…だから、俺のせいで」
「ううん、違う、違うよおじいちゃん、」
「…いや、違くない。とうか、だから…もう、」

 …予想は付いたが、そうか…。
 しかし、どういうことだ…?

「…俺は思っていた、とうかを縛り付けてしまったのではないかと」

 …純粋な思いなのだろうけど。
 父よりも祖父の方が、共にいる時間は長い。しかし、なるほど…だから父は、祖父とではなく自身と養子縁組をしたのか。

 いつでも、どうにか出来るように。

「俺は、だから、また」
「…おじいちゃんが出て行けというなら僕はそうするけど…でも僕はやっぱり…いや、でも…」

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