無色透明色彩


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 ぼんやりとスマホを眺めては、ストアで無料ゲームを物色する。

 上の空。
 手に余る暇の先には、ぼんやりとベニヤ板が見える。

 それでも思考はキイ、キイと回転を止めない。錆びた歯車のような、鈍く甲高い音が心に響き始める。
 先日の事とアプリを探す指、上擦って下までスクロールしまた上に戻った。

 深く考え込めば手が震えそうだ。余分に貰っている頓服薬を噛み砕く。

 飲み慣れても、美味いものじゃない。
 ザラザラした舌触りが気持ち悪い。誰かから貰った飴を口に入れガリガリと噛んだ。

 …落ち着かない。

「とーかぁ」

 スーッとドアが空いた。
 出勤前の、髪を巻いた母親が「調子はどう?」と聞いてくる。

 文字盤を見る。現在は金曜日の15:35らしい。

「明日お茶会するんだけど、5人くらいで」
「…うん、」

 あまり気乗りがしない。

「…何時から?」
「10時くらいには揃えて欲しいかな〜」
「あのさ、」

 祖父が、ベッドでうつらうつらしているのが見える。

「喫茶店でもいいからお願いね」
「…おじいちゃん、最近2時間くらいまでが丁度良さそうなんだけど」
「大丈夫でしょ、あんたがいれば」
「………」

 母はいつも、言い切ればそれがこちらの了承だと思っているらしい。
 「お金と材料は台所にあるから」と言い切り、あとはいつも通りに平然と仕事の準備に戻ってゆく。

 …微妙なんだけどな、と、起きてすぐ見たメールの内容が頭に過ぎった。

 布団にスマホを放り、やはり声を掛けようと押し入れから出る。

 母に何かを言っても聞き入れる訳じゃないし理解をしようとしてくれる訳でもないのは承知しているけれど…。

「母さん、あのさ」

 母は玄関前で靴を探し「何?」と、こちらを向くこともしない。

「この靴もういらないなぁ」
「朝、メール来てたんだけど」
「…何?
 ところでこのヒール、最近季節がイマイチわからないんだけど」
「…少しの間は大人しく、て来てた」
「秋冬のでいいかな…」

 最早噛み合わなくてもいい、聞かないならこちらも言っておけばそれでいいのだ。
 実際、母はイマイチわからないから、こうして自分に投げあたかも「知りませんよ」という面なのだから。

 しかし今回は流石に言わねばならないだろう。

「…どちらかと言うと、夏寄りのを買ってもらえばいいんじゃない?
 でさ、この前どこかの階の人が…」
「404よ」

 本題に入るには、しらばっくれる母にこうしてぶつけるしかない。

「…名前知ってる?」
「知らな〜い」
「とうか」

 取り敢えず404か、と頭に入れたあたりで、祖父が寝室からゆっくりと壁伝いで歩いてきた。
 母は入れ違いを装うかのように「こっちにするわ、お金はテーブルね」と家から出て行ってしまった。

 振り向けば祖父がニコッと笑い「とうか、買い物に行こうか?」と柔らかく言ってくれる。

「そうだね、おじいちゃん」

 祖父といる時間、と頭が切り替わるといつも柔らかく穏やかな気持ちになるのに、何故だろう。
 温度差を感じるのも、慣れたはずなのに違和感ばかりがあると、最近気付き始めている。

「おじいちゃん、何食べたい?」

 何も関係がないと、微笑み、手を貸し聞いている自分。

 この上書きが自分をなぁなぁにしているけれど、祖父はいつも自分の心の動きに機敏で、「とうか、今日はコンビニにしよう」と気を遣ってくれるのだ。

「…今日はあるかねぇ、あの鯖のやつ」
「…三日もコンビニだね、ごめんね」
「いいやぁ、ハマっちまったよ。
 鯖なら身体にも触らんし…最近とうかはあれだろ?チーズの飯の」
「ドリア?うん」
「育ち盛りなのに、あんなに小さくて足りるのか?」
「チーズはほら、カロリー高いからさ。
 あ、あと最近ほら、肉団子の春雨のスープがさ」
「あれなぁ!あるといいなぁ、今日も」

 コンビニ弁当のメニューは季節の違いくらいしかないのだが、その中でも日によって違いがある。

 玄関側の車椅子を用意しようかと思えば「あーあー、とうか、大丈夫だよ」と言ってくれる祖父に、今日の自分はそんなに体調が良くないと見えるのだろうか…と気になる。 

「リハビリだリハビリ。少しだし今日は……」

 そんな最中だった。

 突然、ボロドアが叩かれる音と「おい!おい!」と言う男の怒声がシンクロした。

 驚いた祖父が少し腰を抜かしてしまったが、尻もちを着く前に……支えきれず二人で座り込んでしまった。

 「なんだなんだ!」と驚く祖父をゆっくり座らせ、確かに何事なのかと…警戒しつつ「はい!」と応答する。

「おめーか外人!おい!出て来い!」
「なんだこの」

 激高しそうな祖父にシッ、と言いながら「はい!」と返事のみを返す。

「ご要件はなんですか!」

 「いーから!」ガンガン「出て来いよこの野郎!」さらに激しくなってゆく。

「誰だ無礼も」

 祖父から手を離しつつ盾になれればと、ゆっくり立ち上がり「少々お待ちください!」と声を張り…どうやら母はチェーンを掛けなかったらしい、掛け直し、何かないようにとドアを開け隙間から少し離れる。

 40代くらいの、男性。
 形相は悪いが武器はなさそう、不自然なまでに身一つ…それどころか裸足という異様さ。

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