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宛がなくはない、多分。
「どなたでしょうか、ご近所に迷惑が」
「てめ、いーからこのヤロ、てめーか美香をぶっ殺したんはっ!」
ビンゴだな…。
仕方なしとチェーンを外せば祖父が「とうか!!」と怒るし相手は却って一瞬吃るほど驚くし。
開けるとは誰も思ってなかっただろう。
「…てめぇっ!」
…殺意を感じる。
口調も少し、呂律が回らない感じ。それは確かに狂気的だが、弱々しさも感じる…。
「おま、おめーだろこの外人っ!お、俺の妻はなぁ、」
「…ご近所の迷わ」
「あの女どこ行った、てめーが昨日美香とヤッたんだろぶっ殺すぞ!」
「すみませんが、よくわかりません」
「はぁ!?こっちは知ってんだぞあのアバズレが妙なモンを」
「…何故それが母だと」
「白状し」
「貴方がウチから何かを…というのまで丸聞こえしますよ」
敢えてボソボソ、掻き消されるよう言えば「……あぁん!?」と相手は逆上した。
「なんだアレあるっつーんか、おい、寄こ」
「ウチの孫に何する気だ貴様はァ!」
大変だ、予想外。祖父に火を点けてしまった。
座り込んで怒鳴る祖父に迫力があるわけでもなく「んんだとクソジジイ!」と、風まで吹いてきてしまった。
「おじいちゃん、大丈夫、落ち着い」
「落ち着いてってお前なぁ!お前が言える立場じゃ」
「母に何かしたんですか貴方はっ!!!!」
…カオスにはカオスで応戦するしかない。
男は「…はぁ…?」と怯んだ。やはりか。
この男、ヤク中だ。
わかればやりやすいな、と「母は…母は……っ!」と泣き真似でもすれば「…は、な、ちょ、」と相手は動揺する。
「あんたがぁ、は、母をレイ───」
「何してんの」
男の先に、全く見たことのない…ダルっとした服装…今時の若い長身の男がケータイを耳に当てて言う。
場がシンとした。
振り向いた中年の男が「なっ……、」と怯むと同時に、その若い男が「もしもし、事件です」とスマホで話し始めていた。
「なっ!」
中年がそちらに意識を向けた隙にふと、男が何かを指示するように顎をクイッとしてくる。
なんとなくわかった。
意識散漫の中年の腕をさほど力を入れず掴んで少し引く。
ズルっと転け、確保が出来た。
「あっ!?」と「ご近所トラブルっつーか、騒音被害です」と重なり中年も「ちょ、待ててめっ、」と混乱して対処がわからなくなったらしい。
「け、ケーサツは」
「あーはい。酔っ払いか何かが他人の家に押しかけてます。そこの家主が少年と老人。一刻を争いそうです」
「待っ、待て、おい!」
ブチッとスマホを切った男は目を細め「うるせぇよおっさん」と吐き捨てる。
「あー、ご挨拶遅れました、今日越してきたカイエダです。
早速これとか、この団地はどーなってんだよ超響くし。事故物件だったなこりゃ…」
「……おまっ、ほ、ホントに呼んだのか!?」
「見てわかりません?昼とはいえ物騒ですよ、流石に」
油断してしまった。
中年はパッと手を離れ、かいえだと名乗った男にフラフラなままタックルしに向かってしまった。しかし、
「あっ、」
と言う間に、中年はかいえだにスっと躱されビタン、と外廊下のコンクリートにずっ転けた。
…多分顔からいってそう…大丈夫かなあの人…。
少しの心配をよそに、ゆらっと立った中年は何かを言いたそう、だが焦るように奇声を発しそのまま走り去ってしまった。
唖然としていると「申し遅れましたが」と、かいえだは背後を指さす。
改めて眺める。長身、黒髪、20…30代くらいか?姿勢も鼻筋もスっとしていて、意外とガタイは良さそう。
少し深い目の上と輪郭に、まるで星座のようにある二つの小さな黒子が印象に残る。
「向かい?隣?203に越してきました、かいえだです」
「え、あ、」
「…親子ですかね?いきなりですんませんが」
「あ、えっと…青木です。特別養子縁組です」
「…だよねぇ」
…自分の身成り、茶髪青眼は気になるだろう。嘘偽りなく告げておくことにした。
「一応、永住はありで…」
「ん?あそうなの?…それって、20越えてるってことが言いたいのかな?」
「ん?…あ、まぁでもそうです」
「へー!それは悪かった。青年、だったね。
君、フランス人形みたいだね、可愛いー」
「はぁ…」
「突然だけど何かの縁だし、もし良ければ飯屋教えてくんねぇかな?マジで今日越してきてさ、腹減った。何料理でもいいからさ」
「あっ、」
「ジイさんは大丈夫そ?どうかな?」
祖父は手すりを頼りにシャキッと立ち「…申し遅れた、助かった、ありがとう」と礼儀正しく頭を下げた。
「孫が殺されるかと思った」
「孫ちゃんか〜、やすやすと開けちゃダメだよドアは〜。通報しようね」
「え、いや、あ…すみません…」
「ところで青木さんはじゃぁ、名前とか、よければ」
「あ、祖父が唯三郎で僕がとうかです」
「孫ちゃん、和名なんだね。どーゆー字?」
「あんまり漢字を知らなくて…ひらがなで」
「本当は透明な花だ。わかるだろ?」
「ジイさん命名?いいね、綺麗な名前。ちなみに俺は海の江戸の田んぼ。
ついでに色々教えて欲しいな。男一人だけどなんとなくママ友だの自治会だのありそうだし。面倒でなければ」
……物凄くトントントントンと拍子良く話が進んでしまっているが…。
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