無色透明色彩


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 変な人。
 けれど恐らく、これが“常識人”と呼ばれる類の人間なのだろう。

「…僕が20時から夜勤なんで…19時半にはおじいちゃんを家に」
「久々に酒でも飲みたいな、とうか」
「…うーん…」
「ジイさん、それは大丈夫なの?」
「足腰はこんなだが、肝臓は強い」
「…ははは!
 孫ちゃん、俺じゃぁ、終わったらジイさん家に送ってやるからさ。飲み屋でもいい?」
「…まぁ、うーん…」

 おじいちゃんが楽しいのなら…。

 車椅子を広げ、祖父を抱える。
 海江戸が手際が良く、自然と手を貸してくれた。

 「あ、タバコ吸っていい?」と聞きながら既にトントンとパッケージを叩きライターを片手に持っている。
 「あはい」と答えるまでもなく、一本抜いて火を灯した。青のhi-lite。

 空へ一直線に伸びる煙が綺麗。
 タバコを挟むその指は、関節が少し太い。手が大きいなと、上の空になる。

「…ここ、住みにくい?」
「…慣れれば、そうでもないです」

 出来るだけガタガタしないよう気を付けながら車椅子を押し、進む。
 
「びょーいん用のとか、マジで大変そうだね」

 なんの気もなさそうにふいっと言う海江戸の声が、ほんの少し低くなった気がした。

 ピンと来た。

 …こういう、自然と目の色や声色を変えるタイプに、覚えはある…。

「まぁ、ゆっくりなら大丈夫なんだが、とうかは優しい子でな。せめてもと」
「ちゃんとした物を用意してあげられないのが申し訳なくて…」

 …よく、病院用の一時的な物だと気付いたな。

「あー、夜勤とか言ってたよね。介護系かな?
 …結構細いね君」
「よく言われます」
「とうかにはもっと食べて欲しいよ。俺がこんなじゃなかったら」
「おじいちゃん、大丈夫だよ」
「むぅ」
「はは…本当に、僕がもっとしっかりしていれば、さっきみたいな時も、まぁ、ないと思いますが…ちゃんと出来るんですけどね」
「いーお孫さんだね、ジイさん」
「そうだぞ?」

 誇らしげな祖父に「ははっ、」と明るく笑った海江戸は、今度は穏やかな目でこちらを見てくる。

「まだ若いだけだよ、そのうちしっかりしてくる。
 さっきの人、どーしたの?一体」
「あ、」
「ホントだよなぁ、あの男!
 ありゃあ確か先日の…先日ここ、警察がいっぱい来てよ…その時の住人なんだ。
 ちと有名な夫婦でさ。確か、嫁さんが亡くなったんだよな?」
「おじいちゃん、よそ様の話はよくないよ」

 一応窘めておく。

「そうなんだね。絡み癖かなんか?てかDVとか?
 そういや孫ちゃん、お母さんがどう、とか言ってなかった?」
「…あはは…聞こえちゃいますよね…。
 女がー!とか、色々よくわからなかったので、もしかして母と何かあったのかなって。家は母と僕とおじいちゃんしかいないので」
「なるほ…ど?」
「母が夜職をしてまして。あの人…4階の方なんですけど、奔放な夫婦らしく…あまりよそ様の家の話はどうかと思うのですが…だから、宛があるとしたら、母なのかな?としか思い浮かばなかっただけで…。
 初めて話しましたがどうも差別的でしたし」
「あー、確かに。今の世の中“女性”とか“外国人”とかか。これには少し言葉狩り感はあるけどね、個人的に。
 4階の〜てわかるってことは、本当に有名人なんだろうね」

 海江戸がはっきりとこちらを見た。口角は上がっているが目が笑っていない。

「…404……ですね。
 おじいちゃんが言うように、この前の夜、そこに警察が来て大騒ぎだったみたいで。僕は出勤だったんですが…次の日の朝、ゴミを捨てに行ったらみんな話してました」

 …なんだか違和感を感じる。この、海江戸という男。
 余計な情報は出していないだろうか…。

「あ、警察ももう…」

 下を指さし、言う。確かにそうか。
 音すらしないが…。

 海江戸は携帯灰皿にタバコを捨てた。

 エレベーターから降りた先には見慣れない車…覆面だ。
 それが三台ほど停まっていて、数人がピリッとした空気でキョロキョロしている。

 自分たち以外に住人が通る気配がない。皆引き籠ったのだろう。
 自然と刑事一人がこちらに手帳を見せ「すみません」とやってきた。

「あ。どうも。電話をした海江田です。
 こちらが被害者さん」
「あ、どうも。
 お話しなどは…あ、危なくないように…そっちの方が平らかな?少し…」

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