無色透明色彩


1


 …塞がれた視界。
 ウィィィ…とけたたましく聞こえる機会音と…指に当たる冷たい刃物。

「やっ、やめっ───」

 滴る血と…。
 喉が切れるほど叫ぶ自分の声が、無くなって───


「………っ!」

 白い、天井が見えた。

 はぁ、と視界を手で塞ぐ。
 指、ある。

 冷や汗で寒い。あれは夢だあれは夢だあれは、夢なんだ。嫌な夢を見ただけ…。

 はっと、いつも通りケータイを確認しようと伸ばした手が、震えていることに気付く。

 ……昨日は……。
 どうしたんだっけ。なんでここにいるんだっけ、これって思い出していいやつだっ──

柏村:ジジイもどこにいる ∨

 触れてしまった画面に見えた通知。これ、既読つけちゃダメなやつだ…開くのやめとこ…。

 額に腕を当てようとすれば、そこから伸びる点滴が引っ張られ痛くなった。

 目を閉じる。
 あぁそうか。あれから朝を迎えたんだ。

「青木さーん」

 女の人の声がし、カーテンが開く。どうやら普通の病院みたいだけど…。

「お昼は食べられそうですか?」

 お昼?

「……っぇ、」

 ……あれ?

 影が近付きついはっと、どうやら人を払ってしまった、その拍子に点滴が倒れ、針が抜けた。一滴一滴滴る薬品と、血。

 痛い、けど…。
 人を押し飛ばしてしまったっ……!

 「あらあら」と……看護師さんが点滴をまた立て、「新しいの…」と、テーブルを見た。

「あら、起きられなかったんですかね?
 ちょっと、お薬見ますねー」

 あれ?
 言われてみれば、薬箱はあるけれど…。

 看護師が慣れた動作でその点滴をいじり「朝用のやつ、今飲んでいいか先生に確認してみますね」と業務的に話しながらあ、と透花は自然と思い出す。

 そうだ、大変だ…!

「…っ、」

 あれ、やっぱり。

「……青木さん?」

 ……声が、出ない。
 でもそんなことより、押し飛ばした貴方や、おじいちゃんが薬を……。

 透花の狼狽えた様子を見た看護師は冷静に「失礼しますよ」座り込み、「あーって言えますか?」と問診。

 透花が頭を振れば「……なるほど…」と考えるよう。

 どうしようかな、と考えた方法はまず、看護師を指さし謝罪の意を、手のひらを合わせて示した。
 彼女はポカンとして「当たってないので大丈夫ですよ」とにこやかに言った。

 それから…どう伝えようか。
 自分を指さし「そふ」と口を開けて薬を指す。何度かこれで意思の疎通を図り「あぁ!」とわかって貰えたのか…。

「おじい様ですね?では…お昼食べたら会いに行きましょうか」

 ニッコリと言ってくれたが、ここは…。
 首を振れば看護師さんも「いえ」と首を振る。

「おじい様も今はお昼ですよ。
 まだお身体もダルいでしょうし、では、私とお話しながら昼食を取りましょう?ご一緒しますから。
 青木さん、頭痛などの症状はありますか?」

 そういえば目眩も少しするかも…。
 しかしまた首を少し振ると「目眩などはありますか?」と通じない。

「お話は、海江田さんから伺っていますよ。おじい様の方が元気ですね」

 …海江田さん?

「どうしても面会をと言うなら…5分ほどになりますが出ましょうかね。点滴も変えなければなりませんし。
 けれどまずはご飯も食べて、お薬も飲んで。元気なお姿の方がおじい様も」

 そんなこと言って、おじいちゃん、本当に元気ですか、湿布や、お薬や…。
 そもそも。
 生きて、いますか…。

 伝わらない。
 看護師さんがふと、名札を見せてくれた。

 ……日赤…の、看護師長、赤城あかぎ哲子てつこさん?
 赤城さんを見つめると、「大丈夫ですよ」と言ったけれど。

 じっと見つめるしか出来ずふいに胸元を見る。ペンか何かはあるはずだが…と探すが、「透花さんのお部屋は面会謝絶のお部屋なので…」と説明される。

 ……そうなのか。

「安全面も考慮して、というくらいだそうですよ。
 夕飯も食べられたら、担当医にお話してみます。もう少し…個室ぐらいでも──」

 ふと、扉が空いた。
 ビックリしたように看護師がドアの方を見たが、「あら、」と…。

 そこにはおじいちゃんと、車椅子を押す…見慣れない長身の男前さん……明らかなヤクザさんがいた。
 少し身構えたが、おじいちゃんが笑顔で「よ」と手を挙げる。

 …生存確認も出来た。本当に日赤なのかも…。

「こんにちは、はじめまして」

 おじいちゃんが「どうもね」とヤクザさんに言い少し車椅子を動かし「透花、おはよう」と…遠慮がちに言った。

「あ……。
 おはようございます、唯三郎さんに江崎さん。えっと…」

 …初めて聞く名前…。
 そのヤクザさん…だろう、えざきさんは点滴を見て「ありゃ、タイミング悪かったか」と砕けて言った。

「透花、具合はどうだ…?なんだ、飯食ってないのか」
「……っぁ、」

 察したらしい、看護師が気まずそうにする。案の定、おじいちゃんが「透花!?」と驚いたことに、両手のひらを翳し深く二回頷き制する。

「いやぁ、すまん、驚くよなそりゃ…」

 えざきさんとやらがごく普通な態度を取り「じいさんとご縁があってな、連れて来たんだが」と優しく言ってくれたが、警戒は取れない…。
 ひとまず手を合わせお礼をした。

「一応元気そうだな。
 えっと…なんだっけあの兄ちゃん……海…隣人さんにちょっとじいさんを頼まれてな、一昨日。
 これから聴取に来ると思うが、まぁ、言っとくわ。
 あ、看護師さん、少し医院長と話してきてくれないか?大まかには話して来たんだけど」

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