無色透明色彩


5


 今日は随分と染みたなぁ…。
 なるほど…巽傘下なのは承知だったが、上層クラスだったか…。

 江崎エザキアラタ

 平良が薬物の大手市場を解散させた際に危うくと…死線を切り抜けたキレ者だ。キレ者のせいか心情のせいかはわからないが、こちらでは聞かない名前だ。
 ここで使ってしまってよかったのか…使い分けなければ、敵にも味方にもなる人材。

 元来、安慈はこの職を天職だと思っている、何故なら思ったよりも身軽だからだ。
 しかし、上はそうじゃない。不服にもあの江崎に同意した面もあった。

 …空を見上げてみる。

 実はあのツレが歌ってた曲の歌詞、潜ってる最中に検索で引っ掛かったんだよな…意外と良い歌詞だった。

 “過去を悪く思わないで”か…。多分どこかで聞いたことはある曲だったが、いいな、洋楽も。
 作ったような人口の楽器音じゃない。90年代か。あの“ツレ”には少々上の世代な気がするが、よくバンドマンは昔の曲も聴くからなぁ。洋楽は歌詞の解釈も様々でいい。

 気晴らしにはなったな、とあの駐車場が目に付く。
 凹んだ車はそのままで“keep out”のテープ。現場検証に立ち会ってないが、どうなったんだろう。

 横目で眺めつつ、ポケットのボイスレコーダーを弄る。

 …気晴らしというか、そんな理由では片付かないけれど。取り敢えず荷物やらポストやら…部屋が無事かとか、メンテナンスは必要だ、借りたからには。
 賃貸契約書だのなんだの、持ってくる時間もなかったし…。

 引越し僅か一週間でこうなるなら、なんでもっと早く…いや?逆説かもしれない。それほどここが危機的状況だとしたら。

 タバコを吸いながらエントランスを歩く。良い加減…最初の通報から一週間だ、申し訳程度にでも防犯カメラくらいつければいいのに。
 まぁ、だからこうなっているのだが。

 自分の部屋あたりで、青木紀子がひょこっと顔を覗かせているのが見えてしまった。

 …予想してない訳では無かったが末期だな…気付かないふり…無理かな…。

 目を合わせずにいたが、青木紀子は「ねぇ!」と飛び出し腕にしがみついてきた。

 安慈はイヤホンを外しつい「は?」と塩対応をするが…。
 …頬が腫れている、かも。
 格好もネグリジェ一枚に裸足、髪はボサボサというかこれはやっぱり…一回殴られたかな。

 だとしたら…。

 ついつい家に目をやってしまったその間に「助けてお願い!」と、縺れそうな足取りでグイグイ引っ張られ「いやいやいや、」と、呆れて軽く払ってしまった。
 青木紀子はそれでもしがみ…抱きついてくるのでやはり「ちょいちょいちょい、何!?」とケータイを取り出し「警察呼ばれたい!?」と、まずは威嚇する。

 しかしハッとした。
 どさくさに紛れて拳銃を奪われてしまった。

 青木紀子から向けられた銃口は震えているが、なるほどヤクザの愛人、一応持てるのねと手を上げれば、ふいっと『部屋へ入れ』と首を振られる。

 手際が良い。この女、なんでこちらが拳銃を所持してるのがわかったんだ、しかも、場所まで。

 …これは…バレているし絶対中にいるじゃん…。

 ある程度準じたフリをして…と考え、部屋に行く素振りを見せれば少し隙が出来る。
 パシッと青木紀子の手をチョップすれば拳銃が落ちる。そのまま捉えようとしたがその手首を掴まれよろける、何故か自動ドアのように扉が開き、紀子を押し倒すように侵入してしまったが…。

 防衛本能か青木紀子の衝突部分になりそうな場所は手を添えカバーしていたらしい、随分な密着度合い。
 他者から肩にグッと、体重を掛けられた。

 流行り物しか興味がなくて警察詐欺を知っている…。

 グッと見ればゴテゴテスーツの髭面ヤクザが「よぅ」と。

「お前か、ウチのシマ嗅ぎ回ってるのは」

 っわ〜…。江崎(福山風味)を見たからだろうかこいつバカそうだしゴテゴテ感が下品だしこの女なんでこいつに行ったんだよ…別にいいけど、旦那は超爽やか系だったじゃん…。

 肩を抑えられてはこれ、どうするか…。

 ニヤッと下品に笑ったヤクザ…柏村隆太郎、の舎弟がどうやら自分の上にいるらしい、スマホを向けられていた。
 柏村は「いーアングルだなぁ」とタバコを咥えその画面を覗いている。

 ふと、下にいた紀子が動く。
 いつの間にか胸部は丸出し、手も取られ、更に柏村に無理やりその胸を触らせ…いや、握らされた。

「やめてぇ!」

 …んどくせ…。

 どうにも回避が難しい…女は女で「やめてぇ!」とかいう大根芝居をしながら足元スリスリしてくるし。

「厚労省職員が強制猥褻容疑で逮捕」

 更に力が掛けられ、丸出しの胸に顔面が埋まった。

 …窒息で死ぬわこれぇ。

「どうだ?最高だろ?」

 グッと無理矢理顔を上げ「俺がレイプされてる側なんだがっ、」と吠えておく。ライブ配信だったら厄介だ。

「いやぁ、やめてぇ!」
「……るさっ。あんたさ、美容系インフルエンサーのNoricoさんよぉっ!」

 言った瞬間、青木紀子は素で「…えっ」と真顔になる。大根すぎてコイツ…ジリ貧にしてももう少しどうにかしろよ、だからこんな意味わからんチンピラに騙されんだよ。

「安くて古くて逆に稼げそうだな、認知度も上がりそうだしぃ?そっちで売るんか?ん?」
「…な、」
「うるせぇなクソガキ、」

 ガツン。
 どこかはわからんけど、痛い。

 カチカチ、と側で拳銃の音がする。
 なるほど、バラす準備もしてるかー…そりゃそうか。

 手元にタバコが転がる…握って消しこっそり持って…痛いな、吸口ヌメってる…痛い…なるほど透花ちゃん、こんなもんじゃないだろうがこれでもキツイな…。

 しかしこの「胸圧」どうしよう。蹴っ飛ばそうにも体制的に無理だな、でも脚しか使えないな今…。

 キィ、と音がする。

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