無色透明色彩


7


 定時ギリギリで滑り込み、所長に賃貸契約を渡した。

「時間的に解約手続きは明日になるが…社宅はどうする?」
「…一時的に…一応暫く、踏み込みがあるまでは」
「それなんだが」

 所長がふいっと、先程の団地妻事件の動画を見せてきて思わず「うわっ」と言葉が出た。

「何故に…」
「平良から来たけど…。
 昼の、青木透花のDNA鑑定結果的にも…あとはこの男な、花咲過激派、高嶋会の柏村組二代目候補の柏村隆太郎だ。6年ほど前に暴力事件の前科があった」
「……なるほど。生還したからあっさりと…。
 てゆうかそれは…」

 平良を眺めた。本人は堂々と「ライブハウスの件で組対に流れた中の一人ですよ」と言ってきた。

「…なるほど…」

 そういえば江崎新の名前は地主だかオーナーだかで出ていたような…思い出してきた。

「あとは…。
 サイトの削除申請自体はなんともだ、今の所…という状況だったが、バンした天使ちゃんのアカウントの別アカが出てきた、さっき」
「…え、」
「いままでのアーカイブらしきやつ。よくあるPR動画で、そこからSNSへ誘導する物だった。ざっと見た内容だと「完全版はこちらへ」と…。
 リンクに飛んだら動画販売、それに伴った個人情報の抜き取りと…最近流行りの詐欺だな」
「あー…そっから闇バイトに行く系の…」

 スマホをフリフリ翳す平良の元へ行くと早々に「あの動画、江崎の捨てアドから来たんだ」とこっそり言われた。

「あ、あぁ…。
 えっと…賃貸契約書取りに行ったらたまたまああなった、みたいな…」
「なんのための2人体制だよ。生きて帰れてよかったな」

 さっと、平良はリンク先でのやり取りのスクショをくれた。
 見ているうちにバンバンと動画は増えていく。これだけで削除申請は充分通りそうだが…。

「上げているのはどうやら柏村の…多分、海江田さんを撮ってた奴かな。こいつは面倒なことに海外サーバーを経由している。
 割るのは時間が掛かりそうだからサイトを潰す方が早い。そんな訳で一応警察庁へ情報共有となった」
「はい」
「坂下と連携取れてるか?あいつ警察庁へ出向くと言っていたから、お前のパソコン関連で。時間が合わないとお前の単独行動として」
「その辺はまぁ、なんとかします。俺はただ賃貸契…重要書類を取りに行ってただけなんで…」

 どんどん増えていく動画。シノギのひとつ、最後に搾り取るしかないのだろう。
 誘導なら上が注意喚起を出している。そっちの線で介入することは出来なくはないだろうが…。

 まるで生贄状態になったなと、安慈は定時少し過ぎに上がらせてもらった。今日は少し、職場から離れた方がいい。

 ふぅ、と、夕方の雲が掛かる空を見て、あぁ、そうだ。プラネタリウムにでも行こうか、丁度この時間なら空いているだろう。

 イヤホンから聴こえる甘い声。

 “忘れはしないよ”…江崎の言う通り「絆された」のだと思う。
 なんだろうな。かわるがわる覗いた先の未来はひとりきりでは辿り着けない。そして、人それぞれ違うものなんだろう。
 彼にしか見えない現実が、これから待っている。

 …だなんて。歌詞とか出てきたのが悪い、柄になく考えている、無駄なことを。

 この仕事に就くまで、安慈は“青春”という文字の意味を考えることがなかった。
 それは、出世頭の平良のように「勉学詰め」という理由でもなく、坂下のように「弁護士の親に反感があったから」という堅い理由でもない。

 安慈にとって青春はあるのが当たり前でありふれているものだった。その平凡な日常の中で母親が精神障害になった、ただそれだけだ。

 医学部への編入と考えるには現実的ではない自分の学歴、不倫に気付き精神的に参りそうだった父親へ寄り添うこともせず、祖母の言う事に乗っかりただ離れた。その方が彼らの為かと…今思えば“何も考えていなかった”くせに、それを当時、“献身的である”つもりになっていただけのただの子供。

 コミュニケーションを学べた。一家離散のような状態に陥ったのは案外よかったと、今では思っている。自分事では疲れてしまうと知れたのは家族だった者たちへ唯一感謝している点だ。

 ……だから、捨て身に見えてしまうのかもしれないけれど。
 自分はただ、どこまで届くのか、その“こだま”の先が知りたいだけなのだ。
 バランスの取れた人間など海外にも日本にも存在しない。自分もその中の一人だ。

 プラネタリウムの売店で工作用の星座早見盤を買った。
 これなら…これからどうなるかわからないけれど、少なくとも今の面会謝絶病院でも許してくれるだろう。

 星座神話はよくわからなかったな、ユリシス基オデュッセウス。彼の周りには神話の神がチラついている…ついでに星座の本も買ってみた。これは単なる思い付きだ。

 世界では、幸せを呼ぶ蝶の認識。

 病院に着くと看護師が困った顔で「あの…」と声を掛けてきた。

「…あぁ、はい」
「…おじい様の方に海江田さんの同僚だと名乗る方が来まして…あと、透花さんの方に刑事さんがいらっしゃってました。一応、透花さんの面会は2人までとさせて頂くことになりましたが…」
「…こちらの話で申し訳ないが、唯三郎さんと透花さんは現在、我々の対象となっています。
 いつ何時何が、というのを想定して同僚はただいるだけだと…唯三郎さんの方には、どんな方が参りましたかね…?」
「…えっと30代くらいのメガネの…」

 …平良?

「わかりました。お騒がせしております」

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