無色透明色彩


9


 コーヒーをひとつ取り出し渡す。
 ガコン。
 コーヒーの上からりんごジュースが落ちてきた。残りのコーヒー1本とりんごジュース2本を取り出すと、「透花ちゃん、今柑橘ダメらしい」と補足される。

「なるほど…」

 坂下が手を出してきたので、ペットボトルのりんごジュースを持ってもらった。
 「さんきゅー」と言いながらコーヒーを開け自然とロビーに座る坂下の前に座り、改めて「すみませんです」と謝っておいた。

「………で?」
「えっと、平良さんから聞いたかと思いますが報告が遅くなりまし」
「え?何の話?別にいいけど?俺は俺の仕事を滞りなくこなせたんで」
「…あ、そうかパソコンの」
「あーあー、大収穫だったね。お前のパソコンはシステム異常で空っぽ!」
「………ん…!?」
「お陰で吹っ掛けられた代金チャラ。公務執行妨害及び不当な金銭の要求じゃね?って嫌味まで言えたよハイエナくん」
「ま、マジでっ!?」
「つか、あんま入ってなかったって聞いたけど?」
「ん〜〜〜っ、まぁ、確かに最新でしたがっ!」
「つーわけで……白紙になっちまいましたとさ…」

 声を落とした坂下に「あっ、」と、つい言葉を失う。

「………はぁ〜、お前なんで青木家の話、着手部分!上げてなかったんだよ…」

 シンとした空気、肘付き指組みでこちらをじっと眺める坂下は「と言いたいところですが原本データは所長に送ってあるわけで」と……。
 全く声色も変えない坂下についつい安慈は「すみません…」と流れで謝ったが「………ん?」と気付く。

「原本データは所長に送ってある………?」
「失恋家出平良くんに頼んだだろ?」
「…えっ、いや、」
「あー、まぁ平良との取引は「坂下・海江田ペアの進捗情報流用」までがセットで」
「………え?
 え?え?」

 ふっと肩の力を抜いた坂下は表情を崩し「いやいや驚きでもなんでもないっしょ」と言う。

「よーわからんしよー聞かないようにしたけど俺は“番犬”より“ハイエナ”の方が強いんだな〜と思いました、まる」
「……マジ?」
「平良から聞いてねーの?
 ま、後で感謝しとけよ?そういうわけだから」
「……あのギャンブラーめ!なるほどそういうことか!」

 恐らく平良は江崎にごっそりと、今回の件を売ったのだろう。
 そして坂下はパソコンを預かった時点で、着手書類を急遽作成し所長に送ったと…。
 そうなると、消去されたのならあちらはこちらに関与する気はない、と言う結果が残った。平良が所長に主張した通り、警察がデータを消している最中こちらが裁判所へ…と、先手を打っていることになる…だろう。

「……はっはっは…!流石だわ…!」

 それは非常に愉快で楽だ。

「……寄り道しましたが、では本件漸く本腰を」
「入れる…けどまだ許可は降りてないっ!」
「…結果良ければ全てよし…!第一発見者の原理で」

 敵と味方がハッキリしたなら話は早い。
 腹も括れたよと、安慈はふっと先輩に手を挙げ合図し、坂下もふいっと透花の病室の方へ首を振ったので、改めて病室に戻った。

 透花はベッドを少し上げ起きていた。
 机には星座早見盤が出されていて、ふと、なんとなく買った“月”のキーホルダーを眺めている。

 その姿が何故、心にグッときたかはわからない。
 目頭が熱くなったと同時に透花と目が合った。

 チャリン、と鈴の音がする。

 何を言えばいいかと考えるまでもない。ただ、ただ感情のまま透花の側まで行き「君は…」あぁ、やっぱり言葉なんて浮かばなくて。

 テーブルに月を置いた透花はペコッと頭を下げる。

 安慈はそれに頷き、ふと、スタンドから一度点滴の袋を外し月をぶら下げ、点滴を治した。

「まだ………死ぬとか考えんなよ」

 保険の書類が頭を掠める。
 ふぅ、と諦めたような、察した様な複雑な表情で俯いた透花の傍に座り「楽しいこと、まだ、探してないだろ?」と…何を諭しているのか。

「スワロウテイル・バタフライ。
 いい曲だったよ。3匹見つけると、幸せに……」

 あぁ。
 込み上げてきそうだ。

「いつか、探してみてよ、」

 ダメだな。
 でも、俺は決めたよ。この声が君に届けばいい。

 色白な透花の指、星座早見盤の型紙がすっと、視界に入る。
 顔を見ると透花はやんわりと微笑み、台紙を見せ“作ろう”と提案するかのようだった。

「あぁ、」

 透明な袋から型紙を出して渡す。
 手で切れる箇所がいくつかある。説明書などいらないだろうけど、安慈はそれと並べながら「@を切り取る」と説明し、透花はその通りに作る。

 数分で出来たがふと「あれ?」と気付いた。

「…逆さじゃない?」

 覗く星の部分が白い…。
 しかし透花はその後ろの部分を眺めている。そうか、と、「こっちにはめると…今日の星空?今日見える部分というか…それがわかる仕組みだよ」と教えると「…ぁ、」と、まだ出しにくそうな声が漏れる。

「ふっ…はは!でも、これはこれでいいかもよ?
 星って沢山あるんだなぁ」

 それを聞いた透花も、満足そうにまたその逆さになった星座早見盤を眺めるが、やはり直したようだ。

 「丁度今は…」と、くるっと回して見る。

「これが見えるらしい。まだ陽は少しあるけど、空にはずっと、こうやって広がってるんだってよ」

 更に感心したように透花はくるっと1週回し、何も無い病院の天井にそれを向け眺める。

「……ペガ…スス…」
「あ、夏の大三角もまだ見えるんだな…知らなかった」
「?」
「理科で習ったことがある。
 この北極星ってやつは動かないんじゃなかったっけな…これを中心に回ってる、みたいな」

 ついつい長居しそうになったがそうだ、先輩を待たせてるんだったと、「じゃ、また明日」とその日は別れた。

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