無色透明色彩


1


 今日も、祈りを捧げる。

 ここは、僕が生まれた場所だと言われた。子供から老人まで沢山のファミリーがいて、それぞれが皆僕のことを“ラファエル”と称し笑っていた。
 子供や大人の誰かたちは、それぞれ暗い場所で僕のことを“メードゥ”と囁き笑っていた。

 ある日僕は、川のほとりに舞い落ちたのだと修道女が教えてくれた。皆は僕に「何故だろうね?」と疑問を口にしていたけど。

 船の中で思い出したのは、かの聖少女ジャンヌ・ダルクの戦友、ジル・ド・レの話だった。
 船の中の彼女、彼らは何故、現状こうであるのか。

 あ。

 ……見たことのない景色。白い…箱?
 嗅ぎなれないツンとした匂い…。

「こんにちは…?」

 柔らかい笑顔。そして次には「あれ?」と少し、困った顔をするその人。

「……こん……にちは?」
「あ、あぁ…よかった。
 はじめまして。アオキタダユキ…タダユキ・アオキです」
「………ハイ、」
「僕、お名前はなんて言うのかな?」
「…………」

 見慣れなかったその人は「一応、これ、貰ったんだけど…」と、僕にカードを見せた。

「えっとー…君はモナステリーから来たって。
 僕、フランスでたまにベネヴォル…英語だとボランティアっていうんだけど、慈善活動をしていてね」
「……ハイ」
「突然だけど君のパパになりまして……」
「…ぱぱ?」
「…お父さん。
 君の名前がわからなくて…」
「ユリシス……」
「……ユリシス・バタフライの?」
「………ハイ」

 パパなる人はふっと笑い「ごめんね、伝わってなかったんだね」と言った。

「…Englishと日本語とフランセ、どれがわか」
「にほんご」
「うーん…そうなのね?
 僕…えっとお父さん、パパは日本人、Japaneseだから日本語が話せるんだけど、フランセ オア イングリッシュならEnglishが得意で…だから、Englishと日本語で説明するね」

 その説明によると、どうやら僕は日本人になったのだと知った。
 僕がここへ来た時には名前がなかった。確かに船でも「母国はない」と説明されたし、そうなのだろう。
 僕は入院中らしい。手続きで名前が必要なんだと聞いた。

「それでね。トウカって名前になったんだ。
 スケルトンのフラワー……なんか、はは、変かな?」
「…お花?」
「そう。そうそう」
「お花はキレイで気高いって知ってる」
「………そうだね。
 気に入ってくれてよかった。
 少しづつ、ゆっくりでいい。君のことを教えて欲しいんだ」

 お父さんは、とても優しい人だった。

「君はとても優しくて賢い」

 船の話をした時。お父さんは、悲しいのか嬉しいのか、ただ…胸がキュッと痛くなった日があった。

「だから、そんなに悲しい顔をしなくていいんだよ」

 そう言ってニコッと笑ったお父さんはすぐに戸惑った顔をし「とうか?」とあたふたしていた。

 またふわっと笑いくいくいっと…頭を、撫でてくれて、「よしよし…」と、それからどうにも強く抱き締め、涙を拭ってくれたから。

 ……お父さん。

「誰も君を笑わないよ」

 沢山泣いた。彼はずっと「よしよし」と宥めてくれて。
 信じていいかわからなかった僕は、たったそれだけの言葉で彼を、家族だと思えた。

 いつでも綺麗な笑顔で、毅然としていたし、その態度に値する人物だったから。


 カラカラ、カラカラと音がする。
 船のような酩酊感に目を開ければ、薄暗い廊下を…走っていると気が付いた。

 いま何をしていたんだっけ。
 …お父さんの背中を眺めて…。

「まっ……て、」

 知っている。
 お父さん、行ってはいけない。貴方は帰ってくるはずだった。

 白衣の…看護師一人と目が合ったが、彼女は前を見て直ぐに「起きました」と告げた。

 あ、そうだ。僕、入院してるんだ。

 ストレッチャーが止まる。
 ふと暗く影が落ちる。冷たい目だけが見えた。これは…一体。

「あぁ、起きたんですね。転院の精密検査に向かっています。これからは安心してくださいね」

 …何かが変だ。隠れているけれど、この医師の…柔らかいフリをしたこの声色は多分、作り物。
 ぶら下がる点滴を見てあぁ…月がないと気付いた。

「……待って、くだ…さい」
「泣かなくていいですよ〜、怖くない。すぐにまた」
「違、」
「お薬切れちゃいましたねー。
 …足しとけ」
「違う、」

 …誰だ、この人たちは。
 …ここは一体、どこだ。

 違和感にふと腕を見れば、看護師が注射をしている。
 払いのけ起き上がろうとしたが…ふらふらする、酩酊が酷い。
 けれどこれはダメだと体に力が入ったかすらわからないが、ぐっと何かに圧迫され…。

「…っあ、」

 ベッドに拘束された自分を見てザーッと…船での、拷問、陵辱が痺れるように頭を駆け巡り「…ヤダ、」と血の気が引いていく。

「大丈夫ですよ。怖いのは一瞬だけ」
「ヤダ、ヤダ、やめて、やめてくださ」
「うるさいなぁ。
 まだあるよな?」

 「はい」と返事をした看護師は床に落ちた注射器を取るのでなんとか、と、自然と身体は拒否し抵抗しているが。
 医師の男にぐっと腕を掴ま………。

 どうしよう。
 感覚がまるでない……。

 目も閉じられぬ己の実情をただただ見るのみで「ヤダ、ごめんなさい、もうしません、助けてください」と垂れ流す言葉も、焦れば焦るほど呼吸が辛くなり喉が切れる…叫びに近い音へと変わってゆく。

「あれ、まずいか?これ」

 …………苦しいっ。

…………。

 よく眠れた気がする。夢すら見ないほどに。

 誰かお願いです悪いことはもうしません助けてください僕のような雌犬が口を効いてしまい大変不愉快な思いをさせis con comme moi, je ne ferai plus jamais d'erreur、I'm supid,I'mConnasse,I'm Fuck…あれ。

 グラッと視界が変わり気持ち悪くなるけれど。
 拘束具をむしった、起き上がるも誰だかわからないマスクの医者にガっとまた、押さえつけられる。

 あぁ、謝っても許して貰えなかったよ、いつも。

「Rape me again? Mr.Efrem Mr.Andreas Mr.Jack Mr.Lee.In the name of justice,Dear Joan of Arc………」

 唖然とした表情、これからお仕置が始まるから。
 逃げるにはきっと。

 ……船の、音がする。

「……………」

 …あ、これは…怪我をした医師。
 起き上がれば、もう何もしてこず、僕はよくわからない、フラフラだけどひとつわかる。多分逃げていいのだと。

 あぁ。腕が痛い…なんで?
 誰か、誰かがいる気がする…。ひとりで逃げては、いけない……。

- 42 -

*前次#


ページ: