無色透明色彩


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「素人はチャカなんて持ってませんよ、ですよね?マトリ2さん」
「海江田ですハジメマシテ……えぇ、普通持ってないし、持ってないからオートマの使い方なんて」
「ほら」
「いやそうなんだけどそうじゃねぇんだって…痛ぇ…勘弁してくれマジで今は…」
「今私に耐えた方がこの後マシです」
「……それも勘弁しろホント考えたくない、」
「まぁたまには?カガヤくんの前でみっともない姿を見せるのもありですかね?」
「お前っ、意地が悪すぎる、やめろホント、オリバーは容赦がねぇんだよ…。
 やべ、寒くなってき」

 ガっと車内の温度を上げたドライバーは「絶対着くまで寝ないでください」と言った。

 な、なるほど…。

「…カイエダ…さん?」

 疑問そうに言ったツレに「はい」と答える。

 あっ。
 暑そうだよこの子…通院とか言ってたし癲癇持ちとかだったら…薬によっては脱水症状になっちゃうんじゃないか…とぼんやり思ったが、「天使ちゃん、寝そうなんだけど…」と心配そうに言ってきた。

「…えっと…。
 あー…、その病院、マジで強い病院なんですかね…?」
「……“日本アルバータ大学附属”…アルバータでピンとくるもん?マトリは…」
「あっ、」

 カナダ、アルバータ州か。
 世界でも最先端の医療を誇る州だ。大麻認可の…結局合法か曖昧だが…。

「……伝わったか…。
 言っとく…俺マジで殺しと薬はやらねーんだわ………」
「……ん?」
「あー…ボーッとしてきた……多分嫌でも起きるけど、あのエセ金髪チリ毛野郎を見れば……サトイ、俺実は……麻酔無理なんだわ……」
「……へ!?」
「んー…あー、やべぇ、タマ2番掛けて…寝そう…」
「大丈夫ですよ叩きますから、そこ」
「やめろ……」

 部下…手厳しいな。

「…あ、ごめんえっと…サトイ、さん?答えてなかった…。
 ドライバーさんみたいに、少しでいい、俺もやるけどこの子に声掛けと…手とか、刺激を与えてあげて。なんならたまに抓るくらいでもいい、脳を動かすと思って。
 あと君は…水分をちゃんと」
「わかりました」

 このまま廃人化したら……何もやるせない。

 サトイくんはパッと、コンソールボックスにあった紅茶か何かのペットボトルを奪うように取り、見せてきた。
 この子…平良とは合わなかったんだろうな、というくらい純粋で、賢い強かさがある…。

 言ったからにはと、安慈はせめて、手を揉んだり…足を踏んだりして気付く。どうやら透花は左腕を怪我している…江崎が掛けたのだろうジャケットで気が付かなかった。ギュッと縛られ止血はあっさり済んでいるらしい…。

 ふと目を開けた瞬間に、「ユリシス・ヴェルディエ」と耳元で言ってみた。

 はっと…一瞬目に光が戻ったが、顔を歪めたので「透花ちゃん、」と呼び直した。

「青木透花ちゃん、」
「………」

 小さく唇が「はい」と動いた気がする。

「……やっと、君の声、聞こえたよ…俺にも」

 はっと、涙を流したその瞬間は…ちゃんと、意識があるように見えて。
 
「……ありがとっ、」

 それを見たサトイくんは「とうかちゃん、」と声を掛け続けた。
 胸に響く痛みと…何故だろう、こんな状況なのに少しだけ暖かい。

 ……例え、真相はどうであれ。
 仕事も何も今は関係ない。出来るだけ被害に寄り添う。出来ることだけでいい。

 江崎も透花も唯三郎も……紀子も、忠恭も。でも、優先順位は見える、手の届くものから。

「ちゃんと帰ろうね、透花ちゃん。ジイちゃんと、一緒にさ」

 今、ここにいるのだから。

「俺も、プラネタリウム行きたいな、行ったことないし」

 また急に溢れそうになったところで、サトイくんが「あ、」と言った。

「……動いたよ、指」

 …右と左の神経回路が混濁してるのか、単純に距離が近い、わかりにくいのか…。
 「行きゃいーよ…落ち着いたら…」と、弱々しくも目の前の、江崎が返事をする。江崎も頑張っている。

「……俺らも行ったこと、ねーよな…サトイ」
「…行きゃ、いいですよ」

 大学やらがごちゃごちゃとありそうな道に入ったかと思えば……日本アルバータ附属大学病院の敷地に入った。

 車も少ない…というか裏口に入っていく。
 待機用の救急車がすぐ側の車庫にあり…というか、普通なら救急車が止まる裏口の前に国産車が停められている。

 「全くあいつら……」とドライバーがぼそっと言いつつその真後ろにピッタリと車を停めると、サトイくんがすぐ「カイエダさん、任せますね」と降りて行き、チャイムを鳴らすのが見えた。

 ドライバーは助手席を開けて江崎を抱え、器用に後部座席も開けてくれた。
 安慈も透花をおぶって向かう。

 すぐに一人…これが言ってた「エセ金髪チリ毛野郎」か。背の高い…カナダ人なんだろう、外国人がポケットに手を突っ込み現れた。

 江崎が「よぅセンセ…」と言うのを煙たそうにフッと手で払う仕草をして即こちらを指さし「まずそっち」と無愛想に行った。

「タマ。話は聞いた。アラタは診察室行きな。
 そこの男、コーローショーの人間だね。一緒に着いて来て」

 言われるままに安慈はチリ毛金髪医者に着いて行く。

「…オリバー・ブラウン。
 何歳で何型で何人?何中?」
「えっ……。
 あ…えっと、フレンチ、Aマイナス…あとは正確にはわかりません。ジャパンデータでは23歳となっていますが、多分違います。
 薬物も判定はまだ…」

 「わかってるよ」と言いながらポケットからゴム手袋を出し、付ける。なるほど、クセ者だ…。

「ついでにアナタは何型?」
「…Oプラ」
「使えないね」

 …めっちゃクセ者だ。

 透花を担架に乗せ「頭はCTと脳波で1時間、血液と髪の毛検査1時間、あとは結果次第」と言うと、集まった看護師がすぐ側にあったCTの部屋に連れて行く。

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