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仕方ないか…と、安慈はその辺の椅子を探すが、オリバー医師は「ジジさんの話だが」と話が早い。
「あ、名前、アナタの」
「…海江田安慈です…」
「ヤスチカ」
一発で覚えて貰えたが「字は?」と言われれば…説明が難しいけど…。
診察室前のドアに寄り掛かって辛うじて立つ江崎は「Gメンは易々と名乗っちゃダメなんだよ、オリバー」と説明してくれた。
「…オマエ死にたいんか?なぜ寝てない」
「血塗れだから」
「あお!確かにヤダ、座ってろ。
ブレットは?」
「……ない、」
「ウソつくなファッキン野郎」
はぁ、と江崎は溜め息を吐くが、言うことを聞く訳でもなく、顔面蒼白気味にこちらを見ている。
「……トウカは、タダとは紙の付き合いだな?」
一瞬何を聞かれたのか判断が出来なかったが、「あぁ、はい…いや、それもある意味微妙で…」と話してる最中に「ファミリーではある?」と、やはり矢継ぎ早。
「ハイ…」と圧倒されている間にも「血縁はわかるか?」と聞いてくる。
「…データではタダ一とタダ六は…どこかにいるらしいです…そこまでしか、」
「あ、そうなんだ…」
「アラタ、座れ。パートナーにでも腕上げて貰……コラ、ドアでやらない、掴むな殺すぞ!それともアラタが決めるか?」
「………もしかして人工呼吸器ですか?」
「ああ。
たった一人ファミリーが意識確認が難しい。近しいと聞いてる」
「……確かに近所ですし、彼らの今後の住居も考え中でした」
「オマエ、金あるな?
しかし若い。アラタも若くて金あるけど、私のポリシーはトウカもタダもそうなれば外して欲しい。トウカは回復させるからダイジョブだけど」
「……つまり今、タダ…は、それだけじゃないと…」
「一刻を争っている。
…ここ来てすぐ5分、心肺停止した」
「えっ、」
「戻ってはきたが、原因はアナフィラキシーショックだ。
モルヒネもあったがそれよりも…最悪だ、ベンザルコニウムクロリドが血管内で検出されている」
「……へ、」
ゾワッとした。
「…えっ、あの防腐剤ですか!?」
「ああ。消毒液が派手に出回った頃にアレルギー、アナフィラキシーが目立ったが、アレルギー検査出来ない、アレはそういう概念じゃない。血小板が壊れる、パッチが出来ない化学薬品だ」
元は“点眼液”中心に出回っていた長期型の…安価な防腐剤だ。確かに消毒液が出回った際にアレルギー、アナフィラキシー患者が増えたが、何が起因か、確たる原因の特定が出来ず、可能性として医療従事者へ厳重な注意喚起を出す程度になっているのが現状だ。
「それが検出されたんですか!?」
「そうだ。
血小板を壊しているにも関わらず、モルヒネでシャットダウンさせられている。私はこれを殺人と思うが、ニセビョーインは」
「…現在進行形で捜査中ですが…」
モグリの病院でバルビツール酸、というのは当たり前に繋がったが…想定外だった、確かにその環境下なら大量に消毒液の在庫が置ける…。
「今まで上がってきていませんでした…あそこは認可でもないのでそこまで知識があるかという裏付けが出来るか…」
…どことない既視感。
「……今回の事件との関連と認められればこのまま同じメンバーでの再調査…これは警察とも合同です…が、別物として扱われれば……」
「……まぁいいっ、オマエらの話は。
医療事故ではなくとも副作用助成金はどうなんだ?」
「やってみますがそもそも殺人事件になると……上には上げますが、」
オリバーはピリついた空気から一瞬ピクっとし「上に上げる?」と表情を変えた。
「え、あ、まぁ…。そもそもこの制度は「医療品により寝たきりになる」が前提みたいなところがあるから…わりと新しい制度なので例には残………」
あ。
繋がった。
…こんなことで?なんという皮肉な…。
「…というわけ…で、唯三郎さんは…その…」
「…診断書を出すとしたら「薬物使用のアナフィラキシーショックによる心肺停止による脳萎縮」としか書けない。
更に、ロージンだ。身体の中がどうなっているか…現に肺炎が起きてるし、喉の腫れで気道が狭い。
延命不処置のサインを求めたいがサインをしないなら、結局点滴以外で生かすことは不可能だな」
ふっと、オリバーは鼻で笑い「私はトウカに全て伝える。サインのことも。
だから聞いた。別にアラタでもいい、」
…お前に覚悟があるか、という事だろう。
…外国人は単刀直入でいいな、却って…だなんて。
つい、俯いて眉間を揉んだ。流石に震えるし…抑えても息遣いは隠せない。
……こんな場面にまで立ち会うことが、今まではなかった。こんな、自分の倫理にぶっ飛ばされるなんて。
「………もう…っ無理、なんすね?」
「その可能性が高い。そして、3ヶ月でここを離れる時に外す、これも課題だし」
「……現在、意識は」
「ない。脳全体も既に萎縮しているからどうにも。意思の疎通なんて考えるな。
トウカの症状は、私が見たカルテでも、記憶の喪失…いや、乖離に近い。
…江崎のパートナーのサトイのPTSDは確かに寛解したに等しいしトウカはダイジョブだろうが、捜査協力は私が症状を見て判断する」
「……わかり、ました。
ちゃんと全て伝えるんですよね?俺からもちゃんと伝えます」
「…オマエはいいんじゃないか?刺激しかねない」
「…今聞いてきたでしょ。…腹は、括ってます。
仕方ないですよ、人殺しと罵られようと…刺されようと殴られようと…」
オリバーは江崎を見る。江崎が静観を貫いているのにポロッと「ありがとうございます」と言葉が出ていく。
「…あの子はまだ…若い。大人がどうにかすれば良いんです」
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