無色透明色彩


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 いや、また気付かされた。まだまだ割り切れてなかったんだ。

「……あんたも言ってたじゃないですか、ジイさんに。それを引き継ぐだけですよ」
「…まぁ、そうだな」

 ふっと、江崎はオリバーに…カルタのような名刺を渡し「…座ってる」と診察室へ戻った。
 オリバーから横流しされたその名刺は、ちゃっかり住所と電話番号は血で見えにくくしてある。

「あ、まぁ、あとは待ちますんで…」
「わかった、ヤボ用してから書類持ってくる」

 オリバーは診察室に入って行った。

 デジャブというか、まるでバッドトリップのような現象…。
 これは……間違いなく刑事事件であり、あの家庭環境を考えれば…民事裁判費が持たず閉廷した…補助金があちら側に流れた可能性があると容易に想像が出来る。

 死ななければ刑事は確たる証拠として動かない…。確たる証拠の中に不正受給先を上げる、というのが同時進行されたとして。
 …忠恭の件が今更…いや、今だから出てきたのかもしれない。物は違えど同じ手口だとすれば…。

 もし生きていたら…?
 …いや、裁判という場で7年以上消息不明なら死亡認定がされる。

『早く死なないからよ!』

 ……なんだっていうんだ、それ…。これは、何に対して叫んだんだ。
 その本人も今…廃人に近い。

 数分くらいしか経っていないように感じたが、医師たちがバタバタしていたので恐らく一時間は経ったのだと思う。

 オリバーは何枚かの書類を手にし「あっち」と診察室へ案内してくれた。

 待合室では感じなかったが、診察室に入り一気に血の匂いが噎せ返る。

 …正直、呻き声やらで少し想像は出来なくはなかったが、果たしてどうやって江崎の傷口を縫ったのか…血塗れの弾とピンセットが当たり前のように台に置かれていて…ドライバーとツレすらも顔面蒼白になっていた。

「こっちがタダの結果。で、こっちがトウカの結果。
 見ながら。
 確かに、歳は19…18〜24、私は20かなと思ってる。常習性はあっちのビョーインと一緒。2回大量に投与されたのだろうとこちらで判断したがやはり日本のビョーインは甘い、この一週間ずっとやってたって診断が下るだろうが、私だ。こんなもの3日で抜ける。だからこの診断ね。
 まだ体内にある状態でさっき運ばれた、けど……わりと綺麗だが1箇所だけ薄っすら。
 前頭葉からここ。前頭前野あたり」

 実際のところなんとなくしかわからず「…影、ですかね?」と聞けばお決まりの「通常の脳は」と画面を出される。

「……シワ…と言えば確かに、とも思うが」
「…なんとなく、シワをこう…分断してそうな?薄いけど…」
「そう。この薄さならすぐには再生するとは思う、見立て19〜24歳だし。気にしなくても良い範囲かもしれないが念の為、前頭葉“記憶”と考えると…あとは、アラタの怪我のやつ」
「あ」

 そういえば江崎のジャケット…。

「……江崎さん、そういえばすみません。ジャケット」
「…ん?あ、俺か…いやそっちは…震えてたし腕ぶっ刺してたから…」
「あの子、暴れてたりしました?」
「あ、俺のこれは…あのシャブゴリラが誤射ったけどまぁ…」
「…なるほど、ヤク打ち込まれた直後だとして…」
「そこだ。それで聞きたかったことがある。
 脳波でいえばシータ派が続いてた。アラタの話も合わせれば…。
 予想の範疇でしかない、まだ来たばかりだから」
「あ、まず!
 この場合は癲癇という診断になるのでしょうか」

 平坦な声色で「その話今から。カナダでは問題ないそれ」とバッサリ切られた…。

「“夢は集合的無意識”と言ったのは?はい、サトイ」
「ユング」
「正解、エライ。
 返事や受け答えは出来たが、脳波の揺れでは…何も苦痛がないんだ。だが記憶の一時的保存、それによる機能低下や不全という感じでもなく…」
「ん?」
「新しい記憶を入れるのが海馬、それを保存するのが前頭葉と考えてもらっていい。ちなみに海馬はよく癲癇で引き合いに出される。
 左脳が優勢と言われるのは前頭葉があるからという認識で今はいい。記憶の保存があるから神経伝達もあり前頭前野により判断能力もその記憶から訪れ…と、」
「…もしかして、解離性同一性障害?」

 その場の判断能力が曖昧、脳波は中途覚醒…薬物過剰投与のせいだとしても…。

「覚えがあるのか?」
「捜査上で二点ほど覚えがなくはありません、それは、過去から来てるのかな、という感じで…」

 あの動画。
 ……船で来ただのなんだのと…恐らく“人身売買”の現場だろうと思われているその記憶は…過去の貯蓄だ。

「聞いていいか」
「緊急搬送時に彼は“船で来た”と言っていました。勿論意識混濁のうちの一つと片付けることは出来ますが…その船の中と思わしき場所でスナッ」
「待って言わないで今は」

 オリバーが江崎と…サトイくんを見て言うので、なんとなくPTSD関連かなと「あ、わかりました」と引き下がる。

「…まぁ、人格が確かに…と言う瞬間があったということで…つまり、」
「そゆこと。つまり…」
「より未知数であり…治すことに期待は掛けられませんね…」

 解離性同一性障害についてはまだ予測でしかないし、治療法もない。対策としての最前はまず、起因を探り原因を避けるしかない…。
 マトリとしてやってきて、こういう患者の例は残ってはいるが、自分は初めてだ。戻ったら症例を洗おう…。

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