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「そっちわかってくれたならよかったし、こちらもわかった。診断書薬物事件関連て書いとく」
…やるなぁ、この医者…。
「まぁ、休ませるのも必要だが、様子を見てオマエとの面会は私が決める」
「ですね。わかりました」
「ところで、ヤスチカ」
オリバーはふっと笑い「オマエがイイ男でよかった」と言った。
「はぁ…どう」
「アンジは、偽名か?」
「え?
いや、いや?うーん、日本語として読むのに楽そうだから透花にそう教え」
「そうか。
早速だが、トウカは目を覚ましている。行くぞ」
「………え?」
…今までの説明の意味が急に薄れたがこれは…捜査員ってこと忘れられてる?
「顔を見せるだけだ。
治療としてもファミリーとしても、ファーストコンタクトは重要だ。ミツグクンになるかサイフになるか」
「それ意味一緒っすよ、」
「ふっ…、」
「別名「ATM」です、オリバー先生」
「そうなのか?」
補足したサトイくんの先で寝転がされている江崎が「…お前どこでんな日本語覚えたんだよ…っ」と痛そうに笑うが…いやマジであの傷どうやって縫ったんだ…?止血は完全に済み震えもなさそうだが…場所は、少しリハビリすればなんとかなりそうか…。
サトイくんが江崎の手をモミモミしている。
…役に立ったなら、何より。
僅かな光にふと表情が変わったのかもしれない。
安慈がオリバーを見返し「同行、お願いします」と頼むが何故か「ヤダ」と返ってくる。
「…え?なんで?今の話の流れ」
「同行じゃない、案内だ。オマエ、新しいファミリー違うのか?
刺激はなんでもあった方がいいぞ?前頭葉は衰えやすい」
……なるほどっ。
筋は通るがやはり…クセ強っ。
しかし、まぁ…。
事件としてはふわっとしてしまったが、不思議にも、オチもつけやすく見事に収まった。
オリバーはこんなでも、案内すると言った。何かあればその場で引っぺがされるだろう。…これは荒療法なようでいて…例えばその時どうなるかというのを見るのも仕事なんだろう。
この医者は、変だが本気で診てくれる覚悟がある。
そして何より、いままでの透花から感じていた“虚無さ”にストンと、納得がいった。彼はそれでも考え続け、怯えていたのだ。だから、逃げたくて、でも…新しいものをずっと大切にしてきた。
自分はそれらを……始めから壊しに来たのだから。だからこそ、今度は…リスタート。吉と出るか凶と出るか。
ICU前で急に…着替えることもなくシュッシュと思いっきり消毒液を掛けられたが、それだけでドアに寄り掛かったオリバーの「行ってこい」を感じさせる淡い目に、「ありがとうございます」と礼を言った。
透花が普通に寝かされていて、呼吸器は付いている。
…震えそうなほど怖い。透花だって、見込みがなくなれば…。
少なくとも、唯三郎のそれは外すと書面を交わした。…ただの紙きれで俺はそう、君が大切にしていた人を、背負ったそれも殺すのだ。
怖い。
人の命が天秤に掛けられた瞬間。法は目に見えないからまだ…楽なのかもしれない。
けれど決めたのは自分の中の…前頭前野と前頭葉。だからこそこれからへの…意味を見つけたんだ。
気持ちと理屈は比例しない。
立ち止まりたくても…歩きにくいだけで、縺れそうなだけで、透花の元へ行きたいと早る。
思考の喧嘩で鈍くなる中、透花の顔が見えると、彼もまた、自分を…眼球、水晶体は下を向き姿を捉えた、目が合ったならすぐ側へ…しがみつく勢いだが、1歩手前で自重する自分。
……点滴台に、あの、月のキーホルダーが見える…。
理性も、前頭葉から来ているのだから。
透花の網膜は震えているが、はっきり自分を捉え、少し眉を下げ「アンジ…さん、」と…ぐもって聞こえた声が、頭にジンと響く。
青い、綺麗な虹彩。ハッキリと意識がある。
すっと、透明な涙を流した透花に「……透花、ちゃん、」頬へ伸ばす手が震えていたけど。
透花はその手を取り、自分の頬へ当てる…涙で冷たいような、暖かいようなで。
「……っ、君に…」
「泣かないで、くださいよ」
仕方ないじゃないか。
前頭…いや、素直な現象なんだから。
この人格は一体どうなのかと過ぎるけれど…でも。
「……“ユリシス・バタフライ”。
…っ知って…る?3匹、みつけると…幸せになれるって、」
「……どんな、」
クセでスマホを探したが「あ…そうだ、預けたんだ…」と言えば「ふふ、」と笑ってくれて。
「…綺麗な、青い蝶。ヨーロッパではそう呼ぶけど、日本では…オオルリアゲハ」
「…そうなんだ、」
「あと…本当は俺、ヤスチカ…」
少し止まって「…ん?」と疑問顔。
「安いに…慈しみは…なんか凄く良い意味なんだけどさ…あまり好きじゃなくて。だから、アンジ…」
「アンジさん、」
よかった。
そう言って手を握る透花に、なんとなく全てが繋がった。
きっと、いままでの事象に関する意識にあまり違いはないだろう。
「また…来ても、いいかな?」
目を開けた透花は、ごく普通に…深く、頷いた。
オリバー医師へ振り向けば、こちらも頷く。
涙を拭いてやり「また…」と去る。
これから何があったとしても……世界は相変わらず誰をも乗せて廻り、当たり前に夜を乗り越えていくはずで。
その時にやっと響く声が…優しいものであって欲しいと、安慈は初めて…色々に折り合いを付け、「タバコ吸ってきます」と、ICUから外へ向かった。
雲ひとつない夜空。その濃い青に、1本の白い煙が登っていく。
ただ、嬉しくて、でも悲しくて、それが悔しくて。壊れたように流れる涙に、目を押さえる。
だからここに立っているんだと、その切なさが二筋、身に染みた。
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