無色透明色彩


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 事件の経緯を軽く纏めた文章を作成していた最中だった。
 透花と唯三郎のファミリードクターとなった日本アルバータ大学附属病院のオリバー・ブラウン医師から「唯三郎の容態が急変した」と、滑らか…訛りのある日本語で伝えられた瞬間、色々なことが頭を過ぎり少し、無になりそうだった。

 ただ、現場での雑踏や雰囲気は伝わってきたので「えっと…」とだけ声を発する。
 側では坂下が仮眠を取っている。坂下は医療補助の書類を作ってくれている最中だ。あとは諜報課が日赤とオリバーの診断書を揃え、坂下が花村病院へ聞き込みをする予定だった。

『 来れるか』
「…野暮用をこなしていたので問題は無いですが…深夜なので30分…15分もあれば」
『 …裏口から来い。
 現在タダは…震えが来て。シャットダウンしようとしたが今の所5分…』
「わかりました」

 さっと制服を脱ぎ…一応は何かのためにと持って行くことにした。
 …坂下もあれから24時間ほぼ缶詰だ。それは、唯三郎の容態が思わしくないからで…。
 アイマスクをし栄養ドリンクを何本か…あ、もう全部ないのか…無理をさせてもよくないなと、自販機でエナジー炭酸ドリンクを買いデスクに置くと「…ん?」と起きてしまった。

「あ、すません…」
「…あんがとさん…炭酸助かるわ…。
 ジイさん?」
「はい」
「あー…」

 グイッと背を伸ばしたので「大丈夫ですよ、先輩」と言っておく。

「…野暮用してたので…」
「まぁ、謹慎食らってるからねぇ、お前」
「まぁ」
「そんなら自由に…PDFこっちに送っていいか?」
「大丈夫ですがそれじゃ…」
「お前どの道一週間なんも出来ねーんだから、その間行ってこい。
 成果をいえば良くも悪くも父親?の債務を背負ってたから透花ちゃんには有利に事が運ん…じゃなくて早く行け。鑑識には連絡しとく。それ待ちな面があるから」
「…すんません」
「おう、気にすんな。休暇だと思って」

 こんなとき…先輩がいて助かったと感じる。

 “国家公務員”として働いているが、坂下は安慈や平良と違い薬学部を出ていない。こちらで言うところの“ノンキャリア”ではあるが、その分研修が1年長かった。そして自分たちはこの部所では「同期」にあたる。

 つまり坂下は、安慈と共にここへ来た時点でいまの平良と同じ「係長クラス」であり、以前の部署では安慈の研修込みで仕事をしていた。
 が、恐らく今年でまた…異動だろう。マトリは3〜4年で配属先が変わる。

 多分、安慈はここで昇格する。
 平良のように始めから薬剤師の資格があれば…確か、平良は一度別の部署に行きまた戻ってきた。
 戻ってすぐに花咲組解体で功績を上げたのでこれに関しては「補佐」となっている。役職は坂下と一緒だが役割が違うのだ。

 今回この部所で成果を上げた。花咲解体としては平良が異動になりそうではあるが…少し前から気付いていた。
 恐らく坂下が異動する…やけにデスクワークを振ってくるようになったから。きっと、坂下には今回がここでの最後の現場仕事となる。

 なんとなく察していたから今回は安慈が自ら手動を握った。この仕事は時代錯誤…とも言いきれないが叩き上げな面がある。

 …なんて。
 トカゲの尻尾切りというより既に切られていたようなものである柏村が捕まったというのにそんな事を考えている理由…極度の寝不足や疲労、やりきった感や何より…そうでもしないと目の前の現実へ覚悟が出来ない。

 これからのことはある程度決まっている…いや、それだって本当は確実な土台はまだ、建設中で。

 坂下とは前から…7年は共に働いたが、だからこそ一度ここで離れるだろう。
 まぁ、大抵は近隣の部署だったりするし人員も少ないから捜査協力を要請するものだし、案外すぐに会えたりする。社宅も変わらないだろうし。

 生きてこの職に就いていれば。

 自分は今、この職が向いているのか…前は天職だと思っていたけど、どうなんだろう。
 3年だし、区切りとしては別に辞めてもいいのだろうけど…いや、何を弱気になるのか。

 坂下だって中毒者の支援中だか聞き込み中に自殺者が出た…そんな経験をした事件だ。
 薬物中毒者を見てよく考える。この人は…死にたいと苦しむその最終的な望みは、本当にそれなんだろうかと。

 …マイナスな事ばかり…いや、こうまで来ればそりゃあ、明るいことを考える方がパニックになる。

 …無知は、罪だ。
 今回それを感じた。結果誰がどう捉えたとしても「どうして、あと、たった一歩、少しのボタンの掛け違いなのに」とこちらが思っても事は起きている。何故ならこちらは無力なのだから。

 病院に着いた。

 裏口の明かりと、タバコを吸い立っているオリバーを見て察した。
 車から出る前に親指で「奥に」とやって去って行く。それでほぼ確信せざるを得なかった。

 静かだ。あぁ、そうかと一歩踏みしめる度に感じる胸の痛さに勘違いもなく、ICUに入れば静かに、数人の医師が地蔵のように立っていて…。
 側に寄らなくてもモニターは何も写っていない。海江田を見て一人の医師が人口呼吸器を静かに外した。

「あと少しだったんだ」

 オリバーが放つその静かな一言で理解。
 自分も側に寄り顔を見れば、知っている穏やかさではなく、あぁ、糸がぷっつり切れてしまったんだと感じた。

 「どうなる?」と聞いたオリバーに「…葬儀場と火葬場へ連絡します」と告げた。

「ひとつだけ…喪服で最小限見えない位置を」
「…どうぞ」
「30分だけくれ」
「わかりました。
 結果は後に上に報告します。刑事が聞きに来るかと思いますが」
「その心配より、自分の心と透花を」
「はい、勿論」

 一同手を合わせ、すぐに解剖が始まった。

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