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解剖書類をしまい、転院時に預かった荷物を渡されすぐに葬儀場に向かうが、事態が事態だ。葬儀は行わないこととなった。
「…位牌を見る限り一応梵字があるので真言宗かなぁとは思いますが、お仏壇は…」
「現場保存中のため立ち入りはちょっと…」
「…一人身、なんでしたっけ」
「血縁者はいるようなのですが消息はわかりません…恐らく…諸々の事情で縁切りなど…」
遺品を眺めるうちに見つける。忠恭の位牌、生命保険、医療保険と…あの青い星空のコップ、そして…。
2つ折りの、メモ帳のような小さな紙を見つけた。
「……」
───────
遺言
透花に通帳、預金、保険、その他お金は全て渡して下さい。
青木唯三郎
───────
…こんなもの。
「…公文書じゃねぇよ…」
でも。
「意向に沿って、という面では…」
「…筆跡鑑定に一応回しますが…」
なんせ、忠恭の“特別養子縁組”はもう終わっているし、メモ帳だったので開けてしまったがこういうのは49日過ぎで…無効にすれば3ヶ月以内で、どこかにいる唯一郎と唯六郎を含めた遺産分割協議が必要になる…。
開いてしまったしな…と、パラッと通帳を見て驚いた。
…もしかするとあの「遺書を書く」下りで考えていたのか…唯三郎名義の通帳には透花からの振込分やら年金等の履歴があった、家族預金として使っていた可能性は容易に考えられるが結果、最近…その残高を全て透花に振り込んでいる。
タンス預金がどこに行ったか不明だったが、死亡診断書を貰った際にオリバーから「これ、前の病院から」と“医療費”と書かれた茶封筒を受け取った。
自分が鞄に入れてやった分より減っているのはわかったが、オリバーから「これ貰っていいか」と聞かれた。
「…ロージンだから一割だから余ったケド…透花がいるし」
「…一応、保険やらに連絡はしますが…」
「私が持ってればいざって時に」とかなんとか言っていたが「お金は一度返金頂き、行政が全負担十割で支払う、という可能性があります。もし通らなければ追加で出しますね」と言えばあっさり返してくれた。
筆跡鑑定などはぶっちゃけすぐ出るし、これは一応正攻法にと…諸々降ろす手続きも所長に頼み、火葬場に着く。
……唯一郎と唯六郎に連絡が付くのか…これは筆跡鑑定の結果込みで行政書士に文書作成依頼をした方が早いか…相手が金を持っていたら無理矢理何かをこじつけ透花が訴えられる可能性もある、どんなに唯三郎の意思があっても。
なんせ法定相続人ではないし…だが今後がある。
薬物事件で死亡した、透花が色々金を工面していた…という複雑な事実がわかるよう、文書に組み込んでもらえば引いてくれるかなぁ…。
……そうか、火葬証明書への名前に透花…いや、オリバーに怒られるかな…。しかし一週間か…どの道急がねばならないし…。
グルグルと回り道をし火葬場に着いた。
職員たちが焼却炉の方へ棺を持って行く。行政の者だという認識をさせるよう、安慈は持ってきた制服を羽織った。
焼却炉前に置かれた果物と酒瓶…お神酒だろう…遺影はない。
こんなの、まだ親ですら経験がない。昔一度親戚が死んだ時は幼かった。仕事では大体その場で司法解剖を待ちこういうことは終わっていたりするし。
棺に一円玉を入れるというのすら初めて知った。
自分が行政の人間でも、「一応…お顔などは…」と火葬場職員は確認してくるらしいが、察したように「では、よろしいでしょうか」と念押ししてくる。
そんな時だった。
朝一の静かな火葬場に足音と僅かに…チャリン、と響く。
それが後ろで止まったのでハッと振り向けば、一応黒いスーツとネクタイ…しかし白衣を羽織ったオリバーと…寝巻きの透花が車椅子で現れた。
「…私は念の為付き添いで来た。離れとく」
安慈の側まで車椅子を押し後ろへ下がったオリバーと、ハッキリとこちらを見上げる青い綺麗な目。
腕を伸ばしてきたのでその手を取り、ぶら下げた点滴を掴む透花に肩を貸す。
あ、月…。
「……親族の子で、」
大丈夫なんだろうかとオリバーへ振り向けば、何も言わず腕組みをしている。
「…お顔を見ますか?」と小窓を開けてくれた職員に「こちらから…」と言われ覗き込む。
「…おじいちゃん」
…覚えてるんだ。
良かったのか悪かったのか…。
「これが最期のお別れですので…」
「はい」と言った透花は息を呑んだ。
「どうですか?」じっくりとも行かないという雰囲気も伝わっているが、職員の口調は至って優しい。
聞き分けよく「はい、」とあっさり職員と目を合わせ頷いた透花より…自分の方がどうしても唯三郎を眺めてしまったけど。
「では…」と言われ透花と目が合う。
透花を車椅子に戻し「一礼をお願いします」と言われ手を合わせ礼をし…小さな声で「ありがと…」と聞こえたのにグッと…胸が痛くなる。
お疲れ様でした。
顔を上げればどうやら透花の方が早かったらしい。
安慈と透花を見、「では、お見送りになります」と…唯三郎を乗せた棺桶が、火葬炉に入って行く。
ふぅ、と押し殺した透花の息。しかし自分はしっかりとドアが閉まるまで見送った。
「もぅ…会えなくなっちゃうんだね」
その震えた、少し大きくなる声にただ「うん、」と答えるだけでも…何故自分まで胸が痛いのか。
静かに涙が出た。気付かれないように瞼に力を入れる。
人の死は、本当に…すぐだ。
安慈はなんだか自然と…透花の車椅子を押していたが、彼は彼で車椅子から降り…指を握ってくる。
寄ってきたオリバーが点滴を持ち、職員が「あちらでお待ちの間に、書類等を渡されると思います。一般的に30分から1時間かなと…」と説明しながらさり気なく車椅子を預かってくれた。
礼を言い、透花の手を握り返す。
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