無色透明色彩


5


 本当に不機嫌なんだと伝わったらしい。
 慧は素直にコーヒーで薬を飲み、ドリンクホルダーに返してきたが…声なく嘔吐いたのが見え「あ、ごめん、コーヒーだ…」と、全く何故こちらが謝るのか…。

「ダイ…ジョブ、です」

 そう言ってささっとまた寝転んだ慧に、はぁ、マジこれから野暮用なんだが…と気が重くなる。

 少し走り出すと「天使ちゃん、」と、後部座席から譫言のような弱い声が聞こえる。

「うん、何?」
「…ちょっと可哀想だった…。
 あらっ…しゃ、さん、今から助けに行くの?」

 噛んだ。
 やはり禁酒だな、酒臭いし。

「…お前が可哀想とはねぇ…何?どんな?」

 まぁ、観たけどな。超絶趣味の悪い映像だったよ。

「…なんと、言うか…。
 可愛かったんれすけど可哀想」
「…お前ら本っ当、日本語勉強しろよ」
「………思い出しただけで吐きそ…」
「あーあーやめろよ?わかってるよな、これ俺の私用車な?」
「…あの子…売られたの?」
「詳しくは聞いてない。取り敢えずお前がそう思った根拠は?」
「……見なかったんですか?拷問の…」
「……拷問?」
「外国人にその…殴られたり縛られたり…あと、あの…」
「あー、なるほどな…。
 面倒なのにぶち当てられたな…しかし揺するネタには」
「可哀想だって、」
「………だからっ、可哀想ってなんなんだよ。可哀想も何もねぇだろ。結局あいつらだってそのネタで引っ張る気なんだし」
「…でも、」
「正義の人が良いならまたあいつんとこ戻りゃいいじゃん。悪いけど俺は同業者なんだわ、不愉快だけど」
「…やっぱり怒っ」
「そーゆー問題じゃねーんだわ。
 いいじゃねぇか。その天使ちゃんは命削ってんだ。そういう生き方、嫌いじゃねーよ?」
「………もういいや」
「あっそ」

 …自分もいつの間にかこんな風に…本音やら、事実やらを喋りすぎるくらいにはまぁ、こいつに惚れたんだろうけど。
 だから平衡感覚がたまに狂いそうになる。結局、切った気でいようがあのアドレナリンジャンキーの腹黒近眼野郎も必要な存在ではあるが、自分の領域を荒らすのもあいつだ。

 俺を試しやがってあの陰険眼鏡が。おかげでウチのメンタルボロ雑巾がこのザマだ。

 多分寝ただろう慧をバックミラーで確認する。こちらに背を向け丸まっていた。

 …しっかりしてくれよ、しっかりするからさ。

 しかし…このボロ雑巾は地味に強かだしズレている。それがこの様子とは…あの陰険マトリ、なんのつもりだか。ドSというかイジメっ子気質だな。

「…お前がそれだとこっちは手ぇ出しにくいんだよ」

 どうせ寝れねーだろと声を掛ければ「うん」と小さな声で返ってきた。

「本当にどうにかしたいなら……」

 いや、やめとこ。
 あとは自分で決めるべきだ。てめぇがいなくなった時、依存は放心へ向かってしまう。

 碌でもないが、碌である集団など見たことがない。

「……ユダヤの話、お前読んでたろ。思い出せよ。ここが共産国家じゃねーから病むんだよ。でも、俺はここが好きだから関係ないってだけで」

 シマで言うならここも農耕民族でありある意味共産主義な面はある。
 結局、一定故に楽をし何かを奪い争う思想に走りがちだから、共産国家は潰れてきた歴史がある。

 多摩があの“天使ちゃん”の身元を多方、調べた。
 天使ちゃんこと青木あおき透花とうか、現在23歳で渡航歴、母国名が一切無く和名のみ。
 8歳の頃、行政管理の養護施設に引き取られ管理者の青木あおき忠恭ただゆき(当時30歳)と特別養子縁組を結び永住権を獲得。そのすぐ後に施設の解体。
 現在、忠恭は無期懲役裁判中…までしか追えていないが…。

 少しさらっただけでも、かなりキナ臭い。

 青木透花の年齢が本物だとすれば養父の嫌疑は15年晴れず…判決はとっくに出ているものだ。
 15年丸々牢に入っている…とすれば刑期は半分まできている、家族が無駄に釈放申請でも出した可能性がある時期だが…。
 この養父、本当に生きているのだろうか?

 慧が言う「売られた」は、こうして現状を邪推すればその通りだろう。情報は確かに少ないが、その情報だけならわかりやすく露骨なカモでしかない。

 助手席にぶん投げた平良の手帳を眺める。
 確かに?だからこそ窃盗は得意分野に入るけど?

 人の物を、特別欲しいと思ったことがない。しかしたまたま滑り込んで来てしまうのは財源の問題だ。

 全くどこまで嫌味なやつなんだ。いっそ組対にタレ込んでも良いが、こちらに“依頼”してきた本人は平良のようなタイプじゃないと読んでいる。

 手元に来たからには見極めよう。まずは面構えから。

 慧が完全に寝た…ということにしてやるとして、そんな頃に着いたのはやはり行政管理の“団地”だ。

 こんな所からすら吸い上げようなど、どうしようもなく落ちたな。確かに、そんなのの息の根を止めるには、俺くらいが丁度いいのかもしれない。

 路駐すると、偵察に回していた高田がさっとどこかから現れ「会長、」と声を潜めた。

「202、暗いですがちょいちょい気配はありました。案外響いて…どこまで掴んでます?」
「…俺たちのことはまず置いといたとして、花咲の柏村ってやつのシノギの話で…」
「またっすか!?あいつら五分打ちしましたよね!?なんだってアヤ付けてきてんすか、今すぐ俺、カチコミますよ!」

 タバコに火をつけ睨めば、高田は「あっ、」とバツ悪く黙る。

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