無色透明色彩


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・マイナートランキライザー…睡眠薬、抗不安薬
・メジャートランキライザー…強力精神安定剤…定型と非定型…定型は従来使われているもの、非定型はそれに対し副作用を軽減するもの

 バタバタと、玄関から慌ただしい音がする。

「やめなさい、安慈は今勉強」
「安慈!いるか!」

 祖母と父親の怒号が聞こえてきた。

 部屋を出て階段から下を眺めれば案の定、父親は押し入る勢い、祖母は階段の前に立ち父親を阻止している様子。

 目が合った瞬間、父親は震える声で「トモエ…母さんが運ばれた、」と縋るように告げた。

「は…?」

 流石に祖母も驚いたようだが。

 どこかでこうなるとわかっていた。
 それは今更で、だからどう変わるのかと、冷めていたのも事実だった。

 祖母の隙を付き父親は自分の元まで駆け上がり腕を掴んでくる。
 特に、表情も変わらなかった自覚がある。ただ目が合っただけの状態。
 はっとした父親の掴む力と気持ちが弱まったのがわかった。
 また振り絞り縋るように「安慈ぁ、」と呼ばれたけれど。

「…あんたらは親子でしょ」

 あの時の気持ちが動揺だったのか皮肉だったのかは、忘れてしまった。多分、どちらでも変わりがない。

 「母さんが、安慈には良い教育をって言うから」と祖母の意見だけを曲がりなく通したのは父親だったし、自分だってわかっていなかった。

 過剰摂取しただの家出しただの、何度も何度も繰り返えされれば耐性も付き当たり前になってしまうもの…薬効と変わらない。

 母親は今は穏やかに過ごしているだろうと思っている…それから祖母は言うようになったらしい、“便りがないのは元気な証拠”と…。


「───で、そちらはどうでしたか?」

 肘でつつかれはっとした。ここは、屋上だ。
 橋田製薬のMR担当鈴木すずきこと平良、株式会社ひまわり会のMS担当新人、長谷川はせがわ…波瀬、今件対象である新人研修担当の真宮まみや省吾しょうご30歳がいる。

「新規参入は難しいんですかねぇ?ここ…」

 この会社が橋田製薬の製品を取り扱うようになったのは、つい最近。
 ここは…透花の事件で“[#ruby=花咲組_#]”の枝である柏村かしわむら隆太郎りゅうたろうが持っていたモグリの“花村はなむら病院”との繋がりが浮上した会社だ。

 花村病院を捜索した結果、薬品の在庫、種類、その他勿論“謎の医薬品”が押収されている。
 捜査対象となったその医薬品の成分には、使用の際に注意喚起が出されている物が多く使われ、案の定組み合わせに問題があった。

 花村病院は節税対策だろう、枝株としてメディカル・サービス法人を開業していた、それがこの“ひまわり会”だ。

「まぁ、この病院は長いこと院内処方の病院ですからね…厚労省が医薬分業を推進してもなかなか…というのは他でも多々聞いてます」
「御社についてですが、長いこと…安定している…創業20年以上だとか…」
「世代交代し、今の時代に乗りたいと思っていますが、慎重な一面も残っているのが現状です」
「ここはラボもあるし製薬研究もしてますし、医薬分業となれば敷地内に薬局を作るくらいですしね…。ひまわりさんが初ですよ、ここまで大きな病院は」
「優秀な脳外科内科とあるようでしたので…企業の腰が軽くなった今こそ、より良い医療の橋渡しが出来たらと思い声を掛けさせて頂きましたが…」

 平良と目を合わせる。
 “鈴木”は間宮に手を伸ばしたが、間宮が“長谷川”に目配せをしたので「まぁ、こんな感じで…」とそちらの紙袋を受け取った。

 ふむふむと、鈴木は長谷川から受け取った製品一覧を眺め、安慈もそれを横から覗く。

 無難で特に問題がない…。院内処方だとしても嫌味がないラインナップではある…。
 新薬の記載がないのは、今の時点でも確認が取れた。

「古臭く無難と捉えられているのか医師が納得出来ない価格なのか…どのような営業を掛けていますか?」

 …かなり直球だ…この人、攻め込むよなぁ…。

「…俺、入社間もなくて…間宮さんにフォローをされながらなんですが、間宮さんが上手くて…新薬の」

 お、やるな波瀬、と関心した瞬間「いやまぁ君はこれからだよ」と間宮に遮られる。

「…新薬?」
「あ、ジェネリックの方で…」
「…この中だとデパスですかね?他社は在庫切れも多発してるしセールスポイントなんですけどねぇ」

 さらっと話を逸らしてやれば「そうなんですよねぇ…なかなか…」と間宮の歯切れが悪くなる。

「ここの医者はなんとなく…ジェネリックの概念が嫌いなのかなぁ…。長い目で見れるようになった、と考えて頂ければと僕は思うんですけどね…」
「ここの医師や薬剤師との値段交渉はどのように?」
「あー…言いにくいですが高いかもしれません。
 でも、まさしく言う通りでこちらの医者は安定していればと考えているようですが…橋田さんは新規参入だとしても長年のブランドですから…その分性能は良い、というのは理解してくれてるんですけど、なかなか…」
「我々の説明不足もあるかもしれませんね…。
 間宮さんは、アルバータがカナダにある州だというのはご存知ですか?」
「ん?」
「あそこは医療最先端の国なので…安い代替え品という概念を嫌がるのはわからなくないですよ。ここは外国人医師兼研究者も多くいますし」
「あー、なるほど…」
「はーい。
 素人の考えですが…ならば却って目新しい、けれど安定した会社が出した代替え品なんて食いつきそうかなとか…叩きすぎて不審なんですかね?」

 長谷川が投げた爆弾を「え?」と拾えば「いや、正規の2%くらいで…」と、慌てた間宮は長谷川を睨む。

 2%叩いているが高いジェネリック、か。

 「まぁ…」と鈴木が一度話を流す。

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