無色透明色彩


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 普段とは違う、気の強そうな目で見下ろす彼は「お礼をせねばと思ってね」と言いながら、更に下へ目をやる。

「……一つ言いたくて二つ聞いていいかな」

 ソファーベッドを横目で確認…やっぱそうだよなぁ…。
 “夜襲”の二文字が安慈の頭を過ぎる。
 冷めた蒼い目のそいつは「なんなりと」と無邪気に笑った。

「……夕飯が重かったもんで腹に体重を掛けられると物凄く今キツイ…」
「………」

 まるで面食らったような…目を少し開いた彼は「ふっふっふ」と、あぁその振動もキツイ…「そうだった失礼した」と手は退かしてくれた。
 ……圧死と嘔吐回避。なんか前もあった気がする、圧死。

「で」
「…君はもしかして“ユリシス”かな?」
「そうだね。えっと…初めてじゃないかもしれないけど、ジャパニーズ挨拶、はじめまして」
「…こんばんはぁ…礼ってなんすかね…?」

 何かトラウマスイッチを押してしまったのか…と危惧したが「あぁ、透花が非常に幸福だったようだから」と作り笑顔。

「…ん?」
「今日のこと。時計まであげるなんて」
「まぁあげたけど……取り敢えずトラウマではない…のね?」
「私も初めてだけど…二人を見ていてどうしてもと思った。これから先きっと貴方に身を委ねるのだろうなと」
「なんっか噛み合わないけど噛み合っててモヤモヤす」

 …スリスリと足で煽られているのはわかっていたが、ついにグッと手を捕えられ胸に触れさせられ…ふぅ、と相手が吐く息の熱さや脈拍を感じる程に近い距離…だから腹、キツいんだってば…。

「……やっぱそういう感じっすかー…」
「気になるなら目を瞑っていてくれても」
「それは礼節としてどうなんでしょうかね…かなり強引じゃねーかなーと…」
「…初めて?」
「いやー、初めてではないからこそ聞いてるんだよねー…」
「………男の身体が初めて?」
「あ、性自認は芽生えてるんだね」
「怖い?」
「怖い怖いめっちゃ怖い。すっ飛んでたけど君はユリシスなわけでして、透花ではないから君にも…なんなら透花にも礼をされることをした覚えはないわけで…あと、それは透花の意思?」
「…私を誰だと思ってる?透花であり透花では全くなく」
「だよね、そうだよねっ。
 …デパス飲んだ?勝手に」
「そんなもの」
「だよね、しゃっくりしてたし渡してないし。そのへんの理性はあるのにどーしちゃったのかな君は」
「………」

 すっとまた離れ…いや股関節が痛い、普通に…軽いには軽いけど…。

「…あの時計を見て、私はもう要らなくなるんだと…だったら最後、願いを」
「そうだそれ、その時計ってのは」

 ユリシスは面食らった…というより「はぁ?あんた、童貞?」と首を傾げ…これはループするやつだ、「違うって言ったし会話を思い…出せるかねぇ?」と進言するしかない。

「いやわかってるけど、時計ってプロポーズでしょ、日本では」
「………そうだっけ。いやじゃあ、わからないから海外方式で…」
「まさかと思うけど透花を弄んだ?」

 顔を顰められたのであ、これは危険だと「それも違ういやお洒落だったからって…えー…意味ググっても」と言えばバン、と腹を叩かれ「山ノ井はそう言ってたけどっ!」あああ激情された…が。

「あれこそ弄んだじゃん…あと腹マジでやめ」
「楽だと思ったけど、貴方が下でも」
「違う違うそっちはない…いや体位によるか…。
 じゃなくてさ、あっぶねぇ流されるとこだっ…は?君は発…間違えた欲情中なんかね?」
「そりゃぁ、じゃなきゃ夜這いなんて」
「あー、悪いけど透花の顔でなんか聞きたくねぇんだわさっきから…でも、まぁ…」

 やり返したるか、とグッと顔を掴み「君は透花じゃないわけでっ、」とペースをこちらに引き込もう作戦に出ることにした。

「感謝なら透花から聞きたいけど、そもそも俺は感謝されるような人間じゃない。後悔が残るからこれは一応今のところ同意しないけど…」

 考える。
 またガっと…今度は顔を引っ張り「君だってそうじゃないの?」と聞いてやる。

「いや別に?」
「えっ、そうなの」
「別にあんたが嫌ならやめる…それは、透花が知って後悔するなら。でも、そうじゃないからこのモヤモヤを先に解決しちゃえばいいかなって」
「……ポジティブぅ…なのか?それって君は」
「これなら大抵のオスは喜」

 バッと離し、寧ろ少し押しやって「あー少しわかった、そこは俺も同意見・・ね」と答えておく。

「意味がないなら礼節を欠いたものだから嫌だ。礼をされる謂れがないとも答えたから聞くね。俺に抱かれたいわけ?」
「……鈍感だからモヤモヤするんだろうな、透花は」
「君。ユリシス、君だ。他責任にすんな。
 別に抱いても抱かれ…たことはないけど、まぁいいよ?どっちでも別に。
 でも君がそれ以上を俺に求めるなら悪いね、俺、愛と性は別々なんだ。多分、君と同じで」
「…ふん…なるほど」

 考えているユリシスを前にし、思い出す。父親と母親のことを。多分それのせいでこういう思考回路になっているんだと自認はしている。

「…嫌いじゃないけど、対処療法とするなら嫌だね。
 そうやって甘やかしてドロドロにして毎日対処療法を繰り返すなんて…これからをより良く生きようと考えてない。
 今という瞬間以外にないと誰かは言ったらしい。未来も過去も。だからこそ目先を目眩だと感じることは嫌いなんだ。…悪いけど、俺の話ね。
 透花のことは好きだけど、愛とか性とかまずわからないし、例えばこれからそうなったとしても、そんなにハンパな覚悟じゃない、今のところ」
「…なるほどね」

 ふっとユリシスは寂しそうな…ただ優しい笑顔で頬に手を伸ばし「悪かったよ」と言ってきた。

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