無色透明色彩


5


「病み上がりなんだ。今日は早く帰らせたい。
 透花、嫌なら払っていいから」
「いや、あんたのそーゆーんじゃないってんで。
 でも大丈夫っす。俺超絶ドSなんでこう、受け入れちゃう子はタイプじゃな」
「それよりはい、処方箋」

 透花はやっと、というように波瀬の手から顔を背け、マナブを見た。
 マナブは「ど、ど…した、の?見る?」と透花に…邪気もなくニコニコで言うのに少し、大人気なかったかなと反省する心境を見計らったのか、波瀬が「ごめん」と素直に謝ってきた。

「……心配も行き過ぎるといけないって学んだんだけどな。
 あ、でもこれ…一個聞いていいっすか?」
「…はいどうぞ、わかる範囲で答えるよ」
「この子もしかして、手帳モンのやつある?一番は振戦…痙攣が起こったりするような」

 …なるほど?

「どうして?」
「歴は一見、マイナートランキライザーで揃えてるけど…ってあれ、デパスってマイナーじゃなくなりましたっけ?」
「いや、マイナーにしてるよ」

 どうやらただふざけたやつ、という訳でもないらしい。
 お手並みは見た。MRの潜入、ありかも。

 「色白だし日光とか、発汗やらの」と言う中、「この先生変わってて」と普通に受け答えをすることにした。

「…君、確かに薬剤免許ありそうだね。ひとつ言うならアンフェタ…メタンフェタミンでやらかしてるから、下手に処方をしないんだろうと思う」
「なーるほど。アレルは?」
「今のところないけど…。二回やられてもこの通りではある。つまり経過観察中といったところで」
「…この医者、多分良い医者だね。デパスのみで常備だなんてと、疑問だった。お節介だったみたいだね。
 ほら、なんか言うじゃん?薬減らすのが美学的なさ。そんなの長年モンなら無理だっつーのに。俺、減薬プライド派嫌いなんだよね。
 …胃薬も強めなんだね、もし腎疾患なければ乳酸菌を」
「…片方、ない」
「なるほど。あんたわかってそうだから安心かな。
 透花ちゃん?」
「……あ、はい…」
「あ、声可愛い。
 胃薬強いの出てるから…優秀な医者っぽいし大丈夫…って凭れ掛かるより、まず。
 きっと脳の方に意識が傾いてると思うから注意点ね。消化器に異変があったらちゃんと伝えてあげてね。
 あと、意外と見落としがちなのは歯とか…口内炎や歯茎とかも。ここの痛みは脳に来ることがある。こっちの薬には鎮静作用があるから痛みに鈍感になっちゃうのね?だから自分でよく気に掛けてみて。一番わかりやすい症状は蟀谷あたりの痛みかな。
 炎症とかになると相性が悪い薬の方が多くなるから要注意」

 …なるほど。

「……凄いな君」

 MRよりMS向きじゃない?

「落ちましたけどね、マトリ。ただ、使用者のことは把握しないとね」
「…痒いところに手が届く感覚だ。助言ありがとう」
「いーえ、別に…」

 くるっと背を向け棚から薬を取り出し、ふと奥の部屋へ引っ込んだ。

 なるほどねと平良を見れば、あちらも特に感情もなくこちらを見ていた。

「……優秀かも」
「経験は豊富なんだよ、あいつ。闇薬剤師やってたくらいだし」

 なるほど。
 暑いんだか冷たいんだか。態度や口調ではわからないものだ、人間。 

 波瀬は薬袋と…ひとつアクセサリーを持ってきた。
 …エチゾラムの構造式っ!
 なるほど、奥は作業室なのか。

「…星座?」

 透花はネックレスを眺め波瀬にそう聞いた。確かに見えなくはないかも…。

「んーん。それはこの薬の…化学的…星座?」
「?」
「…構造式って言うんだけど、なるほど星座か…わかるかも」
「ぅウサギちゃん」

 マナブがそう言うと「確かに」と平良がほんのりと笑った。

「見えなくないなぁ…ウサギ。
 そーいえば江崎が昔MDMAをイモムシだって言ってたの、思い出したわ…」
「…全員もしかして似た者同士?
 ちなみに俺が着けてるこれ、メチルフェニデート…リタリンっていうんだけど、これおっぱいみた」

 睨んだ。
 黙った。
 マナブが無邪気に「おっぱい?」と言う。子供が言うと和むような和まないような…。

「化学はロマンだよロマン。性と一緒」
「…うわっ、ゾワッとした…ニッチなようで変態というか確かにサイコパスだわ…」
「そっちのクソ眼鏡よりマシな気がしてるんすけど」
「さっきからずっと思ってたけどお前らクソ眼鏡って呼ぶな、つーか波瀬、お前と一緒でコンタクトだろーが!」
「め、メガネ、くんはあ…」
「マナブはいいんだよ」
「…よくわかんねー…」

 …義理とはいえ父親に「クソ」というのは確かに、子供に良くなかったかもと気付き「あ、ごめんねマナブくん」と謝った。

「…?はい」

 まだわからないかもしれないからこそ。

 用事は済んだし、波瀬にも「取り敢えずありがとう、これからよくわからないけどなんかよろしく」と挨拶をし、去ることにする。

「あ!あと透花ちゃん!水分はこまめに取ってね!寝起き貧血は甘い炭酸!一番は鉄分!」
「あ、君はそのカラコンと髪の色変えてね」
「えっ」
「詳しくは平良さんから。
 では帰ります」

 透花と二人、店を出た。

「…つ、疲れたな全く…」

 つい口から出た。ここは宇宙人しかいない…。
 というかこれから平良とやってくのとかしんど…。

「…マナブくんが、」

 ふと、透花が言う。

「可愛かった…」
「…そうだな」
「ママの影響でバンドが好きだって…少し弾けるそうです、エレキギター」
「…下北沢というか波瀬くんのところには…俺は出入りしそうだから…。
 慧くんも確か下北沢中心で活動してたと思ったな。少し元気になったら観に行こうか」
「……え?」
「透花はまだ、そうだなぁ、照明しかり音しかり、もしかすると脳に影響があるかもしれないから、オリバー先生に聞いてからだけど…」

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