無色透明色彩


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 もぞっと動く気配がし、目を覚ます。
 ふっと、気まずそうな顔をした透花が「あ、すみません、おはようございます……」と、枕元にケータイを置いた。

「…おはよう…」
「起こしちゃいましたね…」

 …あぁ、多分少し前とかにアラームで起きたが、安慈が寝ていたのでどうしようかと考えあぐねていたのだろう…。

 「朝ごはん作りますね…」と気まずそうにリビングに向かう透花を見、最近増えたな…とぼんやり思う。

 先週くらいからだと思う。
 最初の日も、朝起きたら透花が側で寝ていて互いに驚いたものだ。
 安慈の解釈としては「夜中にトイレか何かで起き、寝ぼけたままこちらで寝てしまったのだろう」と。勿論その現象だけでも頭に入れ、次の診察で言わねばならないと思っていた。

 だが、どうやら原因は“酩酊”や“中途覚醒”などではなく、もう少し深刻だった。

 それから一日開けた夜中、「ねぇ」と、身体を揺すられハッキリと起こされた。

「あ、起きた。あのさぁ聞きたいんだけどあの薬なんか合わない気がするんだよね」

 ユリシス人格だと判明。
 それからユリシスは当たり前にベッドに入って来て「本当に日記読んでるの?」と言ってきた。

「……もしかして一昨日夜這いしに来た?全く俺にも透花にも記憶がなくて…」
「んー?気になる?」
「まぁお前には前科があるからな…」
「いや起こそうとはした。でもあんたノンレムってたから諦めてそのまま寝た」
「いや部屋行けばいいじゃん…いままでお前、そうしてきてたんじゃないの?」

 たまに透花は“自室”から起きてくることがある。多分、ユリシスがそうしているのだろうと透花は言っていた。最初は勉強疲れで机に突っ伏して寝てしまっているのだと思ったそうだが、必ずユリシスの日記が更新されている点から、そうか、と納得していたようだ。

 後から安慈が日記を見れば確かに、文の雰囲気が違うし、何よりユリシスと透花は日記の最後に互いの名前を書いている。

「んー、そうだけど…ダメ?」
「…別にいいけど狭くない?」
「それが良いというか…。
 あの部屋で寝るのなんかね…透花は透花でソファで寝てるじゃん?」
「…つまり落ち着かないと…」
「そう。
 私としてはジャパン父と祖父がいる部屋ってのが後ろめたいんだよね」
「後ろめたい?なんで?」
「………なんとなく。変な感じ。
 じいさんに至っては一応会ったことないし、私は」
「……忠恭さんには会ったことあるの?」
「…………」

 原因がわかれば別にいいか…と、特に深掘りもせず、それから1日〜2日置きくらいの頻度でこうしてユリシスと共に寝るようになった。
 朝起きれば透花に変わっているから、少し混乱するようだが、それも慣れてきたところだ。

 ユリシスに言われた後、日記をちゃんと確認した。

───────────
9月5日。深夜2時47分
───────────
昔の夢を見て起きた。冷や汗で寒かっただろうと思う。
夢は記憶の集合体らしいのだが、その夢は自分の記憶にはない夢で、私が川から流れてくる夢だ。ダンボールに入っていたらしいが、考えてみた。そもそも人間はダンボールに入れないと思う。
浮力に負けない程の大河だとは思えないほどの僅かな水の音で、その夢の理由がわかった。恐らくやすちかがトイレだかなんだかで起きて水を出したのだと思う。
私は怖くなり、箱を開けた。教会にいた。出てきたシスターには見覚えがあり懐かしさがあった気がするが、結局、悪夢だと認識して起きた。
そんな中でやすちかの部屋を覗いてみると、当人が静かに寝ていたから、寝具に潜り込んだ。きっと、起きた時に驚いただろうから経緯を書いておく。
これを見たら是非とも、思ったことを書いておいて欲しい。


ユリシス.

 嘘は言っていないようだし、なるほど、と理解はした。

 その日以降も透花とユリシスは日記を更新しているから、2回目の侵入以降、透花も慌てなくなった。

 …昨夜は何を話したっけな…。

 ぼんやりと思い返しながら、透花がキッチンで朝飯を作る音がする。

 いつでもユリシスは、例えば忠恭の件のように、核心に近付いた質問に答えない。
 しかし日記を覗けば、ポンっと、文脈を無視し唐突に答えが書いてあったりする。ユリシスは忠恭に会ったことがある。
 だが、透花は安慈が日記を見ていることについて、知らない。
 だからだろうか、まるで安慈と透花を煽るかのような文言が存在していたりもする。

 そろそろ透花も気付いているかもしれない…。一昨日あたりなんて確か、透花に対し「やすちかに言えない気持ちはここに書き出せばいいのに。私は知っているよ」的なことを書いていた。ユリシスは安慈にも「透花と色々話せばいいのに」と言ってきた。

 ……確かに、まだまだ遠慮している面はあると思う。けれどわりと話してくれるようにはなった…と思っているが…。

 考えているうちに「アンジさん、朝ご飯出来ましたよ」と再び起こされ「ありがとう」と起き、一緒に朝食を取る。

「……今朝もすみません、ユリシスが…」
「いやー、まぁ、慣れてきたかなぁ…。透花がわかっているなら良いと思」
「アンジさん、」

 どうにも最近こうして…透花は浮かない顔をしている。

「……ユリシスとはいつも、どんな話をするんですか?」
「ん?あ、あぁ。
 他愛…あるけど、なんというか見た夢の話とか、俺の話とか…多分、なんだろうな、あまり人と接していないからかな?育った家庭だとか俺の知り合いの話とか…人に興味を持ち始めたのかなぁという印象…」
「…そうなんですか」
「……何か、気になることとか、ある?」

 明確に、納得していない表情だ。

「浮かない顔してるから」
「…そうですね。
 一応“自分”ではあるので…例えばアンジさんに嫌なこととか」

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