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 カンカンカンと、杣人が作業を始める音が起きる合図。

 露と二人で起き籠を背負って外に出ると、杣人の柳澤やなさわが「こっちこっち!行ける行ける!」と、殆ど完成した桟手さでの側で上に声掛けをしている。
 ふとこちらに気付いたようで、「あ、タケさん、ども!」と挨拶をしながら向かってきた。

「おはようございます、お疲れ様です」
文吉ぶんきちさんどうも!あとでお茶用意しますね!」
「ありがとう露ちゃん、助かるわ〜。
 予定通り今日、運搬までいけたからそっちなら入れるけど、万が一に気をつけてくだせえ」
「はい、毎度すみません」
「いやいやこれも仕事なんでね。お宅には被んねぇように桟手もきっちり組めたはずだから、本当に今日が山場だよ。
 前回の山小屋が役に立ったよ、ありがとねタケさん。時期も経ったし心配していたんだ、正直」
「私がお掃除しといたんだー」
「何から何までありがてぇや。いー嫁さんになるぞ、ちとタケさんには寂しい話だが」
「いやいやまだまだ…と思っていても、あっという間なんでしょうね…」
「そういやお露ちゃんはいくつになったっけ?」
「七つになりますよ。今年は帯解きで…」
「そうかそうか」

 世間話もそこそこに、柳澤は「あ!漁師のおっちゃんが寄ってくれってよ!こっちもあとであやかるな!」と言い残し、現場に戻って行く。

「今日は魚もくれるね」
「そうだね、足元に気を付けて」

 山を見上げて手を合わせ、露と共に入る。
 実の所いまいち作法はわからないのだが、感謝の気持ちを忘れないこと、とは聞いたことがあるので、なんとなくこれが日課になっている。

 「さぁ!」と元気に先へ行く露の後ろから着いて行く…栄はふと、気付いた。

「…露、そろそろ脚絆きゃはんを新調しないとね」

 丈が短い。子供の成長は早いものだ。

 「まだ着れるよー」と振り向きもせず言う露へ「いや、そこは危ないからさ」と窘める。

「どこか破けてる?」
「いや、短い。草鞋履の紐が痛くないか?」
「…気にしてなかった」
「まぁ確かに…」

 草鞋履など使い古した藁を使用するものだし、どうせ足は痛くなるしで自分も気にはしないけど…随分逞しくなったものだと、変に染み染みしてしまうが、「どうせなら草鞋履も新調しよう」と提案してみた。

 あてがなくはない。

「…それって、」

 ふと振り向いた露に「危ないから前を…」と促すが「あの店の男?」と聞いてくる察しの良さに、俯き足元を気にするフリをした。

「…おとう、あの人ならいいよ。自分で縫うし自分で編むから」
「…それはありがたいけど、丁度寄る用事がある」
「三味線?なら余計に」
「気にしすぎだ。それを気にするならまず前を見て。
 どの道今回は伐採で余ったものを引き取ることになっているんだ。どうも、あそこには、」

 露はスイスイと進んで行くが、自分には少しキツくなってきた。昔の土砂崩れで、なだらかになった山なのに。

「…最近、少し有名になってきたと……あそこの、木工細工師が……」

 露は足を止め、さり気なく待ってくれている。
 元来、座って過ごすことが多いせいか自分は体力がない…方だ、多分。

「その人知ってる、ウチの通りでも少し話題になってるみたい。家具屋のおじさんがなんか、言ってたけど…。
 おとう、水を飲みなよ」
「っはあ、情けないな、」

 2人で座り、水筒を出す。

「…歳には勝てないなぁ」
「ふふ、おとうはまだまだだよ。店主なんて50を過ぎても元気だよ?」
「……確かに。そこと比べたら、まだまだ、若造だけど…」

 水を飲めば「まだ残しといて!」と、本当にしっかりした娘になったものだ。

「…20までは、三味線なんてなぁ、座り仕事だし手も商売道具だったから、大したこともしないから体力もないし腰も…なんて、辞めてからじゃあ泣き言かな」
「…辞めてないじゃん」
「いいや。辞めたよ」
「たまに弾いてる」
「……癖だよ、ただの。本当は弾きたくもないけど、そこにあると」
「私には楽しそうに見えるし、かっこいいと思うけどね?」

 …複雑な心境。
 本当にあの三味線は煩わしいと思っているのに、質屋も買取はしてくれない。恐らく露が嫌う“あの男”は、忘れるなというつもりなのだろう。

「……質屋の木工細工師の話。質に売られたとかなんとか、こっちでは聞いてる」
「みたいだな。今じゃ確かに、家具でもなんでも拵えると聞いたよ。最近じゃ番台にも立っていると」
「本当なんだ…」

 …なるほど。噂を確かめたのか。

「…幼い頃からまぁ、聞き及んでいるからね。ずっとあそこにいるんだ」
「そうなの?」
「……まぁ。随分な美男だと聞いたよ?」

 露をふと見ると「あっそ…」と目を逸らし茂みを眺めてしまった。

 確かその木工細工師の少年は、あの男が最早人質のような形で引き取ったと聞いた。
 金に困った挙句に、子供を質草のように置いて行こうとした両親を向かいの茶屋に置いてきたと聞いた時、この人は昔からどんな道徳で生きているのだろうと思ったのを覚えている。

 てっきり、そのまま少年を歌舞伎小屋か若衆茶屋にでも売り飛ばすのだと思っていたが、永遠に引き取り手のない質草として、自分の手元に残したらしい。

 …形は違うが、人間そうそう変われないと複雑な心境になったものだ、当時は。

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