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「あ」
露がふと立ち「おとう、」と茂みを指さしたので先を眺める。
まだ産まれたばかりの猫と親猫がじっくりこちらを見ていた。
そういえば、今日は鳥の声がしない。
栄はふと露の裾を摘み「刺激をしてはいけないよ」と窘める。
「あまり見るのもよくないんだ。猫捕りからも逃げられたなら、そっとして」
「あの猫、きっと困ってるんじゃ……」
「眺めていると、親猫は子供を捨てるか、食べてしまうんだ」
「え?」
猫とは真逆の方を指さし「お邪魔しないよう、あっちへ行こうか」と栄が立ち上がると、親猫はビクッとするが、息を殺し微動だにせずそこにいる。
「子供を産んで気が立っているから」
「…子供を産むと、気が立つの?」
…随分答えにくい問いだが、「そりゃあ」と考える。
「子は守りたいものだ。親猫は子を守りたいんだと思う、それなら気を張るだろう?」
「でも、食べるとか捨てるとか…」
「諸説あるがどうも見つかると…他の子供を守るためかもしれない、弱い猫をそうしてしまうようなんだ」
「私は食べられなくてよかった…のかな?」
露の出生については話しておいてある。露はそもそも聡いし、後からどうというのを考えれば、栄は自然とそうしていた。
「……ほら、山菜を摘んでしまおう。
今回も竹を少し切ってもらっているから、筍も採りたい」
「そうなんだ…!」
「うん。例の店で竹を頼まれるようになったそうでね」
「なるほど…」
「お陰で筍にありつけるわけだ。
露。露は彼を、“食べられた”や“捨てられた”と、思うことが出来るか?」
「…え。
……そうといえばそう、なんだろうけど…それはその人がどう思うか、とか?」
「私もそう思うよ。だから、露がどう思うかで私も…それぞれと変わりはないと思ってる。
同じ穴の狢という言葉はあるかもしれないが、ひとつ言えるのは、私は露を食べよう、捨てようと思っていないよ」
「…確かに、おとうはそうだよね」
「考えることは大切だ。露はちゃんと言葉にしてくれるから…答えにくい話も、ちゃんと答え対等に生きたいと思ってる、それは変わらないことだよ」
「……うん、まぁ、」
少し照れたような、安心したような柔らかい表情に戻った露は「帰りはあの道、通るよね?」と聞いてくる。
「そうだね。
今頃人間が去ったから、親が子を別の茂みへ運んでいるかもしれない。通るくらいなら母猫も、許してくれるかもしれないね」
「…ありがとう、おとう」
「どういたしまして。
さぁ、地盤が少し緩くなっているだろうから、引き続き気を付けて進もう」
「はーい!」
どれ程聡くても、子供は元気な生き物だ。
猫から少しだけ離れた茂みにひとつ、猫捕り器を見つけた。
いつからあるかは不明だが、なるほど。昨晩猫が煩かった理由はこれか。
露が「それはなに?」と聞いて覗き込もうとしたので、ふぅ、と栄はその箱を持つ。重さはない。どうやら引っ掛からなかったようだ。
「猫捕り器だよ。誰かが仕掛けたみたいだね。昨日鳴いていたし。中にマタタビを入れて誘き出すんだよ」
「マタタビ?」
「猫は酔うほどこれが好きなんだ。芝居なんかでもよく表現されている。
この箱は軽いし、掛かっていないようだよ。昨夜の鳴き声はこれが原因かもしれないね。近頃、革張りの依頼も増えたし…」
とは言っても人の山に入ってまでとは…。
最近どうも質の悪い皮も増えたし、悪質な職人が出入りしているのかもしれない。
「帰りに文吉さんに声を掛けておくか…」
「じゃあ、ワラビやシソもお裾分けしようよ」
「そうだね。
あぁ、このマタタビも使えそうならお裾分けしておくか…」
「食べられるの!?」
「いや、薬として使えるらしい。疲れた旅人がまた旅を続けた、という俗説からこの名が付けられたんだよ」
「なるほど…また旅、かぁ…」
それから2人は半刻ほど散策し、再びあの道を通った。
…高く弱々しい声がする。
茂みに、産毛も生えていないような子供がいた…。
カサっと側で音がしてふと見れば、あの親猫が茂みにいる同じような生き物…子猫の首根を咥えてこちらを見て息を潜めている。
目を逸らしてやれば、ササッと去る音がした。
あぁ、この、1匹になったこの子の元にはもう、あの親猫は帰ってこないかもしれない。
「おとう、」
「…目が合ってしまった…この子は親元には行けないかもしれない」
「…さっきのは、食べて…」
「いや、別の茂みに引越し中だったんだろう…」
「どうしよう、私が来ようなんて言わなければ…」
「まだ可能性の段階だけど…」
箱の中を思い出す。
「乳飲み子みたいだけど、このマタタビ、もしかしたら何かに使えるかもしれない」
「え?」
「これは薬屋にでも行かなければ人間は使えない。乳みたいに、栄養があるものと交換出来れば…」
「……連れていくってこと?」
「どうかな?」
「………うん、お母さんがいないと、死んじゃうよね…?」
「恐らく。しかし私も育て方が分からないから、聞いてみるだけ聞いてみようか」
「…うん、」
栄はしゃがんで箱を置き、茂みできーきーと鳴く子猫を持つ…掌に乗る大きさだ。
心配そうに覗く露を見上げ子猫を渡す。
小さな両の手で子猫を包んだ露に「人の匂いも着いてしまったから…」とちゃんと伝えることにした。
「あの母猫はもうこの子を育てない。出来る事をしてやろうな」
「…うん」
「じゃぁ、降りたら薬屋に行ってくるよ」
こくっと頷いた露の頭に手を置き「気を付けて急いで帰ろう」と山を降りた。
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