不定形少年

不定形少年





昨夜夜更かしして、寝不足がたたったのかもしれない。暑い中での練習中に急に気分が悪くなり、財前は重い身体をひきずってどうにかベンチに横になった。

「──大丈夫?どうしたの?」

影が財前の顔を覆う。
億劫に目を開けると、見たくない顔だった。
今の体調も手伝って不機嫌な声で返す。

「どうもないわ」

しかし鳳は気にした様子もなく

「気分が悪いなら無理しない方がいいよ。今、冷たい水もってくるから待ってて」

さっさと行ってしまった。

「はい」

戻ってきた鳳の手にはミネラルウォーター。ほぼ強引に顔に押し付けられた。
日吉がよく言うとおり、『悪気はない』ようだ。

「……」

財前がふたをあけて飲むまで見守る気らしい。無言の圧力にとうとう負けて、身体を起こす。
冷たい水が喉から胸に染み込んでいくのを感じる。

「おおきに。…せやけど、誰にでもこうやってお節介するん?」

「お節介かぁ、日吉にもよく言われるよ」

鳳の口から聞きたくない名前だった。
へへへ、と屈託なく笑っている。たぶん、嫌味や皮肉が通用しない相手だ。

「でも、誰かが困ってる時に助けるのは普通のことだよ。もちろん、できる範囲でだけどね」

「ふーん」

「どうかな?少しは楽になった?」

「おかげさんで」

鳳はその場にたったまま財前を見下ろしていた。なんやこいつ、と思いかけた時、

「鳳、ここにいたのか。宍戸さんが探してたぞ…、」

テニスコートの脇から現れた日吉は、ベンチにいる財前に気がついて目を向ける。
財前は片手を上げて挨拶をした。

「あ、日吉。彼が具合が悪そうだったからちょっと」

「具合が悪い?昨日遅くまで起きてたからじゃないのか」

「いやー…まぁな」

「いいなぁ、同じ部屋って。そうやって話が通じるもんね」

鳳のつぶやきに、ぎくりとしたのは財前だけではなかった。

「迷惑なんだよ、スマホの光が眩しくて!」

「俺だけやない、切原もやろ!」

とってつけたような会話の気がしなくもないが、とりあえず続けた。

「それじゃあとは日吉にお願いするよ。俺、宍戸さんのところに行かなくちゃ」

「ああ、わかった」

鳳が動くと暑い日差しが財前の顔を照らした。そこで初めて、鳳が日陰を作ってくれていたのだと気づいた。

「…大丈夫なのか?」

「大丈夫ちゃう、もうちょい休んどく。……しかしあいつ、なんであんなええ奴やねん」

本当はだいぶよくなっているが、日吉を引き留めるために大げさに言った。
もらったペットボトルを両手で握る。借りを最も作りたくない相手から作ってしまった。

「なんでっていい奴なんだからしょうがない」

日吉が隣に腰を下ろす。

「あ、水の代金返すの忘れとった」

「ありがたくおごられておけ。あいつは受け取らないぞ」

「借り作りたないんやけど」

「忘れた頃に今度はお前がジュースでもおごればいい」

「ああ…、ほなそうするわ」

なるほど、と財前は頷く。

「さすがにようわかっとるんやな」

「なんだかんだつき合い長いからな。お人好しでお節介で…」

「そういうところが好き?」

いつか財前のことも、あいつはああだから…などという時がくるだろうか?
そんなことを思いながら訊ねる。

「いや、嫌いだ。いい人すぎてイライラする」

「そこ一番褒めるところちゃうん」

「別に一番じゃないだろ。まぁ、嫌いだが好きでもある」

「さらっと言うた。結局のろけかい、マジに聞いた俺がアホやった」

嫌いなところすら好きと言っているようで、ずきんと胸が痛んだ。

「のろけてなんかいない」

「あかん。のろけられたせいでまた具合悪なってきた」

と、どさくさに紛れて日吉の肩に寄りかかる。

「真面目な話、部屋に戻って休んだ方がいいんじゃないか」

「歩かれへん」

「なら四天宝寺の先輩呼んできてやろうか?たとえば石田さんとか」

「よりによってなんで師範やねん」

「担いでもらえそうだと思って」

財前でも軽くあしらえない人を名指しするあたり、確信犯に違いない。

「想像するだけで恐ろしい。しゃあない、もうええわ」

立ち上がると、日吉も立ち上がった。だが宿舎に向かう財前に背を向ける。

「一緒に来てくれへんの?」

「俺は練習がある。お前はおとなしく寝てろ」

「戻る途中でもし倒れたら?」

「見つけたらお姫様抱っこで連れて帰ってやる。嫌なら倒れる前に行けよ」

日吉はそのまま振り向かなかった。
せっかくのチャンスを利用してやろうという財前の目論見は外れた。
鳳だけでなく日吉もたいがいお人好しだ。今もそっけないふりをして、多少は心配してくれていたのだろう。めずらしい冗談まで言って。

「…しくじったわ。もっと重症なふりして介抱してもらうんやった」

一人残された財前はつぶやいた。



2025.6.21


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