君に溺れてみせようか


君に溺れてみせようか





ふと浮かんだメロディーを鼻歌で曲にしてみたら、いい感じに仕上がり、財前は上機嫌だった。日吉に聴かせたくてイヤホンの片側を渡す。
しばらく聞き入っていた日吉が視線を向けてきた。

「いいんじゃないか?俺も気に入った。なんていうタイトルなんだ?」

言われてはたと気づく。タイトルはいつも一番最後の工程として残しておく。完成前に誰かに聴かせることなどないのでまだ考えていなかった。

「まだ決めてへん。なんかいいイメージある?」

「──え?」

「え?」

日吉が驚いて目を見開く。心底驚く、という表現がぴったりな驚きぶりだったので、財前も驚いておうむ返しになってしまった。

「もしかして財前が作ったのか?この曲を?」

「そない驚かれるとこっちがびびるわ」

「いや驚くだろ…いちから自分で曲を生み出すなんてアーティストみたいじゃないか。テニス以外にもこんな才能があったのか」

「大げさや。アプリ使えば誰でもできるやろ」

滅多に他人を褒めない日吉に褒められると本気度が増して嬉しいが、あまり持ち上げられるとくすぐったい。

「そうなのか?だが俺からすればすごいとしか言いようがない」

褒められたのはもちろん嬉しい。それ以上に、日吉は同年代にしてはアナログで、財前にとっては当たり前のことに純粋に感動する姿が可愛かった。

衝動のまま、日吉が身構えるより先にキスをした。

「それ、デモなんやけど、気に入ってくれたんやったらもらっといて」

不自然にならず言えただろうか?財前は思う。
実は歌詞もつけている。日吉に渡すか迷っている、少しカッコつけすぎな気がして。

押し倒してさらにキスをする。視界の悪そうな前髪を掻き上げた。

「…こういうのがなければ尊敬なんだが。もらわなくてもSNSにアップするだろ」

呆れたようにつぶやく日吉だが、手を拒むことはない。

「いや、デモはアップせえへん。家帰って編曲してからや」

「……よくわからないが、このままじゃだめなんだな」

「で、完全版はまた聴いてもらうとして…ここで出来た記念にお前に受け取ってほしい」

「そんな大事そうなものもらえない」

「大事は大事やけど、データのコピーはいくらでもできるから、この世に1個だけの物体とはちゃうんやで」

ただしデモを公開するつもりはないので、原曲を知っているのはこの世に日吉と財前の二人だけになる。

「…そのくらいわかってる。俺がちょっとばかり疎いからってばかにするな」

日吉がむっとして言うので、財前は笑ってキスを繰り返す。日吉のTシャツをたくし上げ、さらに深く口づけた。





「せや、携帯の番号おしえて」

財前は服を整えながらさも今思いついたかのようなふりをして言ったが、合宿が終わる前に聞かなければとずっと考えていたことだ。

「…必要ないだろ」

日吉はジャージを直しながら答える。
予測していた答えなのでがっかりはしない。

「必要やから聞いてるんやけど。ほなこれ」

財前はブログネタ帳を取り出し、自分の番号を書いた切れ端を渡す。

「SNSしとらんのやろ?アナログな日吉に合わせてみた」

「いちいちアナログと言うな」

「なくさんといてや」

デジタルと違ってネット上に残らないこれはこれでいいかもしれない。

「…かけないぞ」

「ええよ。日吉が連絡先知っててくれるってだけで」

「もし俺が捨てたら?」

「泣いたる」

たぶん日吉は捨てないし、ネットに晒すこともない…思いつかない。だからこそ安心して渡すのだ。

「泣いたらどうにかなるのか?」

「日吉に罪悪感を抱かせる。てかやば、今の謙也さんっぽくね…?」

「いつも一緒だと似てくるんじゃないのか?」

めずらしく日吉が声を出して笑った。

「なんでやねん。…笑てる顔見れたからまぁええか」

つられるようについ抱きしめてしまった。

「やめろよ。二人が戻ってくるだろ」

「わかってるわ、そんなん」

でも止められなかった。
もう少しだけ、この時間が続いてくれたらと願わずにいられなかった。



2025.7.20


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