芽吹いては滅びゆく
前回の続き
少々えろ表現あり
日吉との関係は特に変わらなかった。変わったことといえば、青学と立海の練習時間になると彼らとともに部屋を出て行ってしまう。またちょっかいをだされてはたまらないとばかりに、二人きりになるのを避けているのだろう。
今日もまた、騒がしい切原を先頭に三人が出ていく。財前一人残った部屋の中で、好きなアーティストの新曲でものんびり聴こうとヘッドフォンをつけたが、思いのほか気分が乗らなくてすぐにやめた。
ならばとパソコンを立ち上げる。こういう晴れ晴れとしない気持ちの時にしか創れない曲もあるのだ。
「……」
しかしどうしても集中力が続かない。
星座をモチーフにした創りかけの曲を開いて、そういえば資料が見たかったんだと思い出した。
他にしたいことがあるわけでもなく、暇つぶしをかねて図書館へと足を向けた。
もっと閑散としているかと思ったが、ある程度の人で椅子は埋まっていた。中学生も高校生も、宿題あるいは受験に向けて。テニス以外も手を抜かないのがここに集められた連中だろう。
案内図を見ながら天体系統の本棚を探して歩く。
ふ、と響いた声に意識を奪われる。
「日吉。図書館に行くなら俺を呼んでくれればいいのに」
「たまたま来ただけだ」
「またそんなこと言う」
財前は足を止め、本棚の本を探すフリでさりげなく声の方向に視線をやる。
日吉の背中が見える。その正面に立つ男は日吉しか目に入らないらしい。
「……キス、してもいい?」
「だめに決まってるだろ」
「じゃあ抱きしめるだけ。最近全然二人になれなかったんだから、それくらいさせてよ」
「だめだと言ってるだろ、人に見られ……っ」
でかい図体が覆いかぶさるように日吉を抱きしめる。
「…、お前ほんと自分勝手だよな」
「そういう日吉こそ冷たすぎるよ」
言いながらキスをするのが見えた。
「…!いいかげんにしろよ」
声をひそめながら怒る日吉に対して悪びれる様子もなく、腕は回されたまま。日吉の方も本気で嫌がっているわけではなさそうで、一方的に見えても気持ちは通じ合っていると窺える。
財前は二人から目を逸らし、本棚の陰に身を隠した。
「好きだよ。好き…誰にも渡さないよ」
熱を帯びたような声が聴こえる。
「なんだよそれ」
「だって心配なんだ。誰かに奪われるんじゃないかって」
「ないね、ありえない」
「日吉がそう思ってるだけだよ」
彼以外には興味がないという、日吉の本心に思えた。ただ、いまいち伝わっていない気がする。
「ほら。そろそろ行くぞ」
「もう? …わかったよ、あんまり怒らせると口きいてもらえなくなりそうだからね」
二人が去っていくまで、財前はその場を動かずにいた。
目についた星座の本をてきとうに手に取り、図書館を後にした。
一週間後。
いつものように連れ立って出ていこうとする日吉を引き留めた。
「何か用か?」
面と向かっても、嫌な顔をするでもなく気まずそうにするでもなく、本当に何もなかったかのようだ。
「…四天宝寺男優賞モンや」
氷帝にはもっとすごいのがいそうな気がする。
「は?」
「なんも。ちょお話あんねんけど」
「未確認飛行物体の話はもういいぞ」
「あ。自分から言うた」
なかったことにしたいのかと思ったが、日吉にとって普通に口にできるくらい取るに足らないことなのだろうか。
「やっぱりそれか。お前興味ないんだろ、いつまで言ってるんだ」
「——図書館」
その一言でやっと、部屋を出て行こうとする日吉の動きを止めることができた。
「…図書館がどうかしたのか」
ゆっくり振り返った日吉が財前を見つめる。何を言われるかわかっているような表情だった。
「この前、偶然見てもうてん。自分らのこと」
「……ふーん」
「日吉は人に知られたないみたいやったから」
「わかってるなら話は早い。…何が望みだ?」
「せやなぁ……、」
元よりそのつもりだったので、そっくりそのまま言葉を返したいところだ。
「あんまり高額はやめてくれよ。親に疑われる」
まるでゆすりたかりの言われよう。まぁ似たようなものかと否定はしない。
「なんや勘違いしとるけど、金やなく日吉がええねん」
「?!」
日吉は今度こそ目を瞠る。
「そないに驚かんでも、こないだのこと忘れたわけやないんやろ」
「理解できない。なんでわざわざ俺なんだ」
興味が湧いたものに対する好奇心。…だが、執着する理由は財前自身にもよくわからない。あの時の二人を見たせいで、突っつきたいような悪戯心が刺激されたのかもしれない。いずれにしても、こんなふうに衝動に任せて動くのは我ながら珍しい。
日吉の腕を引き寄せて口づけたが、抵抗はしなかった。
「理解してもらわんでええよ。とにかく、言いふらされたないんやったらよろしく」
「ふん…」
それを承諾と受け取り、再び、今度は先程より深く口づける。
「お前は本当にこんなことがしたいのか?」
と、羞恥に紅く染まった顔で睨まれる。
「ああ。…来週からこの時間部屋に居ってや」
少しだけ胸に引っかかった言葉をごまかすように、言った。
性的な欲求がまったくないわけじゃないが、そんなものは後付けだ。
ようやく日吉が財前という存在を意識したのだと感じる。自分も似たようにいつも他人に興味を持てなかったが、目の前に居て無視されるのはなかなかにきついものだと自覚する。
ベッドに押し倒した日吉を見下ろす。人の言うなりになどならない奴が、不満顔でされるがままになっているというのは思いの外おもしろかった。
「いつまでも見てないでさっさとしろ」
羞恥に耐えられなくなって機嫌を損ねる前に、行動を移した方がよさそうだ。
「はいはい」
前髪を掻き上げたのは単に顔をよく見てみたかったからだ。あるかないかで印象が変わるものだと思う。目にかぶる長い前髪はさらさらと、うねりもなくまっすぐで、ひねくれた日吉の性格とはだいぶ違う。
「前髪切らんの?」
「どうでもいいだろ、そんなの」
「まぁそうなんやけど、切ったらモテそうな気がせえへんでもないな…と」
「大きなお世話だ。別にモテなくていい」
「一途なんや?」
耳元に囁くと顔を背けられた。
「こんなことしてて一途もないだろ」
「脅されて仕方なくちゃうん」
「言い訳にしかならない」
「…真面目やな」
彼への想いが見て取れる。きっと罪悪感でいっぱいなのだろう。
煽るつもりが、自分の首を絞めた気がした。
「せやけど、今はこっち見といてや」
顎を掴んで振り向かせると、先程と同じ紅い顔で睨まれた。
「っ……わかったから、早く終わらせろ…」
「ほな、お望みどおり」
長い合宿生活できっと欲求不満なのだ。だからこんな、愛情もなく、性欲すら湧かない相手に執着して憂さ晴らしがしたいんだ。無理やりにでも理由を作ろうとする自分自身を嘲笑う笑みが浮かんだ。
2024.07.11
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