心臓を少し擦り剥いただけ
「たまには弱点攻めてくれてもええよ」
「何言ってんだ?バカなのか?」
「あれ〜そんな口きいてええんかな〜」
匂わせると、日吉がちっと舌打ちした。
「あいつにはちゅーしてやるん?」
「しない」
彼の話題を逸らす勢いで遮られて、財前の中に多少の疑いが残った。
「ふーん……」
「目ぇつぶれよ」
と、日吉が財前の上に跨ってくる。
「えらい古風やな。いつの時代の乙女やねん」
おもしろいので言われたとおり目をつぶる。
「顔が笑ってるぞ。しゃんとしろ」
「笑わんでおれんわ」
体温が近づいてくる。やけくそにぶつけてくるだけだと思ったが、触れた唇は優しかった。
愛情のように繰り返される口づけは嫌々とは思えないほどだった。
「こういう時って何考えてる?」
前々から気になっていた疑問を口にする。態度はともかく、素直に言いなりになる日吉を見てどういうつもりなのだろうといつも考えていた。
「いかに早く終わらせるかだ」
「あ、そ…」
ごねて長引かせるよりすんなり受け入れる方がいいというわけか。
当然とばかりの返答に頷くしかなかった。
だが裏腹に、柔らかく唇を割って舌が入り込んでくる。顎を取られて深く絡んできた。
「……」
舌先を軽く吸われて音が響いた。
まるで愛おしむような甘い仕種に酔わされて、勘違いしそうになる。知ってか知らずか、弱点をしっかりと突かれてしまったらしい。
自然と伸びた腕で抱きしめようとしたが、日吉に胸を押されて制される。
「なんだよ。やれっていったのお前だろ、じっとしてろ」
「ああ……」
なんだかぼんやりとしてしまう。
不慣れな童貞だろうと侮っていた相手にここまでされるとは。
さらにもうひとつ、困ったことがある。
日吉が軽い口づけを繰り返しながら、だんだん身体を預けるように胸にもたれかかってくる。自分と同程度の重みを支えるのは若干厳しい。止めることもできなくはないのだが、今の空気を壊すのを躊躇った。
結局財前は体勢を崩してしまった。
あえて手をつかず押し倒される格好でベッドに仰向けになる。
はっとした表情の日吉と目が合う。
いつもは身体の大きな彼が相手なので無意識に寄りかかってしまうのだと気づいた。
しかしそこはもやもやする気分にふたをして、下から日吉を抱きしめる。
「ま、たまにはこういうのもええか」
日吉は何も言わなかった。
財前の肩のあたりに頭を埋めたままため息をつく。
「どないしたん」
「別に。少し休みたくなっただけだ」
「…めっちゃ近いんやけど?」
「…まぁな」
多少は気にしたのか半身だけ財前に寄り添う格好で寝転がると、再びため息をつく。
腕枕のようで少しだけ照れくさくなった。
「俺だって疲れる時はあるんだよ」
「……もしかして俺が原因?」
「決まってるだろ」
日吉が練習に対して愚痴をいうはずもなく。精神的な面で疲れさせているのは財前に他ならないだろう。
「どうせなら、ただやりたいだけでいてくれた方が楽なんだが」
「暇つぶしのストレス解消のつもりやったけど、人の心は思いどおりにならんもんやねん。たとえ自分の心であってもな」
「何をわかったようなことを…」
「てか、そもそもやりたいが先やないねんからしゃーないわ。なんやったら女子がええし」
「そうか。今からでも遅くない、女子にしとけ。お前モテるんだろ?」
「なんやいきなり」
「謙也さんが自慢してたぞ、白石さんと財前はすごくモテるんだって。それにブログにもファンがたくさんいるじゃないか」
「謙也さんはスピード優先でわかってへんだけや。自分も十分モテてるちゅーねん。それはともかく、謙也さん、て…。氷帝の忍足さんのことも名前で呼んでたっけ?」
「呼ぶわけないだろ、気持ち悪い」
「ほななんで謙也さんやねん」
「うちの忍足さんと区別するためだ」
「……せやな」
もっともな返答になんとも言えなかった。
こうして気軽に呼んでもらえる謙也の人柄を今だけ羨ましく思う。
「そしたら、俺んことも名前で呼んでもらおかな」
「呼べるかそんなの」
「呼べや」
「嫌だね」
「若」
「なんだよ」
「…動揺なしか」
などと言いつつ、実は財前の方が緊張していたのは秘密だ。
「宍戸さんが後輩を名前で呼ぶのに慣れてるんでね」
「ま、ええか、呼び方なんてなんでも。それより……さっきの続き」
「まだやるのか」
「あ、日吉は疲れたみたいやから俺がするわ」
今度は財前が身体を起こし、覆いかぶさった。
「俺は必要ない、お前が満足すれば済むことだ」
「て、言いながらすぐ落ちるんは誰や」
何度も繰り返されたやり取り。結果も同じ。だがそれこそが財前の望むものだ。
「落ちるってなんだ」
「ん?いつもすぐとろけてえろい顔になるやん。満足させたいんやったらはよ見して」
「…っ!」
日吉は悔しそうだが返す言葉がないようだった。
Tシャツの中に手を滑らせる。指摘されたばかりで反応しないよう我慢しているのだろう、日吉はじっと動かなかった。
「……ファン言うてたけど、ブログのコメント欄見たんや?」
「…ああ」
「こういうことする相手がいる、って書いてもええ?」
先程のお返しとばかりに唇を食むと、小さく震えた。
「俺の名前出すわけじゃないなら勝手にしろ…、いろいろ聞かれて大変なのはお前だ」
「そらまぁさすがに名前は出さんけど」
「というかそんなの書いて…ファンが、ショックで泣き出したら…どうするんだ…」
「知らんがな。てかファンとかいらんねん、ブログ盛り上げて拡散してくれる人だけでええんや」
ファンに目を向けさせたいような言い方に苛ついた。ガチ恋勢みたいなコメントは、逆効果だったかもしれない。
――コンコン。
ドアをノックする音と同時に声が聞こえてきた。
「日吉、いる?」
鳳の声だ。
「なんだ、誰もいねぇのか?あいつのことだからまた自主トレに行ってるんじゃねーのか」
宍戸も一緒にいるらしい。
起き上がろうとする日吉を押さえつけて無理矢理口づける。
「……!」
「そのまましとって」
だが――いともたやすく突き飛ばされてしまった。
「つっ!」
角に背中をぶつけて痛がる財前など眼中になく、日吉はベッドを降りてドアを出ていった。
「……どうしたんですか、二人揃って」
「あ、よかった、いてくれて。どうかしたの?」
「ちょっと居眠りしてたみたいだ」
「お前にしちゃめずらしいな。疲れてるんじゃねぇか?無理すんなよ」
「大丈夫ですよ、ありがとうございます」
「今から集まって打ち合いしようって話になったんだ。日吉も…と思ったんだけど、疲れてるならやめておいた方がいいと思う」
「何言ってんだ、行くに決まってるだろ」
「だよな。無理しねぇように俺が見てるから心配すんな」
三人の声が遠ざかっていく。
「…ひどい奴。俺はどうでもええんかい」
財前は背中に手をやる。痛いのは背中より胸かもしれない。
弱みを握っている自分が好きに操っていると思っていたが、そんなことはなかった。いくらでも力で抵抗できたのにしなかっただけなのだとわかる。日吉にとって何よりも大事なのは鳳で、そのための我慢だ。
わかりきっていることなのに。近づけているようで全然近づけていなかった。日吉に触れるほど自分を追い詰めている気がした。
「俺一人でアホみたいやん」
触れていたぬくもりが薄れていくと同時に、虚しさが込み上げてきた。
人の心は思いどおりにならないとさっき自分で言ったばかりだが、思っていた以上にうまくいっていないらしい。
2025.4.2
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