28正義と悪


サッチさんが…死ぬ。







「…おいっなまえ!」
「っはい!」

右手をピシッと上に挙げ立ち上がる私にエースさんがギョッとしている。

あ、あれ?と周りを見渡せば何してんだオマエ、とゲラゲラ笑うクルーの人達とマルコさんやエースさん、そして我が宿敵のハルタの坊ちゃんが居る。

ここは食堂、今はお夕飯の時間。

あれ、私いつ移動したっけ…。
「なまえおまえ、さっきから呼んでんのにボーッとしてどうしたんだ?」
「いつもの大食いは今日は休みかよい?」

「え、あ。ああ…ご飯…あ、夕飯食べてんだった!」

おい、大丈夫かなまえ?とエースさんが私のおでこに手を当て、
「うーん、熱はなさそうだ」と頭を傾げる。
「ついに頭イカれたんじゃないの?あ、元からか」

相変わらずの煽りスキルでハルタさんが嫌味を言ってきたが、今はそれどころじゃない。
スッと椅子に座り、食事を再開する私にハルタさんは肩すかしをくらったような感じで、
マルコさんとエースさんもおかしいなと言わんばかりにお互い顔を向け頭を傾げていた。



「(どうしよう、視ちゃった…)」

ティーチさんがサッチさんを…殺して悪魔の実を奪い去るシーンを…。

あの時、ティーチさんが私の肩に手を触れた瞬間。
個性が私に告げる様に、発動しようとしてもいないのにサーナイトアイの“未来予知”の力が発動し、サッチさんの“未来”を視てしまった。


オータルビー島でティーチさんに感じた言い様のない不安。
本能がコイツはヤバイと告げる様に身体を駆け巡ったその感情に今は妙に納得してしまった。

脳内をバーーっと流れたフィルム映像、悪魔の実を手に入れたサッチさんをティーチさんは迷う事なく殺害する風景。

白ひげさんや、船の皆んなが止めるにもかかわらず、激昂し船から逃げたティーチさんを追うというエースさん。

ティーチさんが“誰か”に言った、
“何十年も白ひげの船に居たのは、その実が転がり込んでくる確率が一番高ぇと思ったから”
という言葉。

ああ、どうしようか…この笑いの絶えない、優しく微笑み海を進む白鯨の背上で起こってしまう悲劇に、私は…どうすれば…。
恐らく、今日の深夜…悲劇は起こる。


「あ、そういやサッチが悪魔の実を手に入れたってな!」
「そういやぁ、アイツ騒がしくしてなねい」
これでサッチも能力者か〜なんの能力だろうな!とここでも話題はサッチさんの事で持ちきりだ、その話を他所に、私はどうするべきか考える。

この未来予知は100%的中する、確実に今日サッチさんは殺害されてしまうだろう…それも信じていた仲間にだ。

私にこの未来が変えられるだろうか…でも、サッチさんが…

「死ぬのは嫌だ。」

「…え?…なまえ?どうした?急に…おまえやっぱ今日変だぞ?飯も全然進んでねぇじゃんか…腹でもいてぇか?」
「…あんた、エネルギー切れでぶっ倒れたりすんだからちゃんと食べなよ。また倒れて迷惑かけないでよね。」

エースさんに再度心配されながら、ハルタさんに小言を言われる。

そうだ…ご飯、しっかりたべなきゃ…、夜…サッチさんを、私が…私だけが、今夜起こる悲劇を止められる…っ、私が、やらなきゃ…!

「ごはん!いっぱいたべなきゃ!」

「お、おおう!そうだぞ!なまえこれも食え!」
そう言ってエースさんは私の前にでっかい骨つき肉を差し出してきて、迷わずそれにかぶりついた。

そうだよ、私はヒーロー。
あんな未来を視てうじうじと考え込む場合じゃない!やることは一つ、ティーチさんからサッチさん殺害を阻止する事。

大丈夫、未来は変えられる…デクくんが昔、エリちゃんを救った様に…大丈夫、大丈夫…
サッチさんは、絶対に死なせはしない…っ

ポロポロと涙がこぼれ落ちた。

エースさん達がどうした!?と驚く中、私は、サッチさんを思い涙する。

「んぐっ、ご、ごはんが…泣けるくらい、おいじぐで…っ!」

私は泣きながら、目の前の食事をこれでもかと掻き込んでいった。










恐らく…いや、きっと今日の深夜、ティーチさんはサッチさんを呼び出し悪魔の実を奪う事だろう。
夕飯をこれでもかと言うくらい腹に収めた私は、一人寝床部屋の洗面所で鏡を見ながら視てしまった未来の映像を思い出していた。

ティーチさんは何十年もこの船に居た、それはサッチさんが手に入れてしまった悪魔の実が欲しくて、この船にいればそれを手にできる確率が高いからと言っていた。
何十年も、その執念を燃やし続けた事に驚きを感じる一方。
簡単に仲間を裏切ってしまう無情さに鳥肌が立った。

「この服に袖を通すのも…久しぶりだなぁ。」
シャン、と面の鈴が鳴る。

創造の個性で、高校時代からあまりデザインを変えていないヒーロースーツを創り出し、袖を通した。
戦闘になるなら、やはりこの格好が一番動きやすい。

ティーチさんの実力が分からない以上、頭の中では多くのパターンを想定しておく。
相澤先生の捕縛布を首にぐるぐると巻きつけ一つ息を吐いた。

サッチさんが、ティーチさんと顔を合わせる前に、私がティーチさんを止める。

何十年も燃やし続けた執念だ、説得した所で彼は止まらないだろう。
それならその身を拘束し生まれた時からの全ての記憶を消させて貰おう、幸い私には記憶操作の個性も会得している。

戦闘になる様なら…最悪、ティーチさんを…。いや、駄目だ。

ヒーローが、例えどんな大悪党だとしても、その命を奪う事は許されない。
私の中の揺るぎない正義が、そう告げる。

「サッチさんの命が助かるなら…私はこの船の人達にとっての“悪”になるかもなぁ…」

この世界には海軍と言う海賊や無法者達を取り締まる警察組織の様な組織があると聞いた。
十中八九、戦闘になるなら、私はティーチさんのの記憶操作した後その身を海軍へと引き渡そう。

この未来を知っているのは私だけだ。
仲間の裏切りと、仲間の死を…この人達は、知らなくていい。

部外者の私が、この船を去ればいいだけの話だ。





よしっ。と手で頬をパチンと叩く。
未来予知で視た未来には、私の存在は無かった。

私という、異質な存在があの未来に関われば…「きっと結末を変えられる…!」

顔に狐面を当てがい、頭の後ろで面に繋がる組紐をキツく結ぶ。


「さぁ、お仕置きの時間だ。」















コツコツと足音が聞こえる。

深夜、ここは船の船尾。
船首の甲板に比べ、ここは夜になると人気も無くなる。
一部が屋根に覆われているここは、見張り台からも死角になり、船室からも離れているため多少騒いでもあまり気づかれる事はないだろう。


ずらりと置かれた木箱や大樽の影に身を潜ませ、その足音の主を待つ。

コツコツ、ドサ。

影からチラリとそちらを見やれば、ティーチさんが木箱に腰掛け空を見上げていた。

「…やっとだ、やっと…見つけたっ、…長かったぜ…友よ‥サッチよ、恨むなら
その実を手に入れちまった自分を恨むがいい…ゼハハハ」

静かに、ティーチさんは声を発した。


コツリ、と私はその人の目の前に姿をあらわす。

「こんばんは、今のお話。詳しく聞かせてもらっても良いですか?」
「…っ!…ゼハハハっ、こんな遅くに、小娘が出歩いてちゃぁ悪い奴に目付けられちまうぜェ?」

突然現れた私にティーチさんは驚きつつもティーチさんは平然を装い私を見つめる。

「その、“悪い奴”を捕まえるのが私のお仕事なんです。ごめんなさいね、ティーチさん?」
「ゼハハハ!何を言っているのかわからねぇなぁ?」

「…“ヤミヤミの実”でしたっけ?」
「ッッッ!!!餓鬼…テメェっ、知ってやがるのか…!!」

「ええ、何でしたっけ…この実を手に入れるためだけに、このお船にいらっしゃるんですよね?貴方は…」

ガッッ!とティーチさんが獲物を振りかぶり、私が立っていた床に獲物が刺さる。

「っと!危ないじゃないですか、そんなもの振り回しちゃ」
「…テメェ、何を知っていやがる…」

殺気がドンっと溢れ出す、ティーチさんは完全に私を敵とみなした様だ。

「…そうですね…例えば、ヤミヤミの実をサッチさんから奪い取ろうと、している事…とかですか、ねっ!!」

私が言い切る前にまたもその獲物を私に向かって振りかぶるティーチさん
ひょいひょいと難なく避ける私にイライラが募るのが目に見えた。

「ッチ…!あの時ジャンクの野郎がしくじらなきゃテメェは始末出来たのになァ!」

「…!?」
「ゼハハハ!長年、逃げ回ってたそうじゃねぇか…“あの親子は”よォ!!」

「アンタ…まさかっ!!!」

ゼハハハハハ!!と声高らかに笑うソイツに怒りが湧いた。

「あの日!偶々だ、森でオメェを見つけこれはチャンスだ!と始末しようとしたのさ!
得体の知れェ餓鬼だ、死んだ所で船から逃げたと思われるだろうと踏んでなァ!
幸い、オメェは森の中で迷ってるときた、だがあの餓鬼が現れ家に連れてっちまったから一旦身を引いたが…まさかその餓鬼と親父を狙ってる奴がいるとはなァ…!

ゼハハハ!俺が!森の奥の港に偶々居たジャンクの野郎共にあの家の場所を案内してやったんダァ!」

あの騒ぎに乗じて、私をこの船から遠ざけようと目論んでいたと言うティーチさんの言葉に怒りが爆発しそうだった。

「あん時は失敗しちまったが…今夜オメェも一緒に始末してやらァ!
長年!この時を待ちわびたんだ!誰にも邪魔はさせねぇ!!!!!ゼハハハハハ!!」

ビュンッビュンと私を仕留めようと攻撃を仕掛けてくるティーチさんを交わしつつ掌を爆破させながら応戦する。

ザンっと顔の横をその獲物が横切り、ハラリと一房髪が切れ落ちた。

煩わしいなぁ!と氷結で凍らせようとしたが、避けられ失敗に終わる、
「ゼハハハ、オメェのその氷は厄介だなぁ!だが二度は食らわねえっよ!」
獲物を構え、私に突進するように向かってくるティーチさんにニヤリと笑い

「じゃぁ、これはどうですか!ね!」
バシャリっ、と三奈ちゃんの“酸”の個性でティーチさんに向かって溶解液を浴びせた。

「ッッックッギャァアッ餓鬼テメェエ!!!」
カラン、とティーチさんの手から武器が落ちた所をすかさず捕縛布でその身を拘束しギリギリと締め上げた。

「…ッティーチさん…諦めてはくれませんかね…!サッチさんを、手に掛けてあの実を奪うおつもりだったでしょう…っ!」

「っぐ!…テメェッ…何故知って…!!?」

ギリギリとティーチさんを締め上げれば苦しそうに私を睨みつける、クソっと悪態を吐く彼に私は「私、未来予知。できるんですよね…。」

見ちゃったんです、貴方がサッチさんを殺害して、実を奪い去る未来が…。とティーチさんに告げれば、驚いた表情を浮かべた後弾ける様に笑った。

「ゼハハハハハ!!!そうか!!!そうか!俺はあの実を手にできるのか!ゼハハハ!
20年だ!!20年もの間探し求めた!サッチには悪いがな!何、“殺す”つもりはねぇさ!
ただ、“そうなっちまった”ってんなら、それは仕方のねェ事だ!ゼハハハ!」

「…ッ貴方を、海軍に引き渡します…!」
「グッ、こんな所で、諦めるわけねェだろ…ッ」
ギリギリと締め上げる捕縛布を手に掴み、グググっと物凄い力で掴み寄せられる。

ッチ…っと舌打ちをし、「どうしても諦めてくれませんかねぇ!」と問いかければ当たり前だ!と捕縛布から抜け出そうともがき始めた。

さらに力を込め、眠らせた方が早そうだ。とミッドナイト先生の個性でティーチさんを眠らせようとした時。

背後から声が聞こえた。




「なまえ…ちゃん、何…してんだ…?」


「サッチさん…。」





どういう状況だ、これは…と戸惑うサッチさんに、助けてくれ!とティーチさんが叫んだ。





暗闇に隠した悪意

なまえちゃん…!!!とサッチさんに捕縛布を切り離されてしまった。