68白に包まれて


うなされて起きた。

血だまりの中、うつ伏せで倒れているなまえのちいせぇ身体には刃物がいくつも刺さっていて。
腹は抉れていた。

夢を見るんだ。

悪夢だ。




「…ッハ、!!ッ、ハァっ、ハッ、っ」

汗がきもちわりぃ。

「エース、さん…?」

なまえが隣で驚いたように、まだ眠たげな目をこすりながら起きて、俺は堪らず…なまえを腕の中に閉じ込めた。

小さな背中…、この、小さな背中に、俺は…俺達は守られて、今ここにいる。

「なまえ、なまえ、」
「エースさん、どうしたの?こわい夢みた?」

眠れないの…?

そう言ったなまえの頭を押さえる様に撫でつければ、する…、と指が抜けた。

なまえの、短くなっちまった髪。
長くて、サラサラで、いつまでも指をとおしてても飽きない…少し、甘い香りのするなまえの髪が、今はその首筋を丸出しにしていて。

なまえは、全部、全部俺のモンなのに。
その髪の一本も、爪の一欠けらも、涙の一粒も、誰にもやりたくねぇって思ってた。

俺の、知らねぇところで、なまえの一部を奪われちまった。

そんな気がして、すげぇ悔しかった。

なまえの首元に顔を埋めれば、チャラ、と当たるピアス、
その…真っ白な、首筋に。俺は…歯を突き立てた。

「っ、んっ…ぃ、たいよ、エース、」
「なまえ…きす、して。」

「、…うん。」




なまえを感じて…安心したかったんだ、こいつが、ちゃんと。生きてる。って。














オヤジは一日の大半を寝て過ごすようになった。

ナース達を船から降ろしちまったから、マルコと数人の残った船医達、そしてなまえがオヤジの容態を代わる代わる診ている。

この島での日々はとても穏やかに過ぎて行って、オヤジが生まれて、育った島。
村の奴らも俺達に良くしてくれて、すげぇ居心地が良かった。

なまえは、毎日朝っぱらから忙しそうにオヤジの所へ行ったり、村へ行ったりとして、夜くれぇしか一緒にいられないのがちょっと寂しい。


この島は天候が安定していてとても過ごしやすい、海の匂いや、花の匂いや、滝の音も心地いい。

俺は、ただ何をする訳でも無く、俺と…オヤジの、墓の前で座り込んでぼんやりと空を見上げていた。



「よぉー、エース。おめぇこんなとこにいたのか。」
「……サッチ、」

よっこいせ、と俺の隣に座り込んだサッチが煙草に火を付けて煙をふかした。

「なぁ、エースよ。俺も…お前も、なまえちゃんに命を拾われちまったなぁ。なまえちゃんが俺達の元に降ってこなかったら、きっと、俺もお前も、今ここにゃぁ居ねぇだろうなぁ…。」

「ああ…ちげぇねぇ。サッチはティーチに殺されて。俺は…俺と、オヤジは、きっとあの戦争で死んでた。」

テメェが入るはずだった墓を見上げた。
聞けば、赤髪の奴があの戦争を終わらせて、ココにこんな立派な墓を建ててくれたらしい。

まぁ、今となっちゃぁ墓ン中は空っぽなんだがな。

「……エース、悪かっ「オイ、サッチ。それ以上は言うなよ」…」

コイツの考えてる事なんて、分かりたくも無かったが…俺だって、同じ気持ちだった。

「……なまえが居たら、とか。居なかったら、とかじゃねぇんだ。きっと、どう転んでもこういう結果になった。
サッチが悪いとか、俺が悪いとか。…なまえが、ティーチを止められなかったから、って。アイツは悔やんで居るが。違う、と思う。アイツも、俺も、サッチも、自分ン中の信念で動いたんだ。あの時、あの時って、考えてたら…いつまでたっても、俺達は過去に囚われちまう…。そんな気がする。」

「はは…っ、まさか、エースに…慰められる日が来るたァ、なぁー、っ」

くっ、と。サッチは目元を手で押さえて、少し身体を震わせていた。
俺はオヤジの墓を見上げて…、あんな…デカくて、偉大なオヤジが…日に日に小さくなっていっちまうみてぇで。

オヤジは、人間は何時か死ぬモンだ。なんって言っちゃぁいたが…、やっぱり、そんな直ぐには受け入れられねぇ現実に、俺は毎日頭を悩ませるんだ。

「エース、俺…、悪くは思わないでくれよ?、ただ、純粋になまえちゃんが怖ェって。思っちまったんだ。」
「…サッチ…、あぁ、俺も。アイツがたまにすげぇ恐ろしく感じるよ。」

あんな、ちいせぇ身体一つで…、どんなに大勢の敵を前にしても怯むことなく突っ込んで行っちまう。

「アイツのアレは…もう病気だ。治る事のねぇ、悪い病気だ」
「そう…だな、。全く、困った妹だ。てんで、守らせてやくれねぇ。すーぐ飛び出して行っちまう。俺達は、いつもあの背中を追いかけては、その手を掴ませてもくれねぇ…気が付いたらあのちいせぇ手に引かれてるんだ。
あの子を前にしたら、俺達はただの“要救助者”だ。大人しく…守られる事しか出来ねぇ…不甲斐無い、兄貴だなぁ…」


なまえ、お前は、お前の世界では、いつもあんな誰かを守ってボロボロになってたのか?

ボロボロになっちまったお前を、誰が助けてくれてたんだ…?

なまえ…、なまえ…俺、もう…あんな姿の、お前は…もう見たくねぇよ…。

膝に、顔を埋めて俺は奥歯を噛みしめた。
背中にサッチの手の温もりを感じて、コイツも、俺も、ちゃんと生きてる。って、嬉しいはずなのに…なんだかすげぇ胸ん所が苦しくてたまらない。




背中の誇りは……焼かれて消えたままだ……。






「あーーーー!!!もう!!こんなとこいた!!」

ふわりと、花の香とは違う、アイツの甘いような香りが鼻をくすぐって、ベチン!!と、背中に衝撃が走った。

「「いってぇ!!」」

「もー!!!なに!?私の悪口でも言ってたんでしょ!なんか!!そんな気がする!!!!」

バシバシと俺の背中とサッチの背中をシバきながら、俺とサッチの間からひょっこりと現れた丸い頭。

ほっぺをぷくぷくと膨らませて、どうやらご立腹なようだ、かわいいな、その顔。

「なまえちゃん、ちょ、いてぇって!」
「もう!サッチさんめっちゃ探したんだから!マルコさんが呼んでたよーっ!あとね!ごはん!おなかすいた!ごはん!!」

わかった、わかった!、と困った様にサッチがなまえの頭を撫でてやれば、なまえは俺の方をくるりと見て、
でっけぇ爆弾一発落としてきやがった。




「あ、そうだ。エースさん、私をお嫁さんにして。」



「……は?」


「は?、いや、は?じゃなくない?お 嫁 さ ん に し て って、言ったの?わかる?娶れって言ってんの、わかる?」


……こいつは、何を、言ってんだ…????は???


「なまえちゃん…っ、君って子は…どこまで男殺しなの…???俺、エースが、今すげぇ哀れ…だ、」

サッチにすげぇ哀れみの目で見られた挙句、なまえの相棒の鳥にまで、いつもの眼つきの悪さはどうした!?って思うくれェ、すげぇ……可哀そうな物を見るかの様な視線を送られた…。

「え?なんで?私なんかした??え?、ちょ、え?なんで二人とも泣いてんの!?ええっ、」


泣いてる、?

そ、っと目元に手をやれば、俺の目からは涙が流れてた。…あれ?おれ、なんで泣いてんだ?


「……俺…。テメェの女に守られた挙句…テメェの女の口からケジメつけさせちまった…」
「え?どしたの?エースさん、何ブツブツいってんの?え?なに、私フラれる系?
あれ?…え?まって、え?……やだぁ!!やだやだ!!!エースさぁああん私をすてないでぇええ!!!」

ぴぎゃぁ!!って俺に泣きながら縋りついたなまえにほとほと呆れた。

「なまえちゃん、ちょ、おちつけ?おちつけ?どー、どー、」
「だって!!!サッチさぁあん!!エースさんがぁあ!!“うん”って言ってくんないよ!?」
「はいはいはいはい、もうなまえちゃんってほんっと!!!男心がわかっちゃいねぇよな!!!
エースはよぉ!自分から言いたかったんじゃねぇのー??ったく、なんだこのポンコツな妹は!!かわいいなおい!!」

「えーー!そうなの??え、じゃぁ、どうぞ。エースさん」

はよ言え。と、俺にむかって、さぁ、さぁ、と手を差し出すなまえ

「……サッチ…もうやだこの子…おれ、もう…やだ…」
「エース、うん、……うん、かける言葉もねぇわ…」

どんまい、と俺の肩に手を置くサッチに、なまえはまた不安そうに「え…捨てられる?」、と俺を見上げて来た。
うるうると涙を溜めたその上目使いは、まぁ…かなりグッとくるものがある。くそぅ、かわいい、かわいい……。

「エースさん、捨てないで?」
「っっっばかが!誰が手放すか!死んでも離すか!くそっ!なんでオメェはいっつも俺達の先を言っちまうんだよ!バカタレが!愛してる!なまえ!俺とケッコンだ!ケッコンすっぞ!!!」


ぱぁ、って、その顔に花が咲くように笑うなまえが愛おしくてたまらない。
きゃぁきゃぁと腕の中で喜ぶなまえがかわいくて仕方がない。

サッチが俺と、なまえの頭をぐしゃぐしゃにかき回したかと思えば、「メシにすっか!!」って、顔をぐしゃぐしゃにして笑いながら俺となまえを立ち上がらせて手を引っ張り前を歩いた。

「こりゃぁー!あれだな!!オヤジみてぇによぉ!でぇぇえっけーーケーキ!作んねぇとな!!!」
「サッチさん!サッチさん!真っ白なやつね!!!!てっぺんにオヤジさんのおひげみたいなののっけよ!!」
「いいな!それ!っし!!4番隊総出でとっておきな奴作ってやるかんな!!」


いひひ!、と嬉しそうに笑うなまえの目からは涙がぽろぽろと流れていた。
サッチなんてもうちょー不細工な顔で鼻水たらしてっし、そんな二人を見て俺も鼻を啜った。


そんな顔した三人が船へと戻れば、ハルタに「三人して何その顔、気持ち悪!」って言われちまって。

そんなハルタに、なまえが「エースさんとね!!ケッコンすんの!!!」、って声高らかに言うもんだから。
秒でハルタもぐちょまみれな不細工な顔になっちまって、それに俺達はゲラゲラと笑った。

早くオヤジに言って来い!、と、兄弟達が俺達の背を押す。
俺となまえは、ぎゅっと手を繋いで、顔を見合わせてへらりと笑ってから、オヤジの部屋へと駆け出して行った。




……お互い、反対方向へと…。ブレねぇなぁ、コイツ…。




「……や、なまえ、オヤジの部屋、あっちだから…」

「……エースさんが、前。歩いてよ…」



前を、歩く。

なまえの手を引いて、俺が前を歩くのは……はは、こういう時だけだなぁ、って。

いつも俺達の前を、小せぇ背で守って走るコイツに、まぁ…今は、甘んじてやろう。って思った。

「ったく、ほら、行くぞ!」
「うん!」

でも、ぜってぇ。コイツの手を、俺達が前を歩いて引っ張ってやるんだ。俺達が、お前をこの背に隠して守ってみせるかんな、って。強く、強く誓ったんだ。



ベットに横たわるオヤジに、俺は言った。
いつか、娘の晴れ姿を見てぇ、って言ったオヤジに、なまえのとびっきり可愛い花嫁姿をみせてやるって。

オヤジはグラララ、っていつもの様に、すっげぇ嬉しそうに笑って。

んで、顔をくしゃくしゃにして言ったんだ。


「おせェよ!アホンダラァ、なまえ、エースを頼んだぞ」
「うん!!オヤジさん!」

「っお、おい!!オヤジィ!なんでなまえに言うんだよ!!!」

「グラララ!!オメェはケツに敷かれてるくれェが丁度いい!」

そう言って傍に居た俺達をその大きな腕で手繰り寄せる様にして抱き寄せられたんだ。

ぴ、ぴ、とオヤジの命の音がする。
ドク、ドク、ってオヤジの生きている音が聞こえる。

オヤジ…、俺、本当にオヤジが、親父で良かった。
こんな、どうしようもねぇ俺を、息子って呼んでくれて嬉しかった。

だからよ、オヤジ…もう少しだけ、俺達と一緒に居てくれよ。


休むのは、なまえの、一番かわいくて、奇麗な姿を見てからでも…悪くねぇだろう?





生きていて、良かった。って、思える日が来たんだ。





見上げた天井の先に

でっかく引き伸ばされたなまえの手配書が貼ってあった……、涙が、引っ込んだ…。

寝っ転がってぇと、壁よりも天井に貼った方がよく見えるから、って。オヤジが嬉しそうに言ってるのを前に、俺は何も言えなかった…。なまえの目が、白目になっていた。

……まじか。