4数余りの生徒
みょうじなまえ。
その名を受験者名簿で見つけた時、数年前とある引退したヒーローの葬式での事を思い出した。
現在でも現役で活躍しているリカバリーガールと共に、当時は名を馳せた
“化かしのイナリ”事、みょうじ稲荷。
破天荒で横柄で、滅茶苦茶な人だったが。それでもその人柄の良さと懐の広さでニッチなファンは多かったと思う。
俺が学生時代に、雄英高校の教師だったばーさんは。それはもう、しこたまシバき倒されたのは今でもよく覚えている。
イナリのばーさんは、俺が雄英を卒業すると同時に名実共にヒーローとしての職を辞し、世間では休業と言われていたが殆ど引退に近く、高校の教師も引退し田舎の山奥に隠居したと聞いたが。
その実は、娘夫婦を敵に殺害され、その際に行方不明になていた孫娘を数年越しに見つけだし、施設から引き取り共に生活していたと言う。
それから、10年程たった頃だろうか。
イナリのばーさんの訃報は、プロヒーロー界にとっては大きな衝撃が走ったのは記憶に新しい。
何年にもわたって前線で活躍していた事もあり、葬式には名だたるヒーロー達の他、政府関係者や警察のトップまで参列していたから驚いたものだ、あの人は随分と人たらしな所もあった。その為人望も厚かっただろう。
ふ、と。焼香列で親族席に立っている一人の少女が視界に入った。
彼女は、イナリのばーさんの遺影には似つかわしくない様な、あの破天荒っぷりが垣間見える笑顔の写真を大事そうに抱えて、涙を流す訳でも、悲しみに打ちひしがれた表情をする訳でも無く。
彼女の顔は、とても凪いでいた。
「おい、みろよあの子だろ…稲荷さんの“例の孫娘”って…」
「唯一の肉親だそうよ…涙一つ、流さないなんて…やっぱり“あの噂”は本当なのかしら…」
「所長、後ろ盾となっていたみょうじさんが亡くなった今、あの子の処遇は…」
「…やはり…国の管轄下で…」
「生涯にわたって幽閉の措置が妥当だろう。」
「“あの子の個性は恐ろしい”」
「まだ…若い内に手を、」
「……天涯孤独の身だ…小娘一人消えた所で…」
「おいっ、場所を考えて物を言え…っ、ココにはプロヒーローもいるんだぞ…っ」
おいおいおい…何言ってんだこの人達は、たった14歳の子供一人に対しての信じられない発言の数々に、仮にもあの子はプロヒーローの孫だぞ。
お経と焼香の香りが立ち込めるこの室内で悲しみに暮れている人々の中から信じられない様な発言を、けっして小さくない声のソレに顔をしかめていれば、はッ、と親族席の近くまで来た俺はあの少女にも無慈悲な言葉の数々が聞こえてしまったのではないかと、チラリと目だけでその子を見れば…
「(…笑って、る…)」
ふふ、と…その子は、柔らかい表情で…しかし、全てを諦めたかの様な顔で、笑っていた。
その笑顔が、ずっと、胸に焼き付けられたように今でも記憶に張り付いている。
たった、14歳の女の子の喪主。
葬儀も終盤の頃、その子がたった一言。放った言葉は、きっとその場にいたヒーロー達の記憶に深く、深く刻み込まれただろう。
「世界は全く優しくなんてなかった」
ふわ、と花が咲くように笑ってそう言った少女の頬に、一粒の涙が流れて。
胸の奥がきつく、絞められた。
参列者もはけて、シンと静まり返る中。
イナリのばーさんが眠る棺の前で、ポツンと一人座っていたその子を俺は見かけた。
ちいさな、ちいさな声だったが、会場中に響くように聞こえた様な気がしたその発言に奥歯をギリと噛んだのを覚えている。
「……ばぁちゃん、私…多分直ぐにソッチに行くと思うよ。
世界が、私の事いらないんだって、ねぇ、ヒーローに…なれそうも無いや…ごめん。」
空から、ポツリと振り出した雨は。その子の代わりに泣いているかの様に…とても肌寒い秋の日だった。
「ねぇ、イレイザー。あの子、ほら、今3pを派手にぶっ飛ばした子って。イナリさんのお孫さんよね?」
「…ああ、今ので58p取ったくらいか、や、レスキューpも入れりゃ入試トップに入りそうだな。」
ミッドナイトがモニターを見ながら俺にコソと声を掛けて来た、モニターから目を離さずに会話していればその間にも画面の中の少女は次々と仮想敵を破壊していき、別モニターに映る例のヘドロ事件の時の奴に並ぶ勢いで次々とポイントを奪取していた。
「…なんか雰囲気変わったよな、俺ァ葬式の時に見たあの子がずっと忘れられなかったよ。」
「マイク、なんだい?なまえはまだ嫁に出す気はないよ。稲荷の忘れ形見さ、大事にわたしが育ててるんだからね」
「あら、そう言えばリカバリーガールが後見人として引き取られたんでしたね」
「しっかし、周りとのレベルは段ちだろ、なんでまた推薦枠じゃなくて一般で…」
確かに、判断力・瞬発力・戦闘センス全てにおいて申し分も無い。
仮想敵を派手に倒しつつも周りへの被害を最小限に留めているうえ、負傷者も臨機応変に対処して居る事を見てもほかの一般で受けている奴らとは頭一つ分、いや二つ分も突出していた、推薦枠で受けてもおかしく無いレベルだ。
「ははは、お国はどうしても彼女を恐れているからねぇ〜」
「根津校長、それは、ええと…つまり、」
「我が校の一般入試の倍率は全国のヒーロー科でもトップに躍り出るくらいだからね、出来る事なら振い落される事に多少の希望もあるだろうね!」
「…あの子は、未だに監視対象なのさ、」
何か知った素振りの校長に、リカバリーガールは憂いを帯びた表情でモニターの中で踊る様に暴れまわるみょうじを見ていた。
「“雄英入学が絶対条件”もしウチに入れない様なら彼女は一生、国の管轄下での幽閉を余儀なくされているのさ、国はどうしてもあの子の個性が恐ろしいらしいね!まぁ、そんな事も杞憂に終わりそうだ、あの子は間違いなくココへ来るね!」
「あの子は、きっと世界を揺るがすヒーローになるさね。」
でなけりゃあたしゃ稲荷に顔向けできないよ。とリカバリーガールはモニターを見てニコリと笑い、さて、あのお邪魔虫を倒しちまった子の怪我でも直しに行くさね。と、入試会場へと向かっていった。
「0p敵を倒したの、久々に見たわぁ〜っ!あんっ、興奮しちゃうっ!」
「YEAHH!今年のヒーロー科はシヴィィ事になりそうだぜ!!」
実技終了の合図とともに、モニター室の教師陣にざわめきが走る。
数年ぶりに、あのデカブツを壊しちまった受験生があらわれたが、自らの個性でバキバキに折れたで在ろう手と足で身動きできなくなったのを、あの子は地に落ちる間一髪のところで無重力の女子と共に救出し応急処置を施しているのが画面に映る。
はは、こりゃまた…。何故か少し、笑いが漏れて。
少し、ざまあみろ。とあの葬式の時にこの少女に恐れ戦き排除しようとした大人達になんだか少し優越感を覚えた。
「あーあー、こりゃまたとんでもねぇじゃじゃ馬が入ってきちまうな。」
「おいおいイレイザー!なんだ?楽しそうだなぁおい」
うるせ。とマイクを小突き、俺はモニタールームを後にした。
そして、入学式の日。
何故か教室とは真反対の中庭で寝転ぶみょうじを見かけた時は思わずギョッとしてしまい、その個性特異点とまで言われ恐れられた個性を持ち、プロフィールを見た感じ記憶力には大変隔てているこの娘はとんでもねぇ方向音痴と知った時は、思わずこんなガキが…国に恐れられてる、のか…?と疑問さえ覚えた。
「相澤 消太さんでしたっけ、」と言った彼女の笑顔は、あの時見た子と同じ人物とは思えない程晴れやかで、しかし、どこか張り付けているようなそれに少しの気味悪さを感じた。
教室まで連れて行き、まだ誰も来ていない静まり返った部屋にポツンと座り外を眺めるみょうじを廊下からチラリと見た。
21人の1−A組。
数余りのその生徒は、これからどういった成長をし。そしてこの学び舎を飛び出して行くのか…柄にもなく、全てを見届けたいと思った。
「失礼しましたー。」と、校長室から出て来たみょうじ。
その表情はどこか晴れやかで、違和感を感じた笑顔とはまた違う一面を覗かせていた、職員室からの出際に、「あ」と声を漏らし、俺の方へと近寄って来たみょうじは、センセ!と笑みを浮かべてこう言った。
「相澤センセ、確かに…ドライアイにはきっつい個性ですね?」
「…は?」
センセーの個性、貰っちゃった。
と、悪戯っ子の様に無邪気な笑顔で言って、制服のスカートをヒラリと翻し「じゃぁ、さようなら!」と俺の元を去って行ったみょうじに思わず面食らい、失礼しましたー!と職員室を出て言った後ろ姿を暫く見つめていた。
「「貰っちゃった」ですって!やだ、あの子、可愛くない…?食べちゃいたいわぁ〜」
ちょっと、イレイザー。うっかり手出しちゃだめよぉ〜〜?
そう言って揶揄ってくるミッドナイトを軽く流して俺はデスクに向き合えば肩に手を置かれてマイクがふぅ〜と息をついてから「消太ぁ〜、ありゃぁ、魔性の素質があるぜ…10年若かったら俺は多分落ちてた。」
うんうん、と頷きながら言うそいつに、アホか。と一つ悪態をつき肩の手を払いのけ俺はデスクの書類へと向き合った。
…まぁ、確かに…多少なりとも、グっと来るものは少し…いや、何考えてんだ、俺…。
はぁあっ、と溜息を一つ。
みょうじ、なまえ。ねぇ…お前はなんだか色んな意味で手を焼きそうだよ…。と、
まぁ、その考えは翌日のヒーロー基礎学にて頭を抱える事となるのは、まだ知る由もない。
(八重歯…ちょっと猫っぽい奴だったな…)