6おもちゃ
私は、人生かけてこの雄英高校に来てる。
ちょっとでも油断すれば、この国が、私を消し去ろうとするから。
私はなんとしてでも、ヒーローになって…自分の存在を認めさせたいんだ。
この、非道な世界に。
あの対人戦闘訓練の後、爆豪をしこたまぶん殴って気絶してしまった私は保健室で目が覚めた。
火傷は殆ど回復していて、でも、頭がぼんやりしてて寝てるはずなのに目眩がした。
「なまえ、目が覚めたのかい。ほら、このゼリー食べな。ちょっとでもエネルギー回復しないと頭まわんないよ」
「……チヨさん…」
ほら、起きれそうかい?、ってチヨさんは3秒チャージなゼリーを私にくれて、私は少しフラつく視界のなか、ベットから身を起こした。
「全く、災難だったようだね。」
「ほんと…最悪。生きたまま焼却炉ぶち込まれた気分。」
ちゅぅ、とゼリーを吸い込めばひんやりとした喉ごしが心地よかった。
ジンワリと、身体に染みていった。
まだ、少しぼんやりとする頭で私はチヨさんに更衣室へと連れてってもらって、いつの間にか着せてもらっていた体操着から制服へと着替えた。
エネルギー切れ気味の体力じゃ、超回復もその力のペースが遅いみたいで…まだ薄っすらと残る火傷痕が顔や、手。そしてスカートじゃ隠れない太ももあたりにもあって…、それに既視感を覚えて。ぼんやりとする頭に浮かんだのは轟くんの顔だった。
そういえば、轟くんかなりのイケメンなのに。
あのお顔の傷跡は、火傷の痕なんだろうな…って、自分の火傷痕を見て思った。
個性の出現時に、自分の身体を傷つけてしまう事なんて、この世の中よくある事だ。
轟くんも、多分それだろう。って思って、私は更衣室から出た。
「あれ、センセー。覗き?」
「…バカな事言ってないで、ホラ教室行くんだろ。」
「あ、はい。…え?わざわざそれで私を??」
たまたまチヨさんと会って、頼まれた。と相澤先生はちょっと不服そうな表情で私を教室まで連れて行ってくれると言った。
放課後だし、生徒もまばらで。
静かな雄英の広い廊下を相澤センセーと歩く。
「…その痕、消えんのか?」
「あ…まぁ、明日にはもう元に戻るかと…お見苦しくて、すみません、」
スカート、下にジャージ履けばよかったかな、って。
こんなんで教室戻ったら皆んなうるさそうだな、って、考えてたら相澤センセーが、
「みょうじ、お前…ちょっと肩の力抜け」、って立ち止まった廊下でセンセーは私を真っ直ぐと見て、そう言った。
「えぇ…と、それは、どういう…意味ですかね…?」
じー、っとセンセーに見下ろされて、そして大きため息一つ。
「お前のその“焦り”は…いつか身を滅ぼすぞ。正しくあろうとするのは、いい事だが…お前は少し潔癖すぎる。自分で自分の居場所をあまり狭めるな」
もっと視野を広げろ、とセンセーは言った。
ぽん、と頭に乗せられた手はチヨさんと違ってとても大きくて…なんだか少し安心した。
胸のあたりが少しむず痒かった。
センセーと教室のドアの前で別れて、私は中へと入れば案の定、数人残っていたクラスメイトに絡まれた。
「みょうじ!!!おまえ、それ!!…ヒデェな…」
「わわわわ!!その傷、リカバリーガールの所で消せないの…かな、?」
「切島くん、芦戸さん…。うん、明日には綺麗さっぱり消えるから、ごめんね、気持ち悪いよね、」
そんな事ないよ!!って芦戸さんが爆豪のやつめ!、なんてプンプンしながら言ってて。
「爆豪のやつ、みょうじに謝れよ、って言ったんだけどな…帰っちまったわ」
ぽりぽりと、気まずそうにこめかみを掻いて上鳴くんが私にごめんな、って言った。
「なんで上鳴くんが謝るの?それに…まぁ、あれは事故だった様なもんだし…」
「だけれど、女の子の身体にこんな酷い傷を負わせてしまったのに、一言も無く帰ってしまう爆豪ちゃんは、ちょっとどうかと思うわ?」
「蛙水さん、…傷跡、気にしてたら。ヒーローになんてなれないよ。私、ヒーローになるためにココに来てるから。この傷も、どうせ明日になれば消えるけど。別に、残っても気にしないよ。」
まぁ、明日にもう一発くらいグーパンするかもだけど!、って、どんよりとした空気が居たたまれなくてヘラりと笑って見せればみんなの表情も和らいだ。
「やー、しかし。あのマウントからのフルボッコ!みょうじまじヤベェわ!」
しかも爆豪相手に!!
なんて、上鳴くんがアイツ明日顔パンパンだぜ?って私に肩を組んで面白そうに明日が楽しみだな!なんて言ってて。え?こいつ距離近くね?ってちょっと引いた。
「上鳴なんかチャラーい!距離近すぎじゃない?みょうじさん、嫌だったらはっきり言ったほうがいいよ!」
「あっ、みょうじ、ワリィ!つい…なんか、…いやぁ!連日爆豪と拳でやり合ってるの見ると、なんてぇか、女として見れねぇわ!男友達のノリで触っちまった!すまん!」
「……上鳴くん。喧嘩売ってる…?」
上鳴ひどーーい、って芦戸さんが私に抱きついてきて。いや、君もあれだな、パーソナルスペース狭いタイプの人間だな?
「ははは、まぁ、明日のお楽しみは爆豪の顔面!って事で。そろそろ帰ろーぜー、みょうじー行くぞー。」
そう…当たり前の様に切島くんが言うもんだから。
え?ってなってたら蛙水さんが二人は帰る方向一緒なのかしら?って聞かれた。
「や、だってみょうじ、一人じゃ校門まで行けねぇだろ?」
「そーそー、みょうじってばちょーーー方向音痴でクラスから出る時誰かくっ付いてないと移動できないもんなぁ〜〜?」
ほんと、ギャップの鬼!って、上鳴くんがニヤニヤと言ってて。芦戸さんや蛙水さんが驚いてた。
ええ、わたし、要介護者なんっすわ。てへぺろ。
「あ、はは…ご迷惑お掛けしますー…」
机にぶら下げたカバンを肩にかけて、切島くん、上鳴くん、芦戸さん、蛙水さんと校門まで行って、電車組だったり徒歩組で校門でみんなにまたねーってばいばいした。
「……で。アンタはいつまでそこに隠れてんの?」
くるり、と振り返って壁を隔てた向こう側に居るであろうソイツに声をかければ。
「遅ェわ。」って爆豪がのそりと出てきた。
「なに、なんか用?」
「……悪かった。」
悪かった。と、一言。爆豪は少し俯きながら私にそう言った。
こいつ、泣いてたのかな?夕焼けに染まった爆豪の顔がチラリと見えた時、その目はなんだか少し赤くなってて。
私がボコったほっぺも赤く腫れてた。
「アンタ、それ言うためだけにずっと私待ち伏せてたの?」
「るせぇ…チッ、……お前、ソレ消えンのか、」
ソレ、と顎で指してきたのはこの火傷痕の事だろう。
あんなに爆ギレして暴れまわってた時とは打って変わり、今の爆豪はとても冷静、っつぅか、なんか落ち着いてた。
そしてとても気まずそう。
別に、消える傷だ。
私にとっちゃ大した事はないが、やっぱり周りは気にするみたいで。
しかも顔にもバッチリついちゃったしねぇー、ま、仮にもコイツだってヒーロー志望でココに居るわけだから多少なりとも罪悪感がある様だ。
しかも自分の個性で曲がりにも女子に大怪我負わせたわけだしね。
ただ、ちょっと意地悪してやりたくなって、私は俯いてから鼻を啜って…側から見たらちょっと泣いてる様なフリをして爆豪に近づいてソイツの制服の裾をちょん、って摘んで言ってやった。
「……傷、残っちゃうかも…。爆豪、責任とってくれる…?」
「……ッ!!」
こんな身体じゃ……顔にも傷出来ちゃったし、将来、お嫁に行けないよ…。
って、我ながら女優だって思ったよね。
うるうるさせた目で爆豪をちょーっと上目で見れば、コイツ、ちょーー焦ってんの!!!やばい!!うける!!!!!ざまあ!!!
「爆豪が、私をこんな風にしたんだよ…?この手で、」
きゅぅ、って爆豪の両手を手にとってから、コイツの掌を私は握った手でちょっと撫でてやれば……ブフッ、顔、真っ赤やん!こいつ!!なんか可愛いな!
「おま…っ、てめっ、…クソっ、」
あー、だめ。
いーおもちゃ、みつけちゃったぁー!いひひ!
「…ぷ、ぁははは!!!ちょ、もー!爆豪!焦りすぎぃ!」
「…あ”ぁ”!?」
「もー!嘘だよー!嘘!ぷははっ、もー!大丈夫だって、ちゃんと明日には綺麗さっぱり消えてるからさぁー!あははっ、じょーだんだよー!この怪我の仕返しー!いひひ!」
「〜〜〜〜〜っっ!!!てんめぇえ〜〜〜〜!!!!!」
きゃぁーーこわぁーーい!って、めっちゃ愉快に笑いながらきゃっきゃしてれば爆豪がブチギレ3秒前!って感じにわなわな震え出して。
「あれ?本気にしちゃった?んー?お嫁行こうか?」
「……ブっ殺す……!!!」
そう言った爆豪の顔は真っ赤だった。
こいつ、…面白っ!
「いひひっ!案外純情?ばーっちゃん?」
「クソが!!!」
バッって私の手を思いっきり振りほどいて爆豪は手をポッケに突っ込んでから、腰パンそれ歩きにくくないの?って思う私を他所に彼は校門の方へとズカズカ歩いて行ってしまった。
私はそんなプンスコしてる爆豪に「ばいばぁーい!また明日ね〜ばっちゃん〜!」って、手を振ればグリンって振り返った爆豪の目はギュインって釣り上がってた。
ばいばい、ってその場から一向に動かずに見送ってる私に疑問を持ったのか、
「お前は帰らないンか、」って爆豪に聞かれた。
そう、私ココに住んでんの。
雄英敷地内の職員寮みたいな所で。
つい昨日からね。
ほら、一応お国さんから要注意人物として監視されてる身だからさー。
今は雄英って後ろ盾があるから、生活圏内をこの敷地内に狭めた方が…まぁ色々と都合いいみたい。
国も、雄英側も、お互いにメリットがあるんだろうね…。
ま、私もこの方向音痴がね、あるから。雄英内に住めるならそれはそれでおっけーって感じ。
校門で、振り返って私を見る爆豪に、「ココに住んでるから、リカバリーガールにお世話になってるの。」って、まぁ今度気が向いたら詳しく話してあげるよーって言えば、暫し思う事があるのか、何やら疑問を浮かべた表情の爆豪に早く帰んないと日が暮れちゃうよ。ってまた手を振った。
ばいばい、また明日。
「全く、あんまり男を揶揄ってやるもんじゃ無いよ。なまえ」
「あ、チヨさーん。おつかれさまぁー」
わたしゃ、まだアンタを嫁に出す気は無いからね。
そう言ったチヨさんと、私は寮へと帰る。
今日の夕焼けはさっきの爆豪くんの顔みたいに真っ赤だった。
明日はどう揶揄ってやろうかなぁー