1食目

好きな物、残り物をごった煮にしたトマトベースのスープで煮たパスタ。特に海鮮が多いと機嫌がいい。

それと水分の少ない、少しパサつく様なスイーツ。
コーヒーに合うからとかでケーキ類よりもどちらかと言えば乾きもの系のハードな口当たりの物があいつは好きだ。

嫌いな物はおれの知っている限りあまり無いが、酸味の強い物はあまり好んで食べる事は無い様だ。


タバコは1日1箱は吸うし、口が悪けりゃ足が出るのも早い。
女ッ気があるとすれば胸辺りまで伸びた、少しウェーブかかった柔らかな髪と…あいつのクセに無駄にイイ凹凸のある身体くらいだ。

性格はクソの一言に尽きる。








「おいチビナス、このソース塩が1gいつもより多いんだけど。」
「あぁ?今日の魚は淡泊だからあえて濃い目にしてんだよ。つか誰がチビナスだ!!!てめぇのが今じゃチビだろクソヤニカスが!!!」
「は?てめぇこそヤニカスだろーが。おまえのタバコ、匂いが甘ったるいんだよ!」

うぇ〜、と舌を出して顔を顰めたこいつは、傍から見たら無表情の様に見えるが。
おれにはまるで不味いものを食った時に舌を出して吐き出している様な顔に見える。

隣に立つこのいけ好かない女はナナ。

この麦わら海賊団で共にコックとしてキッチンに立つ、仲間…とは…、おれは思ってはいない…、




ナナは、おれにとっては…。

この世の全てのレディ達の誰よりも…”少し”トクベツだ。



「ナス、25pパン。と…、あれ、デザートってナミちゃんのミカン畑のミカン使うんだっけ。」
「ん。ほらよ、…ああ、ナミさんが今日収穫していたからな。つかナスもやめろ」

「うーん、ゼリー、シャーベット、寒天、クリームチーズあったっけ?ジェラートにしてもいいなぁ〜」
「夜には夏島の気候に入るって言ってたな」
「じゃぁシャーベットで。」

とんとんと決まって行く夜のデザート、
チラっと見た目線で横からひょい、と渡された菜箸に。
くるりと身を翻して背合わせになったナナはさっきとは反対のおれの隣に立てば無言で渡されたオリーブオイル。

お互いがお互いに、次は何をするかって工程が分かってるから手元を見ながらでもあれやこれやとお互いに調味料や食材、調理器具やらを渡し合って。
次はあの食材を切ろう、って時には既に洗って置いてあるし。
油を温めておこうと思えばコンロでは適正な温度にまで温められた油が鍋に入ってて衣をつければもう直ぐに揚げに入れる状態にまで準備されているのがイイ。

口は悪いし、脚癖も悪いが…腕は確かなんだ。

いつだったか…チョッパーが言ってた事を、今夜のメインになる魚の下処理をしながら思出した。


「サンジとナナは、まるでダンスを踊っているみたいだな!!くるくる〜って!キッチンの中でぶつかる事も無くって!二人ともまるで後ろにも横にも目が付いてるみたいだ!」


くるり、くるり、と背合わせになり、横に立ち、また背合わせ。
そして反対隣に立ち、またくるり。

チョッパーに言われてから改めて意識して見れば、ナナと立つキッチンはそこまで広くないにもかかわらずとても動きやすくて。
確かに…これはまるでワルツを踊ってるみたいだな、と思った。

カツ、コツ、とナナのハイヒールが音を立てて。おれは随分と小さくなっちまったナナの横頭を見下ろせばすかさず飛んでくるヤジ。
こいつマジで横にも目がついてんのか?

「おまえ、私に見とれてる暇があるなら手を動かせよ。」
「だぁーーれが、だれに、見とれてたって?あぁ?また縮んだんじゃねぇか?っておれは心配してやってたんだよ!」
「あぁ???テメェが伸びてんだよ!!!!縮め!!!にょきにょき伸びやがって!!!クソナス!!!塩もみして漬物にすんぞ!!!」
「あ”??おまえこそ悪あがきしてねぇでさっさとその凶器じみた靴を脱げ!!キッチンにそんなもん履いて来るんじゃねぇって何べん言わせんだよ鳥頭!」

売り言葉に買い言葉、
昔っから変わらないこのやり取りにどこか安心感を感じてしまうおれはもう末期だな、と思う。









ガキだった頃、おれより背も態度もデカかったナナ。
ケンカも勝てないし、口でもいつも言い負かされては悔しくて、それでも突っかかってはケンカして…そんであのクソジジイに二人して怒られて…。

今でも鮮明に覚えているのは、コイツがボロ雑巾みたいな服着て皮布に包んだ包丁一本持ってバラティエにやって来た頃の事。

女はココには置かない、と言ったクソジジイにナナは迷うことなくポケットから出した小ぶりのナイフで長くてふわふわな髪をおれより短いんじゃないか?ってくらいまで切り落として海に投げ捨てた光景は幼いながらに衝撃的だった。


意地っ張りで頑固なナナ。

才能に恵まれて、料理人としての腕も確かなナナ。

おれより強くて、ケンカじゃ勝てなかったナナ。

ずっと皿洗いしてたはずなのに、気が付けばナナはクソコック共から調理場に連れられていたのも気に食わなかったし…おれよりも先を歩くナナの背中をいつの間にか追いかけてて…

気が付けばアイツの真似してタバコを覚えた。


ナナ、
ナナ…、

おれの前に立ちふさがってたはずのナナは、いつの間にかおれよりも小さくなってて、クソみたいなガキだったはずなのに、髪も、あれからずっと短かったのに、ふ、と…、いつもみたいに隣に並んだ時におれはナナの頭を見下ろしてて。

ナナの怒りん坊でくるくる変わる表情は、ボー…、っと、何を考えてるのか分からないみたいな顔ばかりする様になってた。


伏目がちの目は光を宿さない…、それでも、長いまつ毛がどこか色っぽさも醸し出してて…



ナナは…”女の子”だ、と至極当たり前の事に気が付いたのはもう随分と昔の事の様に思う。


コイツの限界を感じたおれが漏らした一言でとんでもない大喧嘩をした時、いつもみたいに取っ組み合いになって、おれはナナに一度も勝った事なんてなかったのに。
その日はあっけなく終わった。


床に押し付けた薄い肩の感触は今も手に残っているかのように思い出せるし。
組み敷いたコイツの身体はとても小さかった。
掴んだ腕の細さに驚いて、このまま力を入れれば折れちまうんじゃないかって…、



ナナは、”女”で、おれは、”男だ”

もうガキの頃みたいにコイツに掴みかかるなんて出来ない、ってその時に痛感したんだ。

ナナは俺が守らなきゃ、って。



それからおれの”当たり前”だった日常は、当たり前じゃない日常にかわったんだ。

ナナにどう接していいか分からなくなった。

そしてナナはバラティエから誰からも知られる事なく、乱暴にちぎった紙に殴り書いたように一言残して消えてしまった。

おれが、ルフィ達と出会う1年前の事だった。



行方知らずになっていたナナと、もう…恐らく一生分の奇跡を使い果たしたかもしれないって思ったのはあのW7でコイツと町中をすれ違うみたいにして再会した時だ。

そして気が付けばナナはこの船で二人目のコックとしておれ達と冒険の海にとびだしてた。

いや、
おれが…もう、あの町で思わず掴んだ手を離したくなかったから…半ば無理やりにコイツを船に連れて行った、のほうが正しいかもしれないが…。













スルスルともう目を瞑ってでも卸せるな、ってくらい魚を捌けば、すかさず隣からナナの小さな手が視界に映って切り分けた切り身をナナは丁寧に骨抜きで魚の骨を抜いて行く。

皆が食べやすいように、って。特にルフィのバカは良く噛まないで飲み込むもんだからよく魚の骨を喉につっかえさせては騒ぎ散らすから。
魚料理の時はナナがいつも丁寧に骨を取る様になった。


大鍋でフォンがコトコト煮られていく音、

包丁が魚を捌いて行く音、

ナナのハイヒールの音、

二人の息使い、

そして偶にの口論…。


これがおれとナナの日常。




もう、二度と放さないって決めた、日常だ。



二人で並ぶキッチンは、おれたち二人だけの世界そのものだ。










「おおーーーい、やろーどもーー。ゆうはんのお時間だよーーーー」


間延びした何ともやる気の無い声に釣られていつも真っ先にダイニングへと飛び込んでくるのは我らが船長で、次いでウソップとチョッパーだ。

フランキーの野郎は自分の工房にでも籠ってたのか少し機械油で汚れた身体にナナが濡れ布巾を投げつけるみたいに渡してて、マリモ野郎は大あくび引っ提げてダイニングへと入って来た。

ブルック、ナミさん、ロビンちゃんが揃ってダイニングへと顔を出せば。
室内に漂う食欲をそそる香りに頬を緩ませて、おれがナミさんとロビンちゃんの椅子を順番に引いて席へと座らせれば「ありがとサンジくん」と、はぁあんっっ!!今日も麗しいぜミューズ達!!!!!!!!



「めーし!めーし!」
「めっし!!めっし!!」
「ディナー!ディナー!」

「おいテメェら行儀悪いからソレやめろって言ってんだろうが」

両手にフォークとナイフを握りしめてテーブルにがちがちと当てては待ち遠しさに騒ぐルフィとチョッパーとブルックを窘めていればキッチンから次々と運ばれてくる大皿の数々と、ナミさんとロビンちゃん用に一人分に取り分けられた料理が並ぶ。

コツコツと床を鳴らすナナの足音に、うるせぇくらいに騒がしいダイニング。

そして、ルフィの…



「なぁ〜〜!!!今日の晩飯はなんだぁーー???」








海王類のポワレとこだわりミカンのシャーベット




「ナナ〜〜〜!サンジくん〜〜!はぁ…っ、さいっこう!!」
「ふふ、今日のディナーもとても美味しいわ。」

「あっ、こらルフィ!私が取り分けるから大人しく座ってて。いい?手は膝!」
「ナナ!!!それ!!その!でっけぇところ!!!」
「ナナー!!おれも!おれも!!ソースいっぱいかけてくれ!」

両手に皿を持ってナナ、ナナ、とせがむルフィとチョッパーを尻目に、俺はロビンちゃんにワインを注いだ。
ナナがチョイスしたワインは白、
今日のメニューに合わせてのワインは女性陣に大変好評なようだ。

「ふふふ、ナナってばなんだかあの子達の母親みたいね」

とぽとぽと掲げたグラスにワインを満てしていればクスリと笑って騒がしいルフィ達の方を女神の微笑みで見つめるロビンちゃんが言った言葉に

「よせやいロビンちゃん。アイツに母性なんてもんはねぇよ」
「あら、そうかしら?」
「そう思い込んでるのはサンジくんだけなんじゃないのぉ〜〜?」
「ヨホホホ、ナナさんは素敵な女性ですよゲェッッップ、おっと失礼。」
「いやテメェはほんっとに失礼だな!!!!!」

マナーってもんがなってねぇ野郎共にほとほと呆れながらも、ブルックの言う”素敵な女性”ってのに…、バカ言え、と内心で思うも口には出さねぇ。


ルフィ達の食事の世話を甲斐甲斐しくするナナをチラリと見ればいつものボーっとした表情。
でも俺にはわかる、アイツ…今すごく楽しそうだ。





クソジジイ、俺は…もう二度とアイツの手を離さないさ。




食後のミカンのシャーベットは、ナナのだけ少し甘めに作った。