2食目

「おーーい、やろーども。成果が無いと今日の夕飯白湯だぞー」


気候は秋島。
暑くもなく、寒くもない丁度いい天気の元
このサウザンドサニー号の甲板では手摺から海に垂れる釣り糸3本。

たんこぶと痣だらけの見るも無残な顔になった我らが船長と、同じくウソップ。そしてそんな二人の間にちょこんと座るチョッパー。

昨晩遅くにちょっと目を離した隙に今日の夕飯の食卓に並ぶはずだった大きな保存用に塩付けしていたハムは見事にルフィのお腹へと消えて行って、今朝、それに気が付いたサンジに見事に制裁されたルフィとウソップは今夜の夕飯の食材調達として、この静かな海に釣り糸を垂らして早数時間…。



「つれないなぁー…」
「づれねぇなぁー…」
「ぶべばいばー…」

チョッパーが項垂れ気味に、ピクリとも反応しない釣り糸の先を見つめながら言えば、ウソップとルフィが続いて頭をガクリと垂らした。


そんな重たい空気を背負う三人?二人と一匹?を、私はブランコに座ってキーコキーコと揺れながら少し遠巻きから眺めてた。


クー、と空を飛ぶカモメの泣き声と、

ぐぅううーー、ってルフィのお腹の怪獣が唸る声。

「ナナー…はらへっだぁ…」

ちら、っと可哀そうな顔で私の方に振り向いたルフィが何か食い物…と私におねだりするんだけど、うーん…

「んーー、だって…その食い物をルフィ達がつまみ食いしちゃったからなァ〜。我々は今、中々危機的な食糧難なのですよ、船長。」
「……ナナシェフ…かくなる上は非常食の…」
「……!!??うぉああおおおい!!!ウソップ!!おれは非常食じゃないぞ!!!!!」
「ジビエか…悪くない。」
「ナナ…!!!????」

ガーーーーン!!!!ってこの世の終わりみたいな顔で絶望するチョッパーをウソップと揶揄っていればまたもや地を這うような唸り声を上げるルフィのお腹…。


「はぁ…しょーがないなぁ…、なんかおやつ作ってきてあげるよ。」

やれやれ、と呆れ気味にブランコから立ち上がれば「「「ナナさまぁ!!!」」」と湧き上がる愉快組。

愉快な三人だから、愉快組って勝手に名付けてるこの子達が私を崇め奉ってる時に何処からともなく聞こえて来たのはサンジの声だった。


「まぁーた、テメェはコイツ等を甘やかしすぎなんだよ。特にルフィ。」
「いーじゃんよ、お腹すいてるって言ってんだから。かわいそーじゃん」
「そーだ!おれは腹が減ってかわいそうだ!」
「その原因を作ったのはテメェだろーが!クソゴム!!!!!」

ボコォ!!ってまた一つ増えたたんこぶに、あーあー、って他人事のように見ながらジュボっとポケットから出したタバコを咥えて火を付ければ何か言いたげなサンジと目が合った。

「何。一本?」
「……いや別に。」

ふぅー、と肺いっぱいに吸い込んだ煙を吐き出して、なんとも煮え切らない態度のチビナスを尻目に私はタバコを加えたままキッチンの方へと足を進めれば後ろからサンジもついて来て、何、やっぱタバコ欲しいんか?って振り向けばコイツも自分のポケットからタバコの箱を取り出して一本咥えた。

なんだ、あるんじゃん。


ふぅ、と吐き出された煙はとても甘ったるい匂いだ。



「とりあえずー。なんか適当に見繕ってくるから君たちは夕飯の食材確保に専念してねー。最悪チョッパーを釣り糸に括りつけ「おぉおおい!!!!」って、のは冗談で。」
「ナナ!!!」
「チョッパーごめんごめんって、まぁ、がんばって〜」

ひらひらと手を軽く上げて降りながら私は船内へと足を進めた。







コツコツ、コツコツ、

私のハイヒールの音と、後ろから付いてくるサンジの足音。

「人に甘い甘い言う割にアンタも大概だよね。」
「うるせぇ、おれはナミさんとロビンちゃんのティータイムの準備すんだよ。」

あー、そう。と適当に返事をしながら二人してキッチンへと入って、サンジは前もって準備してたのかてきぱきと女子二人のティータイムのおやつの準備を初めて、私は私で食糧庫を覗けば随分とスッキリしてしまった棚に、ああこれは中々やばいな、と。

「……小麦粉…、卵は…いや、これは夜にとっておかねば…、砂糖、塩…、うーんアレつくるかー」

今ありそうなもので作れそうなレシピを一つ思い浮かべながら、はらぺこ達のお腹を少しでも満たせれば、と強力粉、薄力粉を手に取ってキッチンの方に戻った。




「……ゼッポリーネか?」

カチャカチャと紅茶の準備をしていたサンジの隣に持って来た小麦粉たちを置いて、ドライイーストに手を伸ばせば私の手元を見て一言サンジがこれから作ろうとしてる物を当ててきて、小麦粉なら使っていいでしょ、シェフ?とちょっと茶化すみたいに聞けばフンって顔を反らされた。

「多めにつくっとこー。あれば皆摘まむでしょ。」
「それより今日の晩飯どうする。」
「ねー、どうしよっか。冷蔵庫ン中何残ってるの?てゆーか次の島って何時着くんだろ。」
「ナミさんがさっき血眼で海図とにらめっこしてた。可愛かった。」
「あ、っそ。……って、言っても、どーせアンタナミちゃんとロビンちゃん用に食材確保してんでしょ?それ解放しなさいよ」
「バカ言え。誰が差し出すか」
「あーっそ。あっそー。」


サクサクに焼けたおいしそうなスコーンとフルーツを丁寧に煮詰めたジャムをお皿に盛りながら、方や私ははらぺこ野郎共の腹を少しでも満たせるようにシンプルな小麦粉と水と塩とイースト練って油で揚げるだけのおやつを準備しながら、まじで今日の夜どうするかなーって思考はずっと夕飯のレシピと、残り物たちを何日持たせるかの逆算大会だ。


「米はあるし…、残り物、足が速い奴から使ってピラフにでもするかなー。飯食らい達には丁度いいっしょ。」
「でたでた、オマエのその残り物突っ込んでおけばいいだろ精神。」
「は?……チビナス〜〜〜、おまえだって好きだろ〜〜??ナナ様特製残り物ぶっこみ飯。知ってるんだからな〜?バラティエではよ〜く、食べてたもんな〜?私の作ったまかないチャーハン」
「……うるせぇ。あとチビナス言うな。テメェの方がチビだろ」
「あ?テメェが勝手に伸びたんだろ。」

にょきにょき〜って、ちくしょう。

カツ、と鳴らした踵。

このハイヒールを履いてないと私はコイツの顎辺りの背で成長は止まってしまった。

性別の壁はデカい…、バラティエを飛び出した時にひしひしとぶち当たった現実と、サンジ越しに見た天井の染みは今も記憶の底に残ってる。


チビナス、チビナス、ってゼフの真似して呼んでたチビでひょろひょろだったサンジは…、あっという間に私の背を抜いちゃって。

私は「おんなをやめる!!」って口では言ったのに身体は滞りなく”女”として成長を始めてしまった時、ああ、このままじゃココを追い出されちゃう、って…毎晩、布団にくるまって不安を飲み込むみたいに声を殺して泣いてた。

サンジとの取っ組み合いのケンカも、年々力の増してくるサンジに負けないようにって必死になってたのに、あの日、あの…、みんなにうまく隠してたと思っていた確信をサンジにつつかれた時に大喧嘩したあの日、

あっけなく私はサンジに組み敷かれた。




わたしの可愛かったチビナスは、紛れもなく”男”として成長したんだ。






うん。

一目ぼれだった。多分。
当時は、どっちかって言うと可愛い子犬や子猫を見た時と同じ感覚だったと思う。

サラサラの金髪に、まんまるな頭。
同じ年代の子と比べて背が伸びるのが早かった私の肩位にしかなかったサンジ。

かわいい、すき、なんて素直に言える性格でも無い私はいっつもつっかかってくるサンジと喧嘩する事でしか接する事が出来なくて。

我ながら不器用か??って鼻で笑いそうになる。

男は女を蹴っちゃいけねぇ、ってゼフは口癖のようにサンジに言ってたけど。
いつだって私達はお互いの髪を引っ張り合いになりながらの取っ組み合いをしてた。

でも、ゼフも、サンジも…、私を蹴っ飛ばす事なんてなくて…、それがとても、自分は結局女としてココに置かれてるのかって事実にむしゃくしゃする事が多かった。

そして同時に辛かった。

女はココに置かない、という信念のゼフ。

年々女として成長してしまう自分。

ゼフが自分の娘の様に私に接してくれるのは何となく気が付いてたし、だからと言って私をバラティエから追い出すなんてことをするとは到底思えなかったけど。

なんか嫌だったんだよねー。

野郎だらけの環境に、私が気にしないとしても、周りは気を使い始めるからさ。
風呂とか、トイレとか、寝室とか…、
荒くれもののアイツ等に、気遣い、なんて上等な事は出来ないけど
なんとなく…私に対して気を使っているような節は垣間見えて、ごめん、って思ったもんなぁ。



まぁ、それが色々と爆発してバラティエを飛び出して行ったわけだけど。


色んな船を転々として気が付けば偉大なる航路にまで入っちゃって…ふふ、ほんと…運がいいんだか悪いんだか……。よくココまで生きてこれたわってつくづく思うよ。うん。



のらりくらりと行き着いた先、美食の街プッチにて根を下ろそうと。
働かせてもらっていたレストランの買い出しで一人、近郊のウォーターセブンへ出かけた時…私とサンジは再会した。


サンジ、海賊になってやんの。

びっくりだよね、

でも、そうだね、おまえ…オールブルーを信じていたもんね。

オールブルーはあるんだ!ってキラキラした目で話してたのめちゃくちゃ可愛かったなぁって、ちょっとニヤけてしまった。





「なんだニヤケて気持ちワリィな」
「オマエのグル眉ほどじゃないよ」
「あ”」
「なに?やんの?あ?」


可愛くないな、って。

今のサンジは可愛くない。


私も、昔っから可愛くない。


可愛くない私は、サンジに”女の子”として接してもらえない。


ナミちゃんや…ロビンみたいに…私も…、って、いやいやいや、想像したらちょっと鳥肌立った。うん、無し。




今のサンジは…、













「……ナナ!!!!!おまえ、ナナだろ!!!!」
「え…、っと、え、サン…、ジ…??」


ウォーターセブンの町中で、すれ違うみたいにお互い通り過ぎて行った時に感じた懐かしい匂いに振り向く前に掴まれた腕、

振り返った先に見た、サンジは…、



可愛くなんてなかった。






「んー、あとは発酵待ち〜」
「じゃぁな。おれ様は麗しの女神達へ優雅なティータイムの提供だ」
「おーおーさっさと失せろやグル眉野郎め」

ケッ、って私を横目で流してからキッチンをワゴン転がしながら去って行くサンジ。

ポツンと一人残された私はダイニングの方へと移動してソファにドカッと上品の欠片も無く大股開きで座り込んでからまたタバコに火を付けた。



静かなダイニング、煙を吐き出した時にぼそっとでた…、



「…サンジの特性おやつ…私も食べたいなぁ…」



ナミちゃんと、ロビンの為だけのおやつ。


”私も一つ頂戴”

たったその一言が可愛くない私からは出てこないんだから困ったもんだ。


ふぅ、と煙を天井にむかって吐き出して目を閉じた。



そして誰に聞かれる訳もなく、静かなダイニングの天井に煙と一緒に消えていくのは私の声だ。







「…サンジが…かっこ良すぎて、しんどい」



サンジはもう可愛くなんて無い。






かっこいい…。




この想いはもうずっと私の中でくすぶったまま。

サンジが好き、って、

言えるほど度胸も、愛嬌も私には無い。






















「ほぉーら、はらぺこ共〜!おやつだよーー」


大きなバスケットの中には揚げたてのゼッポリーネの山片手に甲板へと出れば、なんだかちょっとは成果があったみたいでルフィ達の傍のバケツにはイカやタコ、そして小さな魚が数匹。


「ナナ〜〜…、おで、おなかぺこぺこだ…、今日の夕飯…、たべれるかなぁ…、」
「ふふ、チョッパー達がちょびっとがんばってくれたからね〜、まぁ、なんとか食材かき集めてみるよ。」

ほんとか!!!って目をきらめかせたチョッパーの前に山盛りに作ったゼッポリーネのバスケットを置けばルフィやウソップ、そしてブルックやフランキーがやって来て、ゾロはお昼寝中。



「今日の晩御飯はナナ様特製!残り物かき集めピラフかな!!!」


とりあえずはコレを召し上がれ!と、両手を広げれば海の方からザッポーン!!!って大きな魚が飛び跳ねた。


「「「「……!!!」」」」
「や、やろーどもーーー!!!!!!!!あれ!!あいつ!!!仕留めよう!!!!!!!」



口ン中いっぱいにゼッポリーネ詰め込んでリスみたいになったルフィが飛び出して行ったのを皮切りに皆で手摺の方に駆け出して行った。


今日の夕飯は何とかなりそうだ!












残り物の意地っ張りピラフと謎魚の丸焼き






「サンジーーー!!!!!なんかデッカイ魚仕留めた!!!!!」
「おー!!でかした!!!野郎共!!!」
「いや私は野郎じゃないけどね」


おー!!って感動してるサンジに頭ぐりぐりーーってされたの、


ちょっとキュンってしてしまった…、

今夜はちょっとウソップに酒でも付き合ってもらおうって思いました。










「ウソップ、ウソップや…、今日な、1か月ぶりくらいにサンジに触られたよ…頭、ぐりぐりーって…はぁ…しんど……好き…」
「いやお前…俺に言ってどうするよ…サンジに言えよ…好き、って…」
「……私に、死ね、と……?」

「もうお前らめんどくせーよ…」