拾 頼られるってのはいいものだね
朔が現世を訪れてから早くも二週間が経過しようとしていた。
本業の浮遊霊回収業務は朔なりのペースで進めており、一日平均して五人以上の浮遊霊を回収していた。
ポアロで心霊スポットなどの情報収集し、空いた時間を利用してそこを訪れたり、宅配業者と夜間警備員の仕事の傍ら、建物内の浮遊霊の捜索・回収を行ったり……。そういった日々の中で、自らに課せられた任務を順調にこなしていた。
因みに、回収する浮遊霊の死因のほとんどが他殺である。
声を掛けるたびに「俺を殺したアイツを捕まえてくれ!」だとか「復讐させてくれ!」だとか、そういった類のことを鬼の形相で言われ、朔は正直うんざりであった。まあ結局はその根気に負け、あの女性の時のように記録を頼りに電話ボックスから警察に犯人の声を真似た声で通報してやるのだが。
副業として掛け持ちしている三つのバイトも少しずつ慣れ初めていた。仕事先での人間関係もおおむね良好である。現世の人がこんなにいい人ばかりだなんて思わなかった、というのが朔の本音だ。
だがそれと同時に、ここが日本一殺人が多い米花町だということを思い出し、表向きは良好でも裏ではどう思われているのか分からないところに人間の恐ろしさを感じるのだった。
***
さて、今日は土曜日。朝から夕方ごろまでポアロ、その後宅配業者のバイトが入っており、夜はいつもの通り浮遊霊回収の本業が待っている。今日も今日とて変わり映えしない忙しい一日だ。
せっせと接客していると、厨房にいた梓が切羽詰まったような顔で朔に言った。
「朔君! ごめん、買い物行ってきてくれる?」
「いいッスよ! 何買ってきます?」
「アイスクリームと牛乳お願い!」
「了解。ぱっと買ってきますね」
梓のお願いを聞き、朔は笑顔で了解する。エプロンを外し、行ってきます!と元気よく店を出た。いつも買うメーカーの商品を頭に思い浮かべながら、目的のスーパーへ急ぐ。今はちょうどお客さんが少ない時間帯ではあるが、アイスクリームや牛乳が使われているメニューの注文が絶対に入らないと言い切れるわけではない。もし入ってしまえば客を待たせる形になる。朔としても、それだけはなんとか避けたかった。
完璧に安全に配慮した上で小走り気味にスーパーへ駆け込み、目的の品を手早く購入して、ポアロへ急ぐ。
「大通りからの方が近いかな」
少しでも近い道を行こうと、来た道とは違う道を通ることにした。午前中とはいえ土曜日。人通りはそれなりにある。誰かにぶつからないよう配慮して先を急いでいく。その時。
「ひったくりよ!」
急に若い女性の叫び声が耳に飛び込んできた。周りの人も聞こえたのだろう。人通りが多いのも相まって、なんだなんだと動揺が広がる。ついでにそのあたりにいた浮遊霊たちも周囲を見回していた。
声のした後方を振り返ると、帽子とサングラスをかけた、いかにもな男が女性ものの鞄を持って人を押しのけながらこちらに走ってくるのが見える。その男の数メートル後方におそらく女子高生くらいだと思われる少女がふたり、男を追いかけていた。そのうち、短い茶髪で活発そうな少女とぱちり、目が合う。
「そこのニット帽のおにーさーん! その男捕まえてー!」
少女は手を振りながら大声で叫ぶ。周りの視線がちらちらと朔へ向けられる。どうやら、ニット帽を被った人物はこの場に朔以外居ないようだ。
「……仕方ないなあ」
やれやれといった風にため息を吐く。本当はこっちも急いでいるのだが、指名されてしまっては見逃すわけにいかない。よかった念のためアイスクリーム用にドライアイス貰っておいて。思わずふふ、と笑みが零れそうになる。やはり、誰かに頼りにされているという感覚が朔はとても好きで、その久しぶりの感覚がどこか心地よかった。
朔は右手に持っていたレジ袋を足元に置いた。男はもうすぐそこまで迫っている。
「どけ!」
男は焦ったように朔を押しのけようとする。
そのかき分けるように前に伸ばされた左腕を避けるようにさっとしゃがみ、足払いをかけた。男はバランスを崩し、前のめりに顔から地面に着地。痛みに耐えるような男の声が聞こえ、そのまま悶絶していた。かなり痛いだろう。流石に鼻の骨は折れていないだろうが、鼻血くらいは出ているかもしれない。
男が逃げないように取り押さえ、その隙に男の右腕からさっとバッグを回収すれば、周りからおおと歓声が上がった。追いついた少女にバッグをひょいと渡す。
「これでよかったかな」
「はい! どうもありがとうございます!」
バッグを受け取った黒髪ロングの少女は朔にお礼を言って、安心したように顔をほころばせた。そのほっとした表情を見て朔もよかったと息をつく。
一方髪の短い少女は腰に手を当てて、取りおさえられて地面に転がっている男に向かって悪態をついていた。随分と強気な少女らしい。元気があっていいなと朔は苦笑しながら思う。
ふと見ると、誰かが呼んだらしい警察官ふたりがこちらに向かってきていた。朔は地面に置いていたレジ袋の存在を思い出し、慌てたようにさっと持ち上げる。
「警察の方へはおふたりだけで十分ですよね。すみません、少し急いでるので失礼します!」
「あ、ちょっ……!」
「次からは気を付けてくださいね!」
朔は呼び止める少女ふたりにひらひらと手を振り、その場を急いで後にする。折角近道を使ったのに予想外に時間を食ってしまった。いくらドライアイスがあるとはいえ、アイスクリームと牛乳だ。出来れば早めに冷蔵庫に納めてしまいたい。先ほどよりもスピードを上げ、ポアロへ急ぐ。誰かの役に立った後だからだろうか、足取りが先ほどよりも軽く感じる。鼻歌でも歌いだしそうだ。
「ただいま戻りました!」
「お帰り、朔くん」
「すみません梓先輩、結構時間かかっちゃって」
「大丈夫。急に頼んだのは私の方だし、気にしないでいいよ」
上機嫌のままポアロへ飛び込めば、梓が迎えてくれた。レジ袋を片手に厨房へ向かい、冷蔵庫にテキパキと購入したものを収めていく。その様子を見ていた梓が不思議そうに朔に尋ねた。
「朔くん、なんだか機嫌よさそうだね。何かあったの?」
「へへ、ちょっと人助けを」
朔は白い八重歯をちらりと見せて嬉しそうに笑った。
***
「ねえ蘭、ひったくり捕まえてくれたあの人、結構イケメンじゃなかった?」
警察官にひったくり犯が連れて行かれてしまってから数分後。ふたりは本来の目的であるデパートへ向かいながら、茶髪の少女が黒髪の少女に楽しそうに話しかける。その瞳はきらきらと輝いていた。
「高身長で金髪でさー!」
「もー園子ったらそればっかりなんだから」
黒髪の少女――蘭は呆れたように小さく笑う。すると蘭は何かを思い出したかのように「あ」と小さく声を漏らした。それを聞いた茶髪の少女――園子は不思議そうに問いかける。
「どうかしたの?」
「あの男の人の名前、聞きそびれちゃった……お礼したかったのに」
「あーそういえばそうね……。ま! この町にいるならいつか会えるでしょ!」
少し残念そうな蘭を他所に、園子はお気楽にからからと笑った。