拾参 泥棒と警備員



「あの草なんだか泳げそうー、ホントは泳げないー、がくーがあるのに花が無い、しっぱーいさくでしょうー」

 現世。時間は真夜中。
 警備員のバイトの真っ最中、朔はかなり懐かしい歌なんかをふんふんと口遊みながら、懐中電灯片手にとある会社の廊下を歩いていた。

 いつものように副業の片手間に取り掛かった本業だが、今日はかなり調子が良かった。仕事を始めて二時間かそこらで五人も捕らえたのである。豊作だ。
 捕まえた男女五人は皆この会社の社長に恨みがあるらしく、死因はみんなそろって自殺か過労だった。社長のことがあまりに許せなくて、死んだ後も職場であったこの会社に未練がましく留まり続けていたんだとか。何したんだ社長、と思わず遠い目になったのは言うまでもない。

 五人とも最初は「ここで捕まるわけにはいかない」だの「社長許すまじ」だの言って朔について来ようとしなかった。だが必死で「社長のことは後で俺が何とかするから」となだめすかし、なんとか捕まえてきたのである。今では五人仲良く縛られて、朔に引っ張られながら生前の愚痴に花を咲かせているようだ。
 次々溢れて止まらない社長や会社の愚痴を聞きながら、内心朔は社長の死後裁判が楽しみだなとぼんやり考えていた。彼らの愚痴の内容を聞いて、何してんだ社長……と微妙な気持ちにはなるが。

「さて、ここが最後の部屋かな」

 腰にぶら下げた鍵を取り出して右手で鍵穴に差し込んで回した。軽い音がして鍵が解錠されたことを音で確認し、扉を開ける。

 だが開かない。

 思わず朔は首を傾げる。視線は扉のノブに向けたまま、静かに頭を回し始めた。
 
「今鍵を開けたはずなのに開かなかった、ってことは……元からこの扉は開いていた、ってことだよな……。もしかして、最後の戸締りの人がうっかり閉め忘れたのかな」

 そう結論付けて、もう一度鍵を回せば今度こそ扉が開いた。
 さあてもうひと踏ん張り、と中に入る。

「「あっ」」

 声が重なった。朔のものと、もうひとつ別の声が。
 聞きなれないその声の持ち主は朔の目の前に立っていた。

 ――いかにも泥棒ですよといった風貌で。

 手袋をはめた男の手にはご丁寧にダイヤル式の重そうな金庫がすっぽり収まっている。
 大きく目を見開いて、ばっちりふたりは目を合わせていた。

 すると次の瞬間、男は弾かれたように窓に向かって走り出した。窓から飛び降りるつもりらしい。
 短絡的な男の考えを瞬時に察した朔は、左手に握っていた懐中電灯を素早く右手に持ち替えた。自由になった左手でポケットに入っていたボールペンを手探りでつかむ。そしてそのまま、ダーツの要領で男の方へ向かって放った。

 放たれたボールペンは尋常じゃない速さで空を切る。
 ヒュッと、まるで銃弾の様に男の左耳を掠めた。

 ピシリと鋭い音がして、ボールペンは男の目の前の窓ガラスに突き刺さる。
 窓ガラスには刺さったボールペンを中心に、放射状のひびが入っていた。

「ヒッ……!」

 男が恐怖で息を飲む音が聞こえた。わずかに動きが鈍る。その隙を朔は逃がさない。

 素早く加速し、右手に持っていた懐中電灯を左手に持ち替え、後ろから思い切り男の首に叩きつけた。
 懐中電灯は見事に折れ、辺りは一瞬闇に包まれる。その直後、どさりと崩れ落ちる音。

 しばらくして、ぼんやりと月明かりで状況を把握すると、どうやら男はくたばったようである。朔は小さく息を吐いた。どっと肩の荷が下りたような心地がする。使い物にならなくなった懐中電灯だったものを近くの机にとんと置いた。

 一部始終を見ていた亡者五人は「なんだ今の!」「窓ガラスにボールペンが刺さってるなんて、ありえないわ……」「マジかあんた! すごいな!」と口々に思ったことを思ったまま言葉にした。まるでショーでも見てる気分だったんだろう。呑気なもんだなと朔は呆れ気味に目を細める。あまりにも騒ぐ彼らを、いいからちょっと落ち着けとなだめた。

 すると朔は、目の端にひらりと動くものを捕らえた。
 視線でそっと追いかけると、その先にいたのはふたりの具象神。察するに、ここで倒れている男の担当なんだろう。ふたりは目下の男を見ると、あからさまに呆れた顔をしながら記録を取り始めた。女の具象神に至っては舌打ちをしている。……どうやら男は今回の犯行が初めてでは無いらしい。

 気絶した泥棒。呆れ顔で記録を取る具象神。興奮冷めやらぬ様子で騒ぐ亡者五人。そしてひとり冷静な朔。どうしようもないカオスである。
 戸惑いがちに頬を掻く朔は、ううんと唸りながらつぶやいた。

「とりあえず警察、かな?」


***


 思ったより早く警察は到着した。

 くたばっていた泥棒は警察が来るまでピクリとも動かなかったため少し心配していたのだが、命に支障はないと告げられ朔はほっと一安心であった。これで被害が出ていたらあの世で始末書モノだっただろう。いや、勿論この世でも色々罰せられるだろうけども。

 因みにボールペンが刺さった窓ガラスに関しては、到着した警察官に二度見……いや、三度見された。よっぽど珍しかったらしく、中には写真を撮ってる人もいたくらいである。
 
 朔の上司である鬼灯はノーモーションで投げたボールペンを大理石に突き刺すような男であったから、朔自身特にこれが凄いともなんとも思っていなかったのである。だから「これ……あなたが?」と信じられないものを見るような目で警官のひとりに尋ねられた時は、ひきつったように乾いた笑い声を漏らす他なかった。

 窓ガラスの修理代は一応朔の給料から引かれるらしいが、泥棒を逃がさないための咄嗟の行為であると認められ、大分お手頃な値段になっているらしい。ボールペンを突き刺した後で窓ガラスの修理代のことに気付いた朔は、正直助かったと胸を撫でおろしていた。

 警察からの一連の事情聴取が終わり、そろそろ帰ろうかという時に誰かが朔の名を呼んだ。声がしたほうを見れば、そこに立っていたのは警備会社の上司の男である。なんでこんなところに、と朔は思わず目を丸くした。上司の男は朔を見つけると、まるで花が開くように顔を輝かせて歩み寄ってくる。

「いやあ朔くん! お手柄だったらしいじゃないか」
「たまたまですよ。俺は別に、そんな」

 どうしてここに来たのか問えば、バイトである朔が泥棒を捕まえたらしいと聞いて飛んできたんだと。朔より背が低い小太りな人のよさそうな顔の上司の男は、笑いながら朔の背中をばしばしと叩く。朔はなすがまま謙遜するような笑みを浮かべていた。

「それにしても君は本当に優秀だね。正式にうちに就職する気は無いかい? 確かフリーターらしいと聞いたが」
「嬉しいお誘いですけど……すみません」
「そうか……。ま、もし気が変わったらいつでも言うといい」

 申し訳なさそうに言う朔に明るく笑って返す上司の男。朔は内心申し訳なさでいっぱいだった。

 フリーターは仮の姿である。本当の姿は、この世の人間に見せるわけにはいかないのだ。人ならざる者の証である頭頂部の二本角を隠すように、被っていた帽子をぐっと深めに被る。表情が曇っている朔を見て、上司の男は思い出したように話題を変えた。

「そういえば朔くん。君、今度の日曜は予定は空いているかい?」
「今度の日曜、ですか? 午後からなら空いていたと思いますけど……」

 スケジュールを思い出しながらぼんやりと言う。するとそれを聞いた上司の男はにこりと笑った。対する朔は何も察せていないようで、まばたきを繰り返すばかりである。

「是非君に任せたい仕事があるんだ」
「俺に任せたい、仕事?」

 上司の話を聞くに、日曜日に指定された博物館に行けばいいとのことだった。もっと詳しいことを聞こうとすれば、実は上司の男も詳しいことはよく知らないんだとか。なんでも、警備会社の上層部から「優秀な警備員を集めてくれ」と言われただけらしい。説明不足過ぎる。だが特に断る理由も無かった朔は、ふたつ返事でその仕事を請け負った。

 元"あの世一の雑用係"は仕事を選ばないのである。


***


 なんだかんだで日曜日。

 事前に言われていた博物館に指定された時刻より少し早めに訪れれば、見たことないほど警官や警備員がごった返していた。しかも館内に入る際のセキュリティチェックも入念。正直、建物内に入るのも一苦労なぐらいだ。
 
「なんなんだこれ。誰かお偉いさんでも来るのか?」

 だとしたら、入館前セキュリティチェックと称して顔を思い切り引っ張られたのは一体何の意味があったんだろう。そんなことを考えながら引っ張られて赤くなった頬をさすりながら館内を進んでいると、思わぬ見知った顔を見つけた。相手もそれに気づいたらしい。ぱっと表情を明るくして向こうの方から声をかけてきた。

「朔さん!」
「園子さん。それから蘭さんに、コナンくん。奇遇だね、こんなところで」
「朔兄ちゃん、こんなところで何してるの?」

 こてんと首をかしげてコナンは問いかける。なるべく目線を合わせるように軽く屈むと朔は答えた。

「警備会社の上司にここに来るようにって言われたから来たんだけど……凄い人だね。今日何かあるの?」

 周囲を見回しながら思ったことを素直に口にすると、三人は驚いたように固まった。それから恐る恐るといった風に蘭が口を開く。

「……朔さん、何も聞かされてないんですか?」
「上司にはここに来るようにとしか言われてないから、詳しいことは何も」
「じゃあ、ここで今から何があるかも……?」
「? 何かあるの?」

 きょとんとした顔で答えれば、三人は驚きを通り越して信じられないといった風に表情を変える。
 すると園子は腰に手を当てて、呆れたような顔で言い放った。

「今日はね、キッド様が来るのよ! 鈴木財閥が所有する宝石を盗むためにね!」