拾漆 目元がよく似ている



「元凶、ですか」

 予想していなかった重い言葉が飛び出し、朔は少し意外そうに目を丸くする。
 そんな朔を見て盗一はわずかに眉を下げ、どこか寂しさを滲ませたような微笑みを浮かべた。

「あまり長々と話していても仕方がありません。端的に、まとめて話しましょうか」

 そう言って彼は話し始めた。

 世界中に散らばるビッグジュエルの中の一つに隠された、不老不死を持たらすという奇跡の宝石"パンドラ"。
 それを巡る、とある組織と怪盗キッドの関係。
 初代キッドである盗一の死後、時を経てキッドは息子の快斗に引き継がれたこと。
 彼は父親の敵を取るために、今もなお"パンドラ"を探して怪盗キッドとして盗みを働いていること。

 彼の話は傍から見ればまるで突拍子もないことばかりであったが、彼の低い声と落ち着いた口調も相まってすっと頭の中に入ってきた。
 彼はカウンターに置かれたコーヒーカップへ目線を落としたまま話を続ける。

「私にもしものことがあったときは息子にキッドを託せるように、彼の部屋に仕掛けを施してくれと頼んだのは他でもなく私です。その時は単なる『もしもの時の保険』としか考えていませんでしたが、実際にそれは現実となった。私はこの世を去り、息子は私の後を継ぐような形で二代目キッドとなりました」

 淡々と語る盗一の話を朔は黙って聞いている。栞はコーヒーを淹れながら、どこか複雑そうな表情を浮かべていた。

「鬼灯様に連れられて、閻魔殿の浄玻璃の鏡を通して息子のキッド姿を見た時、正直涙が出そうなほど嬉しかった。でも、それと同時に胸が痛むんです。……キッドは、高校生の彼に背負わせるには重すぎるのではないかとね」

 形のいい眉が悩ましげにぐっと寄せられた。

「彼がキッドを継ぐには力不足と言いたいわけではありません。息子が私の敵を討つために、自らの意思で"パンドラ"を探していることも知っています。……わかっていても、考えてしまうんです。『私が彼を危険なことに引き入れてしまった』『私が巻き込まなければ、息子は普通の高校生活を送ることが出来たのに』……なんて。彼にキッドを託したのは自分なのに、どうしたってこの思いは消えない」

 盗一は自嘲気味に言葉を吐き出した。机の上で組まれた手に、わずかながら力が入る。

「だから決着がつくまで、息子が怪盗キッドとしての役目を終えるその時まで、傍に居ようと決めたのです。私には、彼の全てを見届ける責任がある」

 そこまで言って盗一は「ああ」と思い出したかのように言葉を続けた。

「もちろんこのことを鬼灯様も知っていらっしゃいますし、きちんと現世への渡航と長期滞在の許可も頂きましたから、その点はご心配なく」

 ほら、と盗一は現世ビザを取り出して見せてきた。それを手に取り、きちんと本物であることを確かめた朔は静かにそれを盗一に返す。

「なるほど……やっとわかりました。だから盗一さんあの時、キッドの現場にいたんですね。息子さんの仕事を見守るために」
「ええ。そういうことです」

 盗一はまたいつも通りの優しい笑みを浮かべてコーヒーを口にする。

「じゃああの時、部屋の周りに結界が張ってあったのは……」
「私が張ったものです。やり方を栞さんに教えていただいたんですよ。満足にものを触ることも出来ない、この世の住人でない私がしてやれるのは陰からそっと見守ることと、術対策くらいですから」

 盗一がちらりと栞に目配せすると栞はぱちんとウインクをしてきた。栞直伝ということならば、効果は抜群なのだろう。盗一さんマジシャンだから器用そうだし、のみ込みも早いんだろうなとぼんやり思いながら、朔もコーヒーカップに口を付けた。

「それで、盗一さんがサポートしてるってことを、快斗くん……息子さんは知ってるんですか」
「いえ、全く知りませんよ。私はあくまで彼が気づかないようにそっと手助けしていますので。私がこの世にいることすら知らないはずです」
「あの……じゃあ尚更、ここにいて大丈夫なんですか? 息子さんすぐ傍にいますけど」

 ちらりとテーブル席の方に視線を送りながら朔は言う。高校生ふたりは相変わらずこちらの様子を気にすることなく会話を続けているようだ。すると栞が「その点はご心配なく〜」と得意げに言いながら人差し指を立てた。

「この建物自体に『個人の認識を薄める』術をかけてあるからねぇ、普通の現世の人にはまず幽霊や妖怪は気づかれないよ〜 『誰かいるな』くらいの感覚はあるけどねぇ」
「なるほど、そういう仕組みなのか」
「お客さんのプライバシーはちゃんと守るよぅ。もちろん、盗一さんもね〜」
「さすが栞さん……」

 はは、と朔は乾いた笑いを零す。ここまで来るともうなんでもありだな……とぼんやり思っていた。「頼りにしてますよ」と言って口元を引き上げる盗一と、「任せといてください〜」と笑う栞を見て、朔はカップに口をつけながら、ふとある疑問を抱く。

「すっかり聞きそびれてたんですけど、おふたりってどういった関係なんですか?」
「あれ? 言ってなかったっけ? 私盗一さんの愛人なんだ〜」
「!?」

 ブフッとコーヒーを吹き出す朔。
 それを見た栞は、まるで悪戯に成功した子供の様にからからと笑った。

「あはは! 朔くん面白いねぇ、冗談だよ冗談〜」
「な……!?」

 驚きに満ちた顔で口からだばだばとコーヒーを零す朔を見て盗一は補足した。

「残念ながら彼女は私の愛人ではありませんよ。気の許せる友人であり、信頼できる協力者です。私が生前からの……ね」
「で、ですよね……あーびっくりした。変な冗談やめてくださいよもう……」
「ごめんごめん」

 じとっと睨みながら濡れたテーブルや口元を拭う朔と、笑って謝る栞。ふたりのやり取りを見ていた盗一はふふふと上品な笑いを零す。

「はじめてこの店に訪れたときに、すっかり話がはずんでしまいまして……それ以来彼女とは仲良くさせていただいているんですよ」
「えっと、因みに初めて会ったのってどれくらい前ですか?」
「……どれぐらい前でしたっけ」

 盗一は栞に尋ねる。うーんと考える仕草を見せた後、栞は答えた。

「確か快斗くんが生まれる前ですから……十八年とかですかねぇ」

 それを聞いて朔は驚いた。
 鬼や妖狐などの妖怪と違い、人間の寿命はそれほど長くない。そんな人間にとっての十八年は、人生のかなり長い時間を占めるはずだ。

「そんなに前から……」
「ああ、もうそんなに経ちますか……時間が経つのは早いものですね」

 朔の言葉を聞いて、昔を思い出すようにしみじみと盗一は言った。

「それで、『友人であり協力者』ってことは……栞さん、盗一さんがキッドだったころから何か手伝いを?」
「そうだよ〜 私がしてたのは主に魔術対策かなぁ。魔術に妖術で対抗するってのも不思議な話だけどねぇ。頼まれたからにはしっかりやったよ〜」

 おかわりいる? と尋ねる栞に、お願いしますと朔は答えた。

「なるほど魔術対策か……って、あれ? 盗一さん、その頃にはもう栞さんが普通の人じゃないって知ってたんですか?」
「なんとなくではありましたけどね。彼女のまとう雰囲気がどことなく普通とは違った感覚があったので、思い切って尋ねたんです。『半妖で妖術が使える』って答えが返ってきて驚きましたよ」
「私だって驚きましたよぅ。店に来て三十分もしないうちに『もしかして栞さん、普通の人間じゃなかったりします?』って聞かれたのなんて初めてですから〜」
「そりゃ驚きますね確かに」

 出会って三十分も経たない人間にそんなこと言われたら誰だって驚くだろう。半妖だということをあっさり教えてしまう彼女も彼女だが。
 慣れた手つきでコーヒーを用意しながら栞はそれにねぇ、と言葉を続ける。

「私が妖術が使えるってわかった途端に『協力していただけませんか』って言って、自分が怪盗キッドであることを話し始めた時はさらに驚いたよね〜」
「そんな単刀直入な感じだったんですか! 大胆ですね盗一さん」
「初対面の彼女を巻き込むのは少し抵抗がありましたけど、その場で見せていただいた術の腕が素晴らしくて……背に腹は代えられないと思ったんです」
「私もその真剣そうな様子を見てたら断れなくてねぇ」

 かしゃんと控えめな音を立てて、朔の目の前に新しいコーヒーカップが差し出される。

「それで、そのまま私は盗一さんの協力者のひとりとして色々手伝ってたってわけさぁ。ご理解いただけたかな? 朔くん」
「もちろんです。お二人とも、何も知らない俺のために一から十まで話していただいてすみません」
「いやいや、私も久しぶりに昔を思い出して楽しかったですよ」

 お気になさらず、と盗一は朔に言った。
 ちらりと時計を確認すれば、思っていた以上に時間が経過していたことに気付く。バイト先に休みの連絡をしておいてよかったと朔は内心思った。

「さて、これで大体すべて語りつくした感じだけど……朔くん、他に何か聞きたいことは?」
「流石にもう俺は十分ですよ。正直既に頭がパンクしそうで……」
「それもそうかもねぇ」

 困ったように笑う朔を見て、栞もつられるように微笑んだ。

「色々話聞いて、盗一さんが凄く息子さんを大切になさってるって知って、なんだか羨ましくなりましたよ……」

 若干不貞腐れ気味に、あーあと溜息まじりにカウンターに頬杖をついた。

「俺にも盗一さんみたいな子供思いのお父さんが居たらなあ」
「おや、貴方にはいるでしょう? 立派で素敵な父親が」
「……言っときますけど、俺は生まれてからアイツのことを父親だと思ったことは一度もありませんから」

 今にも舌打ちが飛び出しそうなほど嫌悪感むき出しで言う朔に、思わず盗一は笑みをこぼした。

「親子の形はひとつじゃない。人の数だけあるものですよ」
「それには俺も同意します。……でもやっぱり、羨ましいことに変わりはないですよ」

 ゆらゆらと立ち上る湯気にふうと息を吹きかける。

「俺、なんだか話してみたくなりました。盗一さんの息子さんと」
「それは嬉しいことを言ってくれますね。私としても、あなたが息子の友人になってくれると嬉しい」
「あーでも、話しかけるきっかけとか、ちょっと難しいかも。後ろにいるにはいますけど、住んでる町も違うし……」
「なあに、話すきっかけなんてなんでもいいんですよ」

 盗一はすっと右手の人差し指を立てる。スリー、ツー、ワン、静かにゆっくりとカウントした次の瞬間。

 ――ボフン!

 音を立てて朔のフードから満開の花が咲いた。
 予想していなかった展開に、思わず目が点になる朔。

「あー! すみません! それ俺です!」

 慌てた様子でやってきたのはテーブル席に座っていた学ランを着た少年だ。

「ほんとは俺の袖から花が咲くはずだったんですけど……失敗しちゃって」

 おかしいなーと首をかしげながら快斗は朔のフードから花を回収する。

「あら、快斗も失敗することがあるのね」
「馬鹿にしてんのかてめー」

 おちょくるような口調で近づいてきた青子に、快斗は思わずむすっとした表情を浮かべた。そこで栞さんがのんびりと会話に参戦する。

「ああ、ふたりともちょうど良かった〜 この人ねぇ、最近米花町に越してきた私の友人なんだ〜 仲良くしてくれると嬉しいなぁ」
「へえ、栞さんの」

 物珍しさかふたりは少し目を丸くして朔を見た。
 当の本人は"友人"という言葉に謎のむずがゆさを覚えながらも、爽やかに笑って自己紹介をする。

「えっと……望月朔です、初めまして。栞さんとは昔からのちょっとした知り合いみたいな感じなんだ。よろしくね、ふたりとも」
「こちらこそ初めまして! 中森青子です」
「そんで俺が、黒羽快斗! よろしくな、朔さん」

 にししと笑って右手を差し出す。握手かと思って応じようとすれば、ぽんと音を立てて一輪の花が出現した。

「わ、これ手品? 器用だね」
「俺の特技なんだ!」

 嬉しそうにへへへと快斗は笑った。

「今度は成功してよかったわねー」
「うっせー、失敗するほうが珍しいっての!」

 その流れでまたやいやいと言葉の応酬が展開する。それを間近で見ていた朔は思わず吹き出してしまった。朔が急に笑い出したのを見て、ふたりはきょとんと目を丸くする。

「朔さん?」
「ああ、ごめんごめん。栞さんから聞いてた通り、ふたりとも、とーっても仲がいいんだなって思ってさ」
「「なっ……!」」

 ふたりがほぼ同時に顔を赤らめる。誰がこんなやつと!と言った言葉がこれまた綺麗にハモり、朔はまたふはっと吹き出して笑い始めた。

「そうだ、もしよかったら俺もそっちの席に座って話したいんだけど……いいかな?」
「全然! 俺も朔さんの話色々聞きて―し」
「青子も!」

 ふたりとも大歓迎な様子で朔の手をぐいと引いた。
 ちらりと盗一に視線を投げかければ、ぱちんと音がしそうなほど綺麗なウインクをよこしてくる。よろしくということだろうかと朔は勝手に解釈した。

「どうかしたの? 朔さん」
「え? ああ、何でもないよ」

 不思議そうに尋ねる快斗に、朔はぱっと視線を逸らして誤魔化す。
 手を引かれるままにテーブル席へ腰を下ろし、ふたりからの様々な質問攻めに答えているうちにすっかり時間を忘れてしまっていた。


***


 すっかり盛り上がっているテーブル席を見ながら、栞は盗一に話しかける。

「盗一さん。朔くんのフード、いつから仕込んでたんです〜?」
「この店に来た時ですよ。席に座る際に、どうしても彼の後ろを通るでしょう」
「なるほど〜 流石ですねぇ」

 謎が解けた栞は優しく微笑んで、テーブル席にいる彼ら三人分の飲み物の用意に取り掛かり始めた。