拾捌 地獄のチップとデール、現世へ行く
「キャーラーメールーてんごくぅー、あーまくて優しいねっとり感ー」
ふんふんと今となっては懐かしい歌を口遊みながら、朔はいつも通りポアロの前で掃き掃除をしていた。
人々の歩く速さも心なしかゆったりと感じる平日の昼下がり。すっかり板についた作業をテキパキとこなしていく。集めたチリをごみ袋に回収し、さてこんなもんだろうかと腰に手をあてて息を吐いた。
早速次の作業に移ろうと、箒とごみ袋を持って店内に戻ろうとしたとき、朔はふと足を止めた。何となく名前を呼ばれた気がしたのだ。もしかして気のせいか、と思いつつ気になって辺りを見回すと、数メートル先に見知った三つの人影を確認する。
「鬼灯さん。それに唐瓜くんに茄子くんも」
「お久しぶりです朔さん」
「「こんにちは朔さん!」」
現世姿の鬼灯の後ろからひょっこり顔をのぞかせたのは、ふたりの小柄な青年だ。片方は黒髪短髪でつり目、もう片方はふわふわ白髪にたれ目という容姿である。ふたりとも頭部を隠すような帽子を被っていた。
ちなみに黒髪のほうが唐瓜、白髪のほうが茄子という。ふたりは何をするにも一緒で、「地獄のチップとデール」とささやかれるほどの仲良しコンビだ。鬼獄卒(新人)である彼らは、朔とも地獄でちょくちょく顔を合わせる程度の仲である。
「ふたりとも現世にいるってことは……鬼灯さんと視察に?」
「ええ。ついでなので浮遊霊回収業務の見学でもと思いまして。アポなしですみません。何分急だったものですから」
「いいんですよ! 俺は別にそういうの気にしないんで」
律儀に謝る鬼灯に明るく笑って朔は答えた。
「わからないことがあったらなんでも聞くんだよ?」
唐瓜と茄子に向かって言えば、茄子が早速「はーい、朔さん」と言いながら手を上げた。それを見て朔はまるで教師にでもなった気分で尋ねる。
「何かな茄子くん」
「朔さん今、何やってんの?」
「はは、いい質問だね。バイトだよ。喫茶店のアルバイト」
ほら、と着ていたエプロンを見せればふたりはそろって珍しそうな声を上げる。
「本当は今日休みだったんだけど、透先輩……バイト先の先輩が急に用事が入ったみたいで来られなくなったらしくて」
「それで代わりに朔さんが」
「そういうこと」
「本当によく働くよなー朔さん。俺なら嫌になっちゃうかも」
「俺も」
ふたりがしみじみと言葉を零すのを聞いて朔は笑って言う。
「俺は仕事人間だからなあ。何かしてないと逆に落ち着かないんだよ」
「それには私も同感です」
「ワーカホリックがここにも……」
唐瓜がちらりと視線だけで鬼灯を見ながらぼそりと呟いた。
「獄卒と喫茶店の掛け持ちかあ……大変そうだなあ」
「いや、他にも宅配業者と夜間警備員のバイトを掛け持ちしてるんだ。他にも短期のやつとか増やしたりすることもあるけど……」
茄子がぼんやりと呟いたのを聞いて朔がしれっと補足する。唐瓜と茄子はそれを聞き、蒼ざめた顔でひええと悲鳴を上げた。ただでさえ忙しい獄卒の仕事に加えて複数の副業を掛け持ちするなんて、ふたりには考えられない事なのだろう。唐瓜が恐る恐る朔に尋ねる。
「朔さん、なんでそんなにアルバイトを掛け持ちしてるんですか? 別にバイトはあの世からの業務に含まれないんだし……浮遊霊回収の本業一本にしたらいいのに」
「まあ、それもそうなんだけどさ。いくらあの世で獄卒だからとはいえ、この世では無職だ。無職の男がキョロキョロしながらうろついてたら不審者だろ? だからその場にいても不自然じゃない人になるのが結果的に効率がいいかなって考えたんだ。それでいくつかアルバイトを掛け持ちしてるんだよ。業務に支障をきたさない範囲でね」
「なるほど……」
「それで、こちらのバイトはあとどのくらいで終わりますか」
「あともう一時間ちょっとですかね……」
ちらりと時計を見ながら確認する。
すると誰かの腹の虫が寂しそうな声を上げた。思わず音のしたほうを見れば、茄子が照れたように笑って頭を掻く。それを見て朔は思いついたように言った。
「そうだ。どうせなら寄っていきませんか? 平日だし、そこまで混む時間じゃないからゆっくりできますよ」
「そうですね……おやつ時ですし、茄子さんの腹の虫も落ち着かせるにはちょうどいいかもしれません」
***
どうぞと言って店のドアを開き、三人を店内へ招く。おじゃましまーすとマイペースに入った茄子が「うわっ」と声を漏らし、青ざめた顔をして固まった。続けて入った唐瓜も同様に固まってしまう。
それもそうだろう。店内はいつも通り、亡者で溢れていたのだ。
すっかり慣れた様子の鬼灯は涼しい顔をしているが、唐瓜と茄子のふたりは初めてポアロを訪れるのだ。固まってしまうのも無理もない。
「ここ、いつもこんな感じなんですか?」
青ざめた顔で言う唐瓜の言葉を聞いて色々と察した朔は、苦笑いを浮かべる。
「まあ……そう、だね。基本的にはいつも、こんな感じかな」
「ひええ……」
「こんなに亡者が多い店、俺初めて見たよ」
「一応これでも定期的に捕まえて減らしてはいるんだけど、全然減らないんだよね」
ため息交じりに言う朔の言葉を聞いて、鬼灯は口元に手を当て何かを考える姿勢を見せる。
「もしかしたら、亡者がこの店に引き寄せられてるのかもしれませんね」
「引き寄せられている?」
「はっきりとは断言できませんが……まあ大方、上に住んでいる"彼"が原因と考えた方がいいかもしれませんね」
「……あー、なるほど」
なんとなくそんな気がしていた朔はひきつった笑みを浮かべた。
気を取り直して、辛うじて空いていたボックス席に三人を案内する。唐瓜と茄子が隣合わせで座り、その正面に鬼灯が腰かけた。
「注文はどうされます?」
「私はアイスコーヒーをひとつ」
「じゃあ俺はウーロン茶で」
「俺はねー、オレンジジュースとイチゴパフェ!」
「かしこまりました」
注文を書き記し、カウンターの向こうで準備を始める。するとそれを見ていた茄子が声をかけてきた。
「朔さんが料理するの?」
「簡単なものならね。いつもなら梓先輩がやるんだけど、今買い出しに行ってて……」
その時、扉が開く音が店内に響く。ぱっとそちらを見ると、両手にレジ袋を提げて軽く肩で息をする梓の姿があった。
「遅くなってごめんね朔くん! 思ってた以上にスーパーが混んでて」
「おかえりなさい梓先輩。こっちは全然大丈夫だったから、気にしなくても大丈夫ッスよ。わざわざ走ってきたんスか?」
「だっていくら頼りになるからって、朔くんひとりに店を任せるのは……」
両手に持ったレジ袋をぐったりとした顔でカウンターに置いたところで鬼灯たちに気が付いたらしい。鬼灯が軽く会釈をすると、梓もぱっと笑顔を向けて挨拶をした。
「いらっしゃいませ! えっとあなたは確か、以前に朔くんと一緒に店に来てた」
「ええ。鬼灯と申します。こちらは唐瓜さんと茄子さん」
鬼灯に紹介されて慌てて頭を下げる唐瓜とマイペースに手を振る茄子。対照的なふたりの様子を見て、思わず梓はくすりと笑った。
そこで飲み物を準備し終えたらしい朔が、お盆をもってカウンターの向こうから現れる。
「お待たせしました。アイスコーヒーとウーロン茶と、オレンジジュースです」
そう言ってテーブルの上に並べていけば三人は口々にお礼の言葉を述べた。
残りの注文のイチゴパフェの準備をすべく、朔は再びカウンターの向こうへ引っ込む。梓はエプロンを付けつつ、朔の手つきを見て言った。
「随分上手になってきたね」
「ほんとスか?」
「うん。慣れてきたせいかな、あんまり時間がかからなくなってきてる」
「そう言ってもらえると嬉しいッス」
朔はちらりと後ろを振り返って、嬉しそうにはにかんだ。
すると、オレンジジュースを啜っていた茄子が梓に声を掛ける。
「ねーねー、梓おねーさん」
「なにかな茄子くん?」
呼ばれたのに気が付いた梓はそちらに視線を向ける。茄子は純粋に真っすぐな眼差しで、何のオブラートに包むことも無く言い放った。
「梓おねーさんって、朔さんのカノジョ?」
「「へ?」」
「わ、馬鹿! 何きいてんだこのお単小茄子!」
思わず目を点にする梓と朔。それを見て焦ったように唐瓜が大声で茄子を窘める。だが当の本人は全く気にしていない様子だ。
「だってなんか仲良さそうだし、そうなのかなーって」
「だとしてもそんなド直球に聞くアホがいるか!」
「すみません梓さん。茄子さんはこういう子でして……悪気は全く無いんです」
鬼灯が言えば、梓は大丈夫ですよ!と笑って胸の前で手を振った。そして茄子の頭をそっと撫でる。
「残念だけど茄子くん、私は朔くんとはただのバイト仲間よ」
ごめんね?と小さく首を傾げれば茄子はのんびりと「そっかー」と言った。疲れ切った様子で唐瓜が溜息を吐く。
「というか朔くん、彼女いるんじゃない? あんなにかっこいいんだし……」
「残念ながらいないッスよ」
カウンターの向こうでイチゴをトッピングしながら朔は声を上げた。パフェが無事に完成したらしく、お盆に乗せて鬼灯たちのいるテーブルに歩み寄っていく。
「今は仕事が忙しくて、とてもじゃないけどそんな暇は」
「そっかあ、バイト忙しそうだもんね」
「そうですねえ……はい、おまたせいたしました。イチゴパフェでございます」
そう言って茄子の前に置けば、茄子は目をキラキラと輝かせた。ありがとう朔さん!と言って早速スプーンを手に取る。
「それじゃ朔くん、私は裏の片付けしてるから。何かあったら呼んでね」
「了解ッス」
バックヤードに消えていった梓の後ろ姿を笑って見送る。
現在店内に鬼灯たち以外の客は居らず、空いた席で亡者がやりたい放題しているまさしく無法地帯だった。げんなりする唐瓜を他所に、マイペースに茄子はパフェに口をつけている。
「最近どうです? そっちのほうは」
「相変わらずですよ。裁いても裁いても終わらない」
アイスコーヒーを啜りながら鬼灯は言う。その眼の下にはうっすらとクマが確認できた。やはり多忙なのだろうと朔は内心思う。すると唐瓜が思い出したかのように口を挟んだ。
「そういえば朔さん、香茸さんが寂しがってましたよ。『妖精さんがいなくなった』って」
「あーそうだ。急に現世行きになったから、あの子に直接言えてなかったんだった」
朔はあちゃーと頬を掻く。
ふたりの話題に上った香茸という人物は、閻魔庁の技術課に所属する毒物専門の獄卒である。朔の友人である文彦と幼馴染であり、文彦を通じて仲良くなったのだ。人づきあいが苦手な彼だが朔には比較的心を開いている方らしく、時折薬草の調達を朔に頼むくらいの仲である。
因みに香茸は何故か朔のことを『妖精さん』と呼ぶが、その真意は誰にも分らない。
「文彦さん伝いに聞いたんだと思いますけど……朔さん、早いうちに一度帰った方がいいですよ。技術課がキノコまみれになる前に」
「あはは、そうだね。それだけは阻止しなくちゃ」
ストレス過多になると周囲にキノコを生やす彼のことを思い出しながら、朔は眉を下げて笑った。
「こちらに来るのなら、報告書の提出もお願いしますよ」
鬼灯の言葉を聞いた途端、朔はぎくりと苦い顔をして言葉を詰まらせた。
「報告メールならちゃんと毎日出してるじゃないですか……」
「こちらとしてはきちんとした書面で頂きたいんですよ」
「あー、実は……パソコンの調子がちょっと悪くって」
へらりと誤魔化すように朔が笑えば、鬼灯は察したようにため息をついた。
「相変わらずみたいですね、パウリ効果」
「いやいや、お恥ずかしい……」
「パウリ効果?」
生クリームを口の端につけた茄子が不思議そうに首を傾げる。鬼灯がさらりと説明を始めた。
「パウリ効果というのは物理学界における古典的なジョークの一つですよ。昔の理論物理学者にちなんで、ある人が機械に触れたり近寄ったりしただけでそれが壊れてしまった場合、その人物が『装置にパウリ効果を及ぼした』と言うようになったんです」
「へえー」
「それが朔さんとどういう関係が?」
「まあ要するに彼、重度のパソコン音痴なんですよ」
「そうなんですか?!」
唐瓜が意外そうに目を丸くする。鬼灯は静かに頷いた。
「ええ、昔は機械全般ダメでしたから随分良くなった方ですけどね」
「それでもパソコンだけは未だに駄目で……携帯も結構な確率で調子悪くなりますけどね」
「そういえば俺、朔さんがパソコン関係の雑用やってるの見たことないかも」
そういうことだったのかと納得しながら茄子はパフェを頬張る。鬼灯は続けた。
「パソコンを壊した人がよく言う『何もしてないのにパソコンが壊れた』は『何もしていない』ということの方が少ないくらい大体『何かしている』んですが、彼の場合、本当に『何もしてない』んです。ただエンターキーを押しただけでパソコンがブラックアウトですよ? これをパウリ効果と言わずに何という」
「言ってる場合ですかそれ……」
軽く熱が入ったように語る鬼灯を、呆れた眼差しで唐瓜は見つめた。すると、ふと思い出したように鬼灯は話題を変えた。
「そういえば朔さん、コナンくんとも仲良くなったらしいですね」
「え! あの死神小学生の!?」
「ええ、まあ」
急な話題転換に思わず朔は曖昧な返事をする。唐瓜は朔の現世での交友関係に驚いているようだ。
「少年探偵団たちとは、それなりに仲良くさせてもらってますけど」
「じゃあ、あの灰原という子とも?」
「いや、あの子とはあんまり話したことは……。俺なんか警戒されてるみたいで」
「でしょうね」
「でしょうね、って」
鬼灯のあっさりとした肯定に、朔は思わず面食らった。周囲を気にするように、若干不安げに尋ねる。
「……もしかして俺、そんなに怪しいですか?」
「いえ、そういうわけではありませんよ。彼女が特殊なだけです」
「特殊?」
思わず首を傾げれば、鬼灯はふっと目を細める。
「私の口からはなんとも。……これはただの私の予想なのですが、すぐにわかると思いますよ」
「??」
朔が頭にはてなマークを浮かべていると、バックヤードの方から梓がひょっこり顔を出した。
「朔くん、今日はもう上がっていいよ」
「え? でも時間はまだ」
「大丈夫! 安室さんが夕方から来れることになったから」
「透先輩が?」
朔は驚いて瞬きを繰り返す。急な用事が片付いたから来られるようになったとか、そんなところだろうか。ぼんやりと考えていると、梓がそれに、と付け加える。
「朔くんばっかり仕事させるわけにはいかないし、ね」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
エプロンを外しながら鬼灯たちの方へ声を掛けた。
「それじゃ俺、荷物取ってくるんでちょっとまっててくださいね」
「ええ」
ぱたぱたと慌てて朔はバックヤードに向かう。
その後ろ姿を身ながら、誰にも聞こえないくらいの声量でぼそりと鬼灯は呟く。
「大変ですね、彼も」
ずず、と音を立ててアイスコーヒーを飲みほした。
***
店を後にした四人は早速、浮遊霊回収業務にあたることになった。町を歩きながら、仕事についての説明をしていく。
「浮遊霊回収は基本的に、歩いてその辺にいる浮遊霊を回収するだけだよ。簡単だろう? まあ数が多いのが難点だけどね」
「あの、朔さん」
すると唐瓜が控えめに手を上げる。
「なにかな、唐瓜くん」
「獄卒が仕事で現世に来る時って、姿が人間から見えなくなるじゃないですか。でもなんで朔さんはずっと見えるままなんですか?」
唐瓜の質問に朔は俺もよくわからないけど、と前置きをしてから答え始める。
「仕事の時間が明確になっていないからね、見えたり見えなかったりを繰り返すよりは、ずっと見えるままのほうがいいだろうっていう上の判断だと思うよ」
「なるほど」
唐瓜は小さく納得した。すると朔たちの元へ、ひとりの男の浮遊霊が声を掛けてきた。スーツを身にまとい眼鏡をかけた、いかにも気が弱そうで顔色の悪い男である。
「金髪にニット帽の男……もしかしてあなたが、"地獄からの使者"?」
「……た、多分?」
思わず苦笑いを浮かべる朔。そんな朔の後ろで唐瓜と茄子は独り言のように呟いた。
「"地獄からの使者"って……」
「直接的過ぎませんか?」
「現世にいる亡者の間で勝手に流れている噂らしいですよ。"地獄からの使者"」
鬼灯がひそひそと補足する。そんなことは露知らず、浮遊霊の男は切羽詰まった様子で朔の肩を掴んだ。
「お願いです! 私を地獄に落としてもかまいませんから、私を殺した男を捕まえてください!」
「はい出ました! 米花町名物!!『なんとしてでも復讐を成し遂げたい浮遊霊』!!」
鬼灯の言葉を聞いて朔は盛大にため息を吐いた。唐瓜と茄子のふたりは鬼灯の勢いに押されておおーと目を丸くしている。
朔は慣れたように男から相手の情報を聞き出し、記録課に連絡する。だが今日は珍しく文彦は電話に出なかった。首を傾げる朔を見て、鬼灯が思い出したかのように言う。
「確か、第二記録課で何かトラブルがあったと聞きました。もしかしたらそちらの対応に追われているのかもしれません」
「あーなるほど。あいつ記録課でも結構上の方でしたもんね……」
朔は数年前に一週間ほど文彦と連絡がつかなかった日を思い出した。確かその時も記録課でのトラブル対応だったと聞いている。
どうしようかと迷った末に、他の記録課の知り合いに連絡し、無事に男の供述の裏付けを取ることが出来た。後は公衆電話を探し、そこからいつものように警察に連絡して終了である。
「これが浮遊霊回収の一連のおおまかな流れだよ」
男の手首をロープで縛りながら朔は言う。すると唐瓜は少し言いにくそうに朔へ胸の内をぶつけた。
「なんか、効率悪く無いですか」
「あんな奴の言うことなんて聞かないで、縛って連れてっちゃえばいいのに」
茄子もそうだそうだと唐瓜に便乗した。朔はそんなふたりを見て柔らかく目を細める。
「確かにそっちの方が遥かに効率はいいだろうね。でも、亡者たちはこれから裁判にかけられて、挙句地獄行きになる人だっているんだから、出来る限り彼らの未練は無くしてやりたい……俺はそう思うんだ。ま、流石に『日記を処分したい』って言われた時には断ったけどね」
からからと朔は明るく笑った。そんな朔を見て「流石朔さん……!」とふたりは内心思いながら目を輝かせる。
しばらく浮遊霊回収業務を続けていると、いつの間にか日は傾き始めていた。夕日が彼らを明るく照らし、影を長く伸ばす。
「さて、朔さん。我々はこれで失礼しますが、この仕事の改善点や不満など何かありますか」
手帳を開きながら鬼灯に言われて、朔はうーんと頭を捻る。数秒もしないうちに、何か思い出したのか朔はぱちりとひとつ瞬きをした。
「ひとつ言いたいのはあれですね。人員を増やしてほしい」
「ほう」
「俺のことを頼ってくれるのは嬉しいけど、流石に町ひとつをひとりで担当するのは厳しいですよ。だってよく考えてください。俺お迎え専用の鬼じゃないんで現世と地獄への移動にもすっごい時間かかるんですよ?」
「……ああ、その辺は心配する必要はありませんよ」
ぱたりと手帳を閉じ、鬼灯は平然と言い放った。その様子を見て、朔はきょとりとした表情のまま首を傾げる。
「どういう意味です?」
「そのうち分かります」
鬼灯の言うことが理解できず、瞬きを繰り返す朔。すると鬼灯は時間を確認して小さく謝った。
「すみません、もう行かないと」
「え、ええ。わかりました。今度は仕事抜きで米花町に来てくださいね三人とも!」
「はい是非!」
「朔さんばいばーい」
嬉しそうに顔をほころばせる唐瓜と呑気に手を振る茄子。朔は三人の姿が見えなくなるまで暫らくその後ろ姿を見つめていた。
***
その日の夜。浮遊霊回収業務にあたっていると、鬼灯から一本の電話がかかってきた。
『朔さん、ポアロで落し物があったという連絡受けてませんか』
「落し物ですか? そんな連絡受けてませんけど……何かあったんですか」
『ええ。実は茄子さんが現世に閻魔帳を落としてきたと言うんです』
「閻魔帳を?!」
朔は思わず大きな声を出してしまう。
閻魔帳というのは地獄に落ちた亡者の詳細(亡者の名前、罪状、何地獄に落ちたか、年数など)を記録した冊子のようなものである。原本は鬼灯や閻魔大王が管理しているが、簡易的なものが毎月獄卒に配布されるのだ。
現世の人たちにとって閻魔帳なんて一見すればよくわからないものだろうが、詳しく調べられたら流石に困る。
「大丈夫なんですか? 探すの手伝います?」
『大丈夫です。あの店でないのならば、大体の見当はついているので』
そう言って一方的に電話は切れた。
次の日の昼、鬼灯から無事発見したとの報告と、その際竜宮城に行ったということを告げられ、「なんで俺も連れて行ってくれなかったんですか!?」と電話口で大声を出し、それを見ていた梓と安室に不思議そうな目で見られたのは完全な余談である。