拾玖 木枯し吹いて



 天気のいい、土曜10時ごろ。朔はいつも通りポアロでの業務をこなしていた。

 休日ということもあってか比較的年齢層が若い店内では蘭や園子、コナンをはじめとした常連のお客さんで席の半分ほどが埋まっている。ホール担当の朔はせわしなく店内を行ったり来たりしながら笑顔で応対していた。

 今日もいつも通り、楽しく忙しい一日になりそうだ。
 ――そう思っていた朔を嘲笑うかのように、ドアベルは軽快な音を立てる。

「いらっしゃいま――」

 笑顔で入り口を見た朔はその人物を認識した途端、言葉と表情を失った。

 そこに立っていたのはひとりの女性である。

 すらりと高い背丈。腰辺りまでありそうな真っ赤な髪のポニーテール。白く美しい肌。サングラス越しでもわかる整った顔立ち。抜群のスタイルと、それを絶妙に引き立たせるような露出の高い服。町を歩けばほとんどの人が振り返るような、絶世の美女である。

 店内にいた客達も、カウンターの向こうにいた安室と梓でさえ、突然現れた彼女に目を奪われていた。それほど彼女は人の目を惹く出で立ちをしていたのだ。

 当の彼女はと言えば、店内から向けられる無数の視線を全く気にする様子を見せずにちらりと辺りを見まわす。そしてほとんど青ざめた表情に近い朔を見つけると、ぱっとまるで花が咲いたように顔色を変えた。

「朔ーー! 久しぶり、会いたかった!」

 そしてあろうことか朔に駆け寄り、思い切り抱き着いたのである。
 突然の出来事に店内は騒然であった。だが女性はそんなことお構いなしにぎゅうぎゅうと朔に抱き着く。彼女の頬はわずかに紅潮して、口角はきゅっと上がっている。朔は慌てて身をよじりながら大声を上げた。

「ばっか、離れろ!」
「えぇー? いーじゃん別に。久しぶりなんだしー」
「よくねえよ! ここどこだと思ってんだ!」
「えっと……朔兄ちゃん? その人は……?」

 ぎゃいぎゃい騒ぐふたりに、店内を代表してコナンが恐る恐る尋ねた。
 店内の誰もが朔の返答を待つ中、これでもかというほどたっぷりの沈黙の後、コナンから視線を逸らしてため息交じりに答える。

「……………………幼馴染」

 その瞬間、店内が驚愕に満ちたのは言うまでもない。


***


「こんな可愛い幼馴染がいたなんて……聞いてないわよ朔さん!」

 園子は隣に座る女性の腕に抱き着きながら朔を睨んだ。朔はと言えば隣のテーブルを拭きながら、気まずそうにそっと目を逸らすのみである。

 幼馴染カミングアウトの後、園子が持ち前の押しの強さで彼女に声を掛け、あろうことか隣に座るように促したのだ。こうして園子の隣に赤毛の彼女が座り、その正面に蘭とコナンが座るという、かなり不思議な空間が出来上がったのである。

「可愛いだなんてそんな、君たちふたりのほうが可愛いよ!」

 ニコニコと赤毛の彼女は微笑みながら言う。そして彼女は思い出したかのように、かけていたサングラスを外した。そのスタイルから想像するよりも若い顔立ちで、長いまつ毛に縁どられた黄金色の瞳が強気に光っている。

「初めまして。眉月南風(みなみ)です、よろしくね」
「南風ちゃん……名前まで可愛いなんてもう完璧よ!」

 うっとりと園子は言う。続くように蘭と園子とコナンも自己紹介を終えた。

「南風ちゃんってこの辺に住んでるわけじゃないわよね?」
「うん。ちょっとこの辺りに用があって、ついでなら朔の仕事ぶりを見ておこうと思って……来ちゃった」

 語尾にハートマークが見えそうなほど可愛らしく、南風は言った。蘭と園子はそれを聞いて黄色い声を上げる。

「きゃー! 来ちゃった、って可愛すぎ!」
「そ、そうかな」

 南風は照れたようにはにかむ。そんな彼女を見て園子は尋ねた。

「そういえば、南風ちゃんってウチらとあんまり歳変わんない? 今いくつ?」
「えっと……今17歳かな」
「じゃあやっぱり私たちと同じだね」

 同い年だということに親近感が沸いたのか、三人の距離はぐっと縮まったようである。そこでふと園子が思い出したかの様に言う。

「南風ちゃんがウチらと同い年ってことは、朔さんは年上よね?」
「そうだよ。昔から色々と優しくしてもらってたんだ」
「年上の幼馴染かあ……ちょっとドキドキしちゃうね」
「年上じゃなくても、蘭は幼馴染にメロメロなくせに」
「ちょ……園子!」

 慌てたように顔を真っ赤にしながら園子を窘める蘭。対する園子といえば全く通用していないようで白い歯を見せて悪戯っぽく笑うばかりであった。コナンはどことなく気まずそうに俯いてオレンジジュースのストローを銜えている。

 きゃあきゃあとはしゃぐ三人はガールズトークにすっかり夢中のようである。当の朔はそちらの動向を耳でチェックしながらポアロでの業務にあたっていた。知り合いが来たにも関わらずあくまで淡々と仕事をこなす朔を見て、安室はさりげなく声をかける。

「混ざらなくていいのかい? 久しぶりなんだろう?」
「あー、はい。いいです。なんかもう……面倒で……」

 そのあまりにもげんなりとした顔に、安室は困ったように笑うしかなかった。
 そうこうしている間にも彼女たちの話題は転々とし、その内朔のことについて流れ着く。

「昔の朔さんってどんな感じだったんですか?」
「あ、それ私も興味ある。朔さん昔の話とか全然教えてくれないから」
「昔の朔? そうだなあ……今でこそあんな感じだけど、昔はやんちゃで可愛かったなー」
「余計なこと言うなよ、南風」

 トン、とアイスコーヒーを南風の前に置きながら朔は不機嫌そうに言った。その表情にはどこかやつれたような雰囲気も見え隠れしている。だが南風はどこ吹く風のようだ。

「余計なことって何のこと?」
「お前……」

 ふふんと鼻で笑って、のんびりと南風はストローを銜える。朔がじとりと睨みつけても効果は薄いようだ。そんなふたりを蘭と園子は微笑ましく見つめていた。


***


「そういえばふたりに聞きたいんだけど、買い物するならどこがいいかなあ」
「買い物?」
「うん。せっかく米花町に来たんだから、町を見て回るついでに色々買い物したいなって」

 南風はアイスコーヒーを飲みながら言った。園子と蘭はぱっと顔を見合わせて嬉しそうに提案をする。

「じゃあ私たちと一緒に行かない?」
「ふたりと一緒に?」
「ええ。私たちもこれから買い物に行こうって話をしてたのよ!」
「だから一緒にどうかなって」

 ふたりの提案に南風は嬉しそうに頷いた。

「ふたりがいいなら」
「決まりね!」

 南風と買い物に行けるのが余程楽しいのか園子はにっこり歯を見せて笑った。すると南風が思い出したかのように付け加える。

「そうだ、朔も連れて行っていい?」
「朔さんも?」
「は!?」

 空いたテーブルを片付けながら三人の会話を聞いていた朔は思わず素っ頓狂な声を上げる。

「なんで俺が!」
「決まってるじゃん、荷物持って欲しいの」
「あのなあ……」

 朔はため息をつきながら強い口調で続ける。

「行きたきゃ俺抜きで勝手に行けよ、めんどくさい」
「ちょっと朔さん! 可愛い彼女に対してその言い方はないんじゃないの!?」

 雑な対応をする朔を見かねて園子はずずいと身を乗り出した。問い詰めるようなその瞳を、今の朔は直視することができない。そろりと視線をずらして朔は苦し紛れに言い訳をする。

「そもそも俺こいつの彼女じゃないし……それに俺はまだ仕事が」
「その辺りは心配しなくていいよ朔くん」

 カウンターの向こうからひょっこり顔を覗かせた安室がにこやかに言う。

「僕が君の分までやっておくから」
「え、いやそんな……」
「この間僕に急用が入ったときにシフト変わってくれただろう? そのお礼だよ」
「……でも」
「いいから、行ってきなって。折角遠い所から幼馴染がわざわざ会いに来てくれたんだから、ね」

 安室はパチンとウインクを飛ばす。彼の有無を言わさぬ笑みの前に、朔はどうすることも出来ない。安室の言葉を聞いて、便乗するように園子も捲し立てる。

「安室さんもそう言ってくれてることだし、行こうよ朔さん!」
「行ってきなよ朔くん」

 周囲から囃し立てられ、たじろぐ朔。迷った末に盛大なため息をついた。

「……わかったよ。行けばいいんだろ行けば……」
「ありがとう朔! 大好き!」

 南風は満面の笑みを浮かべて言った。