弐拾 ネタバラシと改めましてのご挨拶



 それから朔、園子、蘭、南風の四人は米花百貨店へ繰り出した。

 因みに、蘭や園子と共にポアロに居たコナンはあの後「僕宿題しなきゃ」とほとんど棒読みの調子で言って探偵事務所に引っ込んだ。その小さな背中を軽く恨めしそうに朔が見たのをコナン自身は気づいていたが、面倒なので気づいていないふりをしてさっさと退散したのは彼だけの秘密である。

 女子三人が会話を弾ませながら楽し気に買い物をする中、ひとり朔は一歩引いて後ろから彼女たちに同伴する。
 蘭や園子の話にはいつも通りに対応するが、南風に対してはあくまでも素っ気なく答えていた。南風が洋服を両手に持ちながら振り返って「どっちがいいと思う?」と聞いてくるので心底どうでもよさそうにあしらっていたら、それを見た園子に「もうちょっと真面目に考えなさいよ!」と怒られたのは言うまでもない。

「ふたりともありがとう、付き合ってくれて!」
「こちらこそ楽しかったよ南風ちゃん」

 帰りのバスの中でほくほくとした笑顔で南風が言うと、蘭がにこやかに返した。

 因みに今座っているのはバスの最後部の席である。四人ほど座れるであろうその席はほとんど買った服で埋まってしまっていた。そのため女子三人は後ろの席に南風を真ん中にして並んで座り、朔だけはひとつ前の二人掛けの席にひとりで座っている。

 休日の夕方ごろということもあってか半分ほど座席は埋まっていて、そのほとんどが四人のように友人同士で遊びに行った帰りの者であるらしい。車内のあちらこちらで談笑が聞こえていた。三人もその内のひとグループだ。余程喋るのが楽しいのか、音量は控えめにしつつ談笑している。

 朔はと言えば、散々荷物持ちをやらされたお陰か、ぐったりと疲れ切った顔で移り変わる窓の外の景色を眺めていた。

 バス停で一度停止したバスが再び動き出す。
 すると次の瞬間、和やかな車内を切り裂くように男の声が響いた。

「全員黙れ!!」

 叩きつけるようなその言葉に車内は途端に静まり返った。

 叫んだ男――深緑色の長袖ダウンジャケットを着こんだ、無精髭を生やした大柄な男である――はにやりと笑い、鞄から拳銃を取り出す。叫んだ男と一緒に乗り込んだふたりの男も仲間だったのであろう、同様に拳銃を取り出しこれ見よがしに銃口を車内に向けた。拳銃を見た乗客から僅かに悲鳴が漏れる。

「このバスは俺たちが占拠した!」

 車内に緊張が走る。男は運転手に命令し、どこのバス停に止まることも無くバスを走らせ続けたままにさせた。

 恐怖に震える車内で、男たちの動向を観察しながら朔は冷静に思考を巡らせる。男たちの持つ拳銃が本物かどうか判別が難しい以上、下手に動くことは出来ない。鬼である朔は多少怪我をしても平気だが、一般人を怪我させるわけにはいかなかった。それに、男たちの目的がよくわからないなら尚更……――

「おい、そこの一番奥に座る女。こっちへ来い」

 思考を巡らせる朔を他所に、男が銃口を真っすぐ奥の席へ向ける。銃口が向けられたのは南風だ。南風はぱちぱちと瞬きをくりかえす。

「私?」
「そうだ。何も持たずに両手を頭の上にあげてこっちに来い」

 南風がゆったりと立ち上がるのを車内全員が注目してみていた。特に両隣に座るふたりは不安そうである。南風はそんなふたりを落ち着かせるように軽く微笑んで、言われたとおりに両手を上げて男の前へ歩み寄った。男はにやりと口角を上げる。

 南風の首に手を回して彼女の自由を封じると、銃口をぴったりとこめかみに当てた。

 その様子を見ていた園子と蘭はひそひそと朔に話しかける。

「朔さんいいの!? 彼女が人質になっちゃったわよ!?」
「このままじゃ南風さんが……!」

 不安と焦りが入り混じったようなふたりに対し、朔は頬杖をつきながら何でもなさそうにしている。先ほどまで冷静に動かしていた頭はすっかり休息モードに切り替わったようであった。

「大丈夫ッスよ、あいつなら」
「そんな……」
「大丈夫ったって……」
「まあ、今に見てなって」

 朔の言葉を不思議そうに思いながらも、ふたりは渋々口を閉じる。
 朔はちらりと男たちの方へ視線を送った。

 首に男の太い腕が回され、その上こめかみに拳銃を突き付けられたまま身動きが取れずにいる南風。男たちの様子を窺うように、乗客は緊張した面持ちだ。
 だが当の本人である彼女は笑みを絶やしていなかった。それに気づいた男は眉間にしわを寄せながら苛立ち気味に言う。

「何笑ってんだお前」
「なーんか、かわいそうだなって」
「はぁ? かわいそう?」

 心底理解できないと言った風に男は言う。南風は男と目を合わせてにっこりと笑った。

「私を人質に選んじゃったことが」

 南風は唐突にパンと手を打ち鳴らした。

 ――次の瞬間、眉間に突き付けられていた銃口から、ポンという可愛らしい効果音と共に色とりどりの花が咲く。

 男だけでなく、車内にいた全員が目を点にした。

「なっ……!?」

 慌てて男は数度引き金を引くが、やはり銃弾が発射される気配は微塵も見られない。

「この……!」

 仲間の男ふたりがほぼ同時に南風へ銃口を向ける。だが彼女は笑みを崩すことなく、指をひとつ鳴らしただけであった。

 するとあろうことか、ふたりの銃口からも同様に花が咲いたのである。
 信じられない光景に男たちは思わずたじろぐ。その隙に男の腕から抜け出した南風は、なおもニコニコと笑みを絶やさない。

 そこからは南風の独壇場であった。

 男たちは武器を取り出しては南風へ向けるが、彼女は触れることなくその武器を次々と再起不能にしてゆく。その鮮やかな手つきを見て、車内からは歓声が上がった。数分前までの緊張感が嘘のようである。

 銃口からは花が咲き、ナイフの刃は可愛らしいリボンでラッピング。挙句、素手で殴りかかってきた男達三人の服を一瞬にしてフリル付きのドレスに変えてしまった。
 気にせず襲い掛かろうとする男達であったが、慣れないドレスとヒールの前には手も足も出まい。数歩歩いただけで盛大にスッ転び、車内はバスジャックされているとは思えないほどに大ウケであった。

 こめかみに青筋を浮かばせながらプルプルと男が立ち上がろうとしたその時、バスが急停止する。盛大に揺れたおかげで男たちは顔面から勢いよく地面に叩きつけられた。

 その直後、バスの出入り口から警察が突入し、男たちは無事に捕らえられた。犯人確保の立役者である南風に車内にいた乗客たちから盛大な拍手が送られる。園子に至っては駆け寄って南風に抱き着いていた。

 そんな車内の様子を見ながら朔は「やりすぎだっての」と呟き、窓の外――いつの間にか辿り着いていた警視庁を見つめていた。


***


 事情聴取やら何やらを全て済ませるころにはすっかり時刻は夕暮れ時になっていた。

 バスジャックを撃退した女子高生の噂は瞬く間に広がってしまったらしく、野次馬やマスコミもわんさか警視庁やバスの周りに押し寄せていたが、対応は全て警察に任せて帰ってきたのである。
 げんなりとした顔の朔とは対照的に、南風の顔色は晴れやかで足取りも軽い。朔の数メートル先を楽しそうに南風は歩いていた。

「あー楽しかった! あのバスジャックの奴らの顔見た? すっごい間抜けだったよねー」
「……おい」
「ふたりとの買い物も楽しかったし! はじめて会うのにあんなにお喋りが弾んじゃうなんて思わなかったなあ」
「おい、南風聞けよ」
「朔の働いてる姿も見れたし――」
「おい、凩!」

 朔が声を荒げた途端、先を歩いていた南風がぴたりとその足を止めた。

「……その名前で呼ぶんじゃねえよ」

 ゆらりと首を捻って朔に視線を向ける。その顔は、今まで見せてきた表情とは全く違う。
 ニコニコと細められていた瞳はわずかに怪しく光り、口元は何かを企むように引き上げられていた。朔はニット帽越しに頭をガシガシと掻き、あからさまにため息をつく。

「どういうつもりだって聞いてんだよ」

 こんなところまで来やがって。悪態をつくように朔は言う。
 南風がくるりと回って振り返った。赤く長い髪が風を孕んでふわりと揺れる。

 ――次の瞬間、目の前の少女は跡形も無く姿を変えていた。

 腰まで伸びた薄灰色の蓬髪は後ろでゆるく一括り。派手な模様の入ったくたびれた着流しの上から透かし織りの黒い羽織を身に着け、足元には駒下駄。朔よりもひょろりと高いその姿は枯れ枝のようで、細められた目はぎょろりとした黄金色。

 先ほどの活発な少女とは百八十度違う、少し年のいった長身の男が立っていた。

「あそこでも言ったろ? 朔の様子を見に来たって」
「いちいち来なくていいんだよ」
「父親が息子の仕事ぶりを見るのは何も不思議なことじゃないさ」

 そうだろ?と長身の男――凩はにかっと笑う。朔は心底面倒そうに眉間にしわを寄せた。

 朔の目の前に現れたこの男は、まごうことなき朔の父親である。
 だがその実、ふたりの間には一切血の繋がりは無い。いわゆる育ての親だ。経緯は不明だが、物心ついた時から彼は朔の面倒を見ているのである。朔自身は彼のことを好いてはいなかった上に、父親だとすら思ってはいないようであったが。
 因みに、朔に声帯模写を教え込んだのは何を隠そう彼である。

 凩は地獄に住む野干であり、主に"化かすこと"について非常に優れた才能を持っていた。
 人間、動物、植物、虫、妖怪などの生き物だけでなく、水や空気などの無機物にだって簡単に化けることが可能である。幻覚や簡単なものでいいなら指を打ち鳴らすだけで何だって一瞬でその場に作り出すことが出来た。

 その上葉っぱ一枚あれば、どんなものだって生み出すことだって可能であった。生み出したものは幻覚でもなんでもなく、実際に存在する物質とほとんど見分けがつかないほど精巧なものだ。彼が術を解除しない限り葉っぱだと見破るのは難しいものだってある。

「それにしてもまだあんな格好してんのかよ」

 あんな格好、と揶揄されたのを聞いて思い当たるのはひとつしかないのだろう。凩は得意げに鼻を鳴らす。

「俺が考えた最高に可愛い女の子、眉月南風ちゃん(十七歳)(現役女子高生)のことか? そりゃあするさ、可愛い女の子に化けるのは楽しいからな! 可愛い女の子ってだけでちやほやされるし、何より合法的に他の可愛い子とお近づきになれる」
「中身がお前だってわかってる俺は心底吐きそうだったよ」

 ぐへへとよだれを垂らす凩を軽蔑の眼差しで見つめながら朔は言う。凩は昔から非常に女好きで、そういう軽薄なところも朔は好いていなかった。それに、と朔は付け加える。

「さっきのバスジャックの件は目立ちすぎだろ。武器無効化はまだしも、バスをまるごと警視庁付近まで移動させるとか……」
「全員を無事に助けるためには、あれしか方法が浮かばなかったんだよ。それにあれなら手品だって言えば上手いこと誤魔化せるだろ?」
「手品師に謝れ化け狐」
「言うねえ」
「褒めてねえよ」

 ひゅーと唇を尖らせて茶化すように言う凩を、心底うんざりすると言った風に朔は吐き捨て、彼の横をすり抜けてさっさと歩き始めた。その後を凩はカラコロ下駄を鳴らしながらついてくる。

「……なんでついてくんだよ」
「折角だし、お前の家に泊めてもらおうかと思って」
「は? 誰が泊めるかさっさと地獄に帰れ」
「そう固いこと言うなって」

 辛辣にあしらわれながらも、ニヤニヤしながらついてくる凩。朔はうんざりしたように足を止め、後ろを振り返る。

「うるせえよ。いい年して定職にもつかねーでフラフラしてるくせに、父親面すんじゃねーよムカつく。いいからさっさと地獄に帰りやがれ、化け狐」
「お、今定職に就いてないって言ったな? 言ったな?」

 敵意むき出しで睨みつける朔を見て、凩はなおも口元の笑みを絶やさない。すると懐から何かを取り出して、口でじゃーんという効果音をつけて得意げに朔に見せつけた。
 それを見て朔は思わず目を剥く。

 ――凩が取り出したのは、凩が獄卒であることを証明する書類だった。

「おま……獄卒になったのかよ!?」
「まーな。だが驚くのはまだ早いぜ? ホレ、所属見てみ」

 ちょいちょいと凩が促すのをうざったく思いながらも、書類に目を走らせる。そして所属の欄に書かれていたのは。

「『閻魔庁お迎え課浮遊霊回収係』……って、は!?」

 バッと音がしそうなほどの速さで顔を上げる朔を見て、凩は悪戯が成功した子供の様にニンマリと笑った。混乱のさなかにいる朔は、凩を指さしながら問いかける。

「ど、どどど、どう、いう」
「俺もびっくりしたぜー。補佐官殿直々に呼び出し食らったと思ったら、『朔さんの所属している浮遊霊回収係へ就いていただけませんか』なーんて言うもんだからよ。アイツが何を企んでるかは知ったこっちゃねーが、まあ面白そうだから引き受けた」

 さっと朔の手の中から書類を抜き取り、奪われる前に懐にしまう。

「俺の仕事は主に回収した亡者を地獄まで運ぶ……言ってしまえば"運び屋"だな。もちろん回収もするが、そっちは基本的にお前に任せるんだってよ」
「じゃあ、まさかお前、米花町に」
「そうだなあ、基本的にはこっちに住むことになるだろうよ。現に滞在ビザも戸籍も用意されてるし」

 ぴらぴらと得意げに書類をちらつかせる凩。ふらりとめまいを感じた朔は思わず頭を押さえる。
 それと同時に、以前鬼灯と会った際にした会話を思い出した。人員を増やしてくれないかと言った時の会話だ。

『その辺は心配する必要はありませんよ』
『どういう意味です?』
『そのうち分かります』

「”そのうち”ってこれか……!!」

 がっくりと項垂れる朔。
 増やされる人員が凩だと言えば朔が確実に反発すると分かっていて、あの時はあえて言わなかったのだろう。騙されたと思っても、時すでに遅しである。

「改めてこれからよろしくなあ、朔」

 そんな朔の気持ちは露知らず、はっはっはと凩は呑気に明るく笑った。