弐 新設!閻魔庁お迎え課浮遊霊回収係!



 日付変わって次の日十五時、五分前。
 閻魔庁お迎え課前にて。

 大急ぎで書類整理を済ませた朔は、なんとか約束の五分前にお迎え課前にたどり着くことが出来た。道中色々な人に話しかけられて危うく間に合わないところだったのだが、なんとかなったようでひと安心である。

 がらりと扉を開けると、そこにはお迎え課の制服を着た獄卒数人が居た。見慣れぬ朔の姿に、不思議そうにしている者も居る。その中のひとりに鬼灯にここに来るよう言われたことを告げると、ああと納得した顔を浮かべた。そして待っていましたとばかりに奥に案内される。

 お迎え課はその名の通り、現世の亡者を回収し、あの世に連れてくるために設置された部署だ。ほとんどは現世とあの世の門を行ったり来たしているが、ここでは常に数人が待機し、急なお迎えにも対応しているのだという。室内の壁にはシフトボードと、部署で毎朝行うのだという唱和が大きく張られていた。大きな机に設置された幾つかの電話と、その周りに待機する獄卒達がなかなか特徴的である。

 こんな場所だったのか面白いなときょろきょろしていたら、どうぞこちらですと奥の部屋へ入るように案内された。言われたとおりにその部屋に入れば、会議室と思われるような部屋に、鬼灯とひとりの女性が座っている。なんとなく色っぽい雰囲気を纏って、眼鏡をかけた女性だ。どこかで見たことがあるような気がするのだが、はっきりとは思い出せない。

「すみません。お待たせしました」
「いえ、大丈夫ですよ。約束の十五時にはなってませんし。そちらはお忙しい身でしょうからね」
「鬼灯さんほどではないですよ……えっと、そちらは?」

 部屋に入った時からの疑問を早速鬼灯に投げかける。それを受けた鬼灯はさらりと朔の質問に答えた。

「お迎え課代表の茶吉尼天ですよ。会うのは初めてでしたか」
「ああ! あの有名な……。すみません、お迎え課にはあまり行ったことが無かったもので」
「有名なのアタシ? アナタほどじゃないと思うけど。"あの世一の雑用係"さん?」
「そんな、恐縮です」

 とりあえず座ってくださいと言われ、朔はふたりの前に座る。そして改めて、昨日は聞けずにいた、お迎え課に呼び出された理由を尋ねた。

「それで、俺をここに呼び出したのって……依頼なんですよね? 仕事の」
「ええ」

 鬼灯は一枚の書類を取り出し、朔の目の前に差し出した。その書類に書かれた文字を読んで、朔は眉を寄せる。

「『獄卒 朔を閻魔庁お迎え課浮遊霊回収係へ配属する』……なんですか、これ」
「書いてある通りですよ」

 顔をあげた朔と鬼灯の視線がぶつかった。相変わらず何を考えているのかわからない目をしている。

「貴方をお迎え課に配属したいと言っているんです」
「……理由を聞いても?」
「浮遊霊の発生方法、知っていますか」
「確か、お迎え課が来る前に魂が逃げ出したりすると浮遊霊になるんでしたっけ」

 人が死ぬと霊体……いわゆる幽霊というものになる。
 その霊体は、肉体と人間には見えない糸でつながっているのだが、それを切って肉体と魂を完全に切り離すのが「奪魂鬼」。続いて「奪精鬼」が肉体の生命活動を完全に停止させ、「縛魄鬼」が肉体の腐敗を開始させる。これで人間は無事ご臨終となる。だからお迎え課は三人一組なのだと、遠い昔に誰かから聞いたはず。
 だがお迎え課が来る前に霊体が逃げ出し、肉体と繋がる糸が切れると、浮遊霊の出来上がりだ。

 鬼灯はそうです、と朔の言葉を肯定した。腕を胸の前で組み、言葉を続ける。

「最近とある町で浮遊霊の数が急増してましてね。元から他と比べて亡者も浮遊霊も多かったんですが、ここ半年近くは特に多い。そこで、特例として『閻魔庁お迎え課浮遊霊回収係』を新設することにしたんです」
「部署の新設、ですか」

 随分思い切ったことをしたものだと朔はつぶやく。ええ、と鬼灯は相槌を打った。

「以前から浮遊霊の多さは日本全体で問題視されていましたからね。まずはひとつの町で試験的に導入し、具合を見ながらですが、ゆくゆくは全国的にも普及していければと考えています」

 ですが、と鬼灯は言葉を切る。鋭い瞳にわずかながら苦悩の色が浮かんだ。

「肝心の派遣する獄卒を誰にするか決めかねていたんです。現世での長期滞在任務になりますから、下手に新卒を採用するわけにもいきませんし。そのうえ現在お迎え課をはじめ、各地獄の部署ははただでさえ人手不足で、そちらから人員を割くことも難しい状況でした」
「そこで白羽の矢が立ったのが俺、ってことですか」
「そういうことです」
「なるほど、俺なら確かに広大なあの世中を駆け回っていて体力もあるし、獄卒歴もそれなりに長い。その上、無所属だから手続きも楽。適任でしょうね」

 でも、と朔は切り出した。色素の薄い瞳に、鬼灯の姿が映り込む。

「鬼灯さんも知ってるでしょう。俺はあの世一の雑用係。みんなのために働いているから、誰かひとりのものになる予定は無いって」
「ええ、よく知ってますよ。だからこうやって正式な書類も出した上でお願いしてるんです」

 書類をトントンと叩く。朔が反論をしようとしたその時、鬼灯は静かに付け加えた。

「……それに私は、貴方が頼まれたら断れない人だと、よく知っていますから」

 そうして、鬼灯は頭を下げた。

「お願いします。あなたの力が必要なんです」
「…………弱った、なあ」

 朔は思わず眉間にしわを寄せ、ため息交じりになんとも言い表せない複雑な表情を浮かべた。

 立場的に考えても、彼の方が何倍も権力を持っている。にも関わらず、彼は一介の平獄卒である朔に対して深々と頭を下げたのだ。頼られている、という事実を視覚的情報からひしひしと訴えてくる。要求を押し通すための作戦だと頭ではわかっている。だが、彼が困っているのは紛れも無い事実なのだろう。

 ――朔は困った人には滅法弱かった。
 それはもう、びっくりするくらい。

 しばらく考え込んだ後、観念したように、ため息交じりに頭を掻いた。

「……わかりました。やりますよ、浮遊霊回収係、でしたっけ」
「ありがとうございます。非常に助かります」

 さっと頭を上げ軽く礼を述べると、早速鬼灯はいくつかの資料を朔に手渡した。
 やっぱり俺が断らないの前提で想定してたなこの人……と朔はなんだか微妙な気持ちになったが、実際その通りになったので何も言えまい。

「朔さんには現世で暮らしてもらいます。仕事内容は主に浮遊霊の身元特定、回収、地獄への案内です。勤務時間は自由。浮遊霊を見つけ次第なので。給料は毎月一定の金額に、回収した浮遊霊の数を考慮して上乗せする形になります。それと、毎日の回収した浮遊霊の数と浮遊霊全員の名前をまとめて、月に一度お迎え課に提出。……それぐらいですかね」
「業務内容はシンプルですね」
「ええ、あの世一の雑用係には物足りないくらいでしょう」
「かもしれませんね」

 ふふ、と余裕ありげに笑って見せる朔。

「ああそれと、くれぐれも現世の人に正体がばれないようにしてくださいね」
「それはもちろん。わかってますよ」

 鬼灯が現世へ視察しに行くたびに耳や角を隠すのに苦労していることを朔は知っていた。
 現世は確か洋服が主流だから着物じゃダメなんだったな。後で服買いに行かないと。しかも苗字とかあるんだっけ。地獄じゃそんなものあって無いようなものだからほとんど聞いたことが無いし。面倒だな。
 
 突然始まることになった現世生活に思いを馳せる。そこでふと疑問が浮かんだので、朔はそのまま口にした。

「ところで、俺が行くその町って、何て名前ですか」
「ああ、言ってませんでしたっけ。……米花町ですよ」

 それを聞いて朔は思わず固まった。

 米花町。
 米花町って……あの米花町か?

「地獄の中でも『日本のヨハネスブルグだ』とか噂されてる……あの?」
「ええ、あの米花町ですよ」

 米花町は現世日本のとある町で、一見普通の町なのだが、ふたを開けてみると実は日本一死者が多い町……しかも殺人が死因のかなりの割合を占めるという物騒な町なのだ。朔自身、何度か町の様子を浄玻璃の鏡で見たことがあるし、米花町出身だという亡者の裁判を手伝ったこともある。
 なるほど。それなら元々亡者が多いのも、浮遊霊が多いのも頷けると朔はひとり納得した。

「あそこ、何故か異様に探偵が多いのよねェ。東の名探偵に眠りの小五郎、女子高生探偵なんてのもいるみたいよ」
「探偵は事件を呼び寄せるっていいますからね」
「そうみたいですね。しかも、死神級に呼び寄せるのがいますから」
「死神級……」

 ふたりの会話にひくりと口の端が震えた。鬼灯が死神呼ばわりするなんてどんな人物なんだろうか、と内心気になりながら朔は尋ねる。

「どんな人物なんですか。会ってみたい」
「彼の名前は江戸川コナン。小学生です」
「小学生」

 まさかの答えに言葉を失う。そんな小さな子が死神呼ばわりされる名探偵? どんな町だ。恐るべし米花町。そんなところにこれから住むのか。朔が困惑していると、その様子を見た茶吉尼がくすりと笑って付け加えた。

「見た目の話よ。小学生って」
「見た目? じゃあ中身は違うんですか?」
「ええ、彼の本当の姿は東の高校生探偵と名高い工藤新一という高校生です」
「こ、高校生?」

 思わず首を傾げる朔。そんな彼をそっちのけで、鬼灯は語るのを止めない。

「ある日遊園地で幼馴染と遊んでいたときに怪しい取引を目撃してしまったようで、彼らに毒薬を飲まされ、身体が縮んでしまいました」
「はあ」
「彼は元の体に戻るため、正体を隠しながら日々奮闘しているようです。浄玻璃の鏡で見る感じではまだ元の体に戻るのは遠そうですね」
「はあ」

 軽く熱が入ったように語る鬼灯の言葉を聞いて、何を言っているのかわからないといった風に眉間にしわを寄せる朔。鬼灯から聞かされた話はよくできたフィクションのようで、あまり現実味が感じられない。

 それにしても、そんなに特定の個人について鬼灯がこんなにも詳しいとは思わなかったと朔は思った。雑用で閻魔庁へ赴いた際、やけに熱心に浄玻璃の鏡を見てるなとは思っていたが……今思えばあれは多分その死神小学生にまつわる何かについて見ていたのだろう。忙しいだろうに、何やってんだこの人。直属の上司だが思わず口に出してしまいそうだ。

 鬼灯さんが夢中になって見ているなんて……工藤新一という少年は相当すごい人物なんだろうか。あ、いや、今は江戸川コナンと名乗っているのか。俺の十分の一も生きていないのにすごい経験をしてるんだな。どんな子なんだろう。会えたら会ってみたいけど……色々見抜かれそうで、それはそれでちょっと怖いな。
 ぼんやりとそんなことを考えていると、鬼灯はそんな朔の考えを見透かしたように付け加える。

「あ、彼に会うのはいいですが、くれぐれも怪しまれる行動は慎んでくださいね。正体を知っていることがバレたら色々面倒ですから」
「貴方が今何も言わなければ俺の苦労も減ったのに」

 正論である。
 鬼灯は珍しく「あっ」と小さく声を漏らした。完全に抜け落ちていたらしい。……かなりわざとらしいが。朔はやれやれとため息を吐く。

「……とりあえず色々準備します。正式に配属されるのはいつからですか」
「明後日からです」
「随分急だなオイ」

 思わず本音が出てしまった。
 明後日、明後日だって? それじゃあ明日は現世行きの用意だけで一日潰れるじゃないか。頭の中でスケジュールを確認しながら朔はつぶやく。

「なんでこう……もうちょっと余裕を持ってくれないんですか」
「今こうしてる間にも刻一刻と浮遊霊は増えているかもしれないんですよ。出来れば早いほうがいい」
「縁起でもないことを……」

 ひきつった口元から乾いた笑いが零れた。

「とりあえず、業務に関する話は以上です。現世での住まいや戸籍、苗字なんかはこちら側で手続きしておきますので、貴方は明日一日、現世行きの準備を進めてください」

 質問は? と聞かれたが、特に無いと答えておいた。

「ではよろしくお願いしますね。朔さん」

 明後日の午前九時。地獄の門の前に来てください。そう言って話は終わり、朔はお迎え課を後にした。


***


「閻魔庁お迎え課浮遊霊回収係、ねえ」

 寮の部屋へ向かいながら軽く呟いてみる。
 まさか千年近く無所属だった自分が決まった部署に、しかも新設されたばかりの部署に配属されるなんて思ってもみなかったのだ。
 
 しかもあの様子だと、多分この係に配属されたのは自分ひとりなのだろうと朔はぼんやり考える。現に鬼灯の口からは、他の獄卒も配属される、といった話は一切出てこなかった。町ひとつをひとりで駆け回れってか、と思ったが、あの世中を日常的に駆け回っている朔のことだから何とかなるだろうと鬼灯は判断したのだろう。頼りにされているのは本当のようだ。

「さて、どうなることやら」

 とりあえずは現世行きの準備だな、と朔は必要なものを頭の中で思い浮かべ、明日の予定を組み立てていった。