弐拾肆 気になったら調べる
ある日の1年B組の教室。お昼休みに読書をしていたコナンの机を囲むように、少年探偵団の面々が顔を合わせている。初めは授業中にあったことだとか昨日のテレビのことだとか、他愛の無い話題だったが急に方向転換したようだ。そういえばよ、と元太が思い出したかのように切り出す。
「朔兄ちゃんって何してる人なんだろうな」
コナンはふと本から顔を上げ、元太の方を見る。灰原もそれとなく意識を彼らの話に向け始めた。
「朔さん、ですか?」
「いろんなアルバイトしてるって聞いたことあるけど……」
なんでそんなことを言い始めたのかイマイチわかっていない様子の光彦と歩美。元太はそう思った理由を話し始めた。
「朔兄ちゃん、最近町のあちこちで見かけるんだよ。この間も俺が母ちゃんと買い物してる時にスーパーで見かけたし、帰りに駅に向かってる時にも見かけたんだ。そんなことがしょっちゅうでよー」
そりゃ、夜間警備員に配達員もやってれば米花町内のいろんなところで見かけるのも無理はないだろうに。そう言いたいのを抑え、コナンは黙って元太の話を聞いている。
「色んな所でアルバイトしてるからじゃない?」
コナンが思ったのと同じようなことを歩美が代弁してくれた。だが元太の表情は曇ったままである。
「でもよー、昨日朔兄ちゃんを見かけた時、なんか変だったんだよ」
「変って……何がです?」
「道で偶然見かけたんだけどよ、朔兄ちゃん電話ボックスの中に居たんだ」
「電話ボックスの中に」
「おう。しかもよ、電話ボックスの中で携帯使ってたんだよ」
「……それは確かに妙ですねえ」
光彦が考え込むように手を口元にやった。
だが対するコナンは何だそんなことかと、気が抜けたように心の中で溜息をつく。電話ボックスの中で携帯電話を使うという行為は別にそこまで怪しいことでもない。外が騒がしくて通話が聞き取れないとか、そういった理由だろう。
だが対する三人はそういうわけにもいかないようで、怪しい怪しいと話題が発展していた。
「そんなに気になるなら尾行でもすりゃいいじゃねえか」
興味は尽きたとばかりに再び本へ視線を戻しながらコナンがぼそりと呟く。完全に独り言のつもりだったのだが、三人にはばっちり聞こえてしまっていたらしい。
「「「それだ!」」」
三人は目を輝かせながら声を揃えて言った。その威勢のいい声に思わず顔を上げたコナンは、面食らったようにまばたきを繰り返す。
「へ?」
***
日付は変わり、土曜日の午後二時。
お疲れさまでしたと声をかけながら朔は裏口から店を後にする。その後をつけるようにこそこそと探偵団が続く。
「今日は朔兄ちゃんの秘密を暴いてやるぞ!」
「「おー!」」
小声で意気込む三人を他所に、呆れたようにコナンはため息を吐いた。
小学校での一件で朔について気になっていたのはコナンも一緒であるが、こんな大人数で尾行なんかしても気づかれるのは時間の問題だろう。用事があるからといって来なかった哀の「保護者頑張ってね」という言葉を思い出してまた溜息が出そうになる。
「信号を渡りましたよ!」
「俺たちも行こうぜ!」
「おい! 待てよおめーら!」
慌ててコナンも後を追った。
朔はコンビニやスーパー、マンション、公園等様々な場所へ行っては、時折立ち止まって手帳を開いている。
「何か探し物かな」
「ですかねえ」
朔に見つからぬよう、物陰に身を潜めながら歩美と光彦がつぶやく。
探し物、という言葉にコナンは違和感を覚える。歩美の言った通り何かを探しているのだとしたら、もう少し視線は下に向くはずだ。だが今の朔の視線は普段と特に変わらない。探し物という線は薄そうだが、だとしたら一体何を……。
そこでふとコナンはある事を思い出す。今いる公園は確か先日殺人事件があった場所だ。もっと言えば、先ほど立ち寄ったマンションは被害者である男性の自宅である。
確かあの事件の犯人はまだ捕まっていなかったような……。
「あっ、今度は携帯を取り出しました」
追跡メガネで手帳の中を確認しようと試みた時にぱたりと朔は手帳を閉じ、今度はポケットから取り出した携帯を耳に当てて何やら通話を始めた。会話の内容はよく聞き取れない。一分ほどの通話が終わると、朔は携帯をしまって歩き始める。探偵団は見失わぬよう、慌てて後を追った。
朔は後をつけている探偵団に気付く様子も見せず、大通りに出る。休日ということもあってか、人通りはかなり多い。はぐれぬように見失わぬようにと懸命に道を進んでいく。
やっと追いついたと思えば、朔は電話ボックスの中であった。慌てて物陰に隠れ、朔の様子を窺う。元太が言ったように中で携帯を使って通話をしているわけではなく、今回は普通に公衆電話を使っているようである。
「随分長いですね……」
「誰と話してるんだ?」
訝し気に元太は眉をひそめる。確かに、朔が通話を始めてから五分ほど経過していた。そんなに長い間、一体誰と話をしているのだろう。
子供たちがしびれを切らし始めたその時、朔は公衆電話の受話器を下した。そして何かを捕まえるような不思議な動きをした後に電話ボックスを出て、大通りを進み始める。探偵団もその後を追った。つかず離れずの位置を保ちながら朔の後をつける。
さて次はどこにいくのかとコナンが思っていると、不意に朔は足を止めて一本細い路地に入った。気づかれたか。そう思い慌てて探偵団も朔の後に続く。
だがそこで探偵団は信じられない光景を目の当たりにした。
なんと、そこには朔どころか人っ子一人いなかったのである。店と店の隙間にあるような細く薄暗いその道は、ビールの空き缶やカップ麺のごみが落ちているくらいで人の姿は見つけられない。
「あれ? 朔さん居ないよ?」
「変ですねえ、確かにここに入ったはずなんですが」
「道間違えたんじゃねえか?」
「いや、途中で入れるような道は無かったから、確かにこの道のはずだ」
口々にそう言って、辺りを見回す探偵団。一度道を戻って見るが、やはりここ以外に入れるような道は無い。ここに入ったのは間違いないようだ。道の向こう側にも顔を出してみるが、誰もいなかった。コナンは静かに考え込む。
探偵団がここに入ってから三秒も経っていない。この道はおよそ十メートル弱で、その道には身を隠せるようなものも、抜けられる他の道も無い。正真正銘の一本道。あらゆるパターンを考えてみるがいまいちピンと来ない。
一体、彼はどうやってどこに消えた?
「何処に行っちゃったんだろう、朔さん」
少し不安そうに歩美は呟いた。つられるように元太と光彦も戸惑ったような表情を見せる。
「わ!」
「「「「わあ!?」」」」
背後から急に声をかけられて、探偵団は思わず大声を上げながら飛び上がる。
後ろを振り返ればにこにこと微笑む、目的の人物。
「朔兄ちゃん!?」
「びっくりしたかい」
ニッと白い歯を見せて得意げに笑う。悪戯が成功した子供のような笑みだ。コナンは咄嗟に手をかけていた腕時計型麻酔銃からそっと手を離す。
「君たち、こんなところで何してるんだい?」
「え!? いや、その……」
目を逸らしながらしどろもどろになる探偵団。朔はその様子を見て、「なんてね」と小さく呟いた。
「それで? 俺を尾行して何かわかった?」
「気づいてたんですか!?」
「そりゃあ気づくさ。そんなに視線を向けられれば誰でも、ね」
なんだあ、と残念そうにする探偵団を見て朔は思いついたように提案する。
「尾行は上手くいかなかったけど、頑張ったご褒美に近くのファミレスで何かご馳走してあげるよ。おやつにはちょっと遅いかもしれないけど」
「いいんですか?」
「やったあ!」
先ほどとは打って変わって目を輝かせる探偵団。早く行こうと朔の手を引いて細い道を抜け、大通りを歩き出した。
「こらこら、そんなに急がなくてもお店は逃げないよ」
朔は困ったように言う。だがただひとり、コナンだけは何やら考え込む表情を浮かべていた。
彼の頭の中で引っかかっていた点はふたつ。
ひとつ目は先ほどの道での行動。あれほどの短時間でどうやって身を隠し、音も無く探偵団の背後に現れたのか。
それともうひとつ。先ほどの電話ボックスでの長電話だ。携帯を持っているのだからそれを使えばいいのに、わざわざ公衆電話からかけたということは何やら事情があったのだろうか。
……電話といえば、最近公衆電話絡みの妙な噂があったな、とコナンは記憶を手繰り寄せる。
なんでも、まだ捕まっていない殺人事件の犯人が次々と公衆電話越しに自首しているというのだ。その証拠の場所やアリバイトリックのやり方も全て電話越しに話し、終わると一方的に切ってしまうのだという。ここだけ聞けば特に不思議な点は見当たらない。だが妙なのは次である。
捕まえた犯人に話を聞くと、口々に「そんな電話はしていない」と言うのだ。どんなに問い詰めてもかけていないの一点張り。その電話は間違いなく犯人の声で、犯人にしか知りえない情報を言っていたのに、である。これには警察関係者も首を傾げるばかりだった。
その話を聞いた時からコナン自身も妙だなとは思っていたが、そこまで気にかけていなかった。だが、今は違う。コナンの頭の中ではある推測が立ち上がっていた。
解決していない殺人事件。その現場と被害者の家をひとりで訪れる朔。要所要所で何度も開く手帳。そして電話ボックスでの長電話。
そこから自ずと導かれるのは――
「おいコナン! 早くしろよ!」
「置いてっちゃいますよー?」
不意にそんな風に話しかけられて、コナンは現実に引き戻される。三人と朔はもう数メートルは先に進んでいた。
「悪ぃ! 今行く!」
そう言って彼らの元に駆け寄るコナン。相変わらず朔は人懐っこい笑みを浮かべていた。コナンはそんな彼をちらりと見る。
――いや、まさか。まさかな。
***
店を出た瞬間に朔は背後の妙な気配に気が付いた。不審に思って足音を探れば四人の子供の足音。ああ彼らかと、思わず口元が緩みそうになる。なんて可愛らしい尾行だろう。
そう思いながら朔はいつもの通りに本業をこなしていく。コンビニで出会った浮遊霊の男性が「自分を殺した犯人を捕まえてくれ」と言った時には思わず死んだ目になったが、もうすっかりこの展開に慣れてしまった朔はいつものように男性を連れて証拠集めを開始した。
これまたいつものように文彦に電話をかける。だが今日は電話を取らなかった。珍しいなと思いつつ、もしかしたら忙しいのかもしれないと考え、ひとまず男性の証言を元に動いてみる。手帳に記したメモを頼りに現場である公園を訪れた時に文彦から折り返しかかってきた。
『ごめんね取れなくて。徹夜続きで爆睡しててさ』
「そうだったのか、悪い」
『いいよいいよ。そんで? 今日は誰の記録が見たいの?』
申し訳なく思いつつ犯人の名前を告げる。文彦は『五分で準備するから!』と頼もしいセリフを残して電話を切った。五分もあれば近くの公衆電話につくだろうと、男を連れて公園を後にする。
電話ボックスに到着した辺りでちょうど文彦からメールが届いた。相変わらず仕事が早くて助かる。公衆電話でいつものように警察へ通報した後、浮遊霊の男の手首をロープで縛る。
そして電話ボックスを出て人ごみに混じりながら、すれ違ったひとりの若い男にロープを渡した。
傍から見れば物を渡したかなんてわからないであろう程の一瞬の接触である。ふたりは一度も目を合わせることは無い。
朔からロープを受け取った若い男はにやりと笑い、その黄金色の瞳をきらりと輝かせて人ごみの中に消えていった。
凩のことだからどうせ近くにいるんだろうと踏んでいたが、まさか本当にいたとは……もうだいぶ慣れたとはいえ気持ち悪いなと朔は小さくため息をつく。
さて、残ったのは未だ背後でうごめく四つの足音。このまま巻いてしまってもいいのだが……どうせならびっくりさせてやろう。
ちょっとした悪戯心が芽を出した朔はにやりと笑い、作戦を決行する決意を固める。
大通りをしばらく進んだところにある一本の狭くて細い路地。その手前くらいで一度歩みを止め、ふらりと路地に入る。
完全に朔が路地に入り、彼らから見えなくなった途端、朔は素早く加速して路地裏を駆け抜けた。
鬼である朔の身体能力は人間の比ではない。これくらいの距離ならば、二秒程あれば抜けるのは十分だった。
もう一度表の大通りに戻り、路地の入口へ歩みを進める。思った通り、探偵団は困惑した様子で辺りを見回している。
足音を殺しながら、背後にそっと近寄り――
「わ!」
「「「「わあ!?」」」」
驚かすように声をかけた。
思った通りの反応を見せる探偵団に思わず笑みが零れる。
それから探偵団の尾行に気付いていたことを告げれば、彼らは実に残念そうな顔をした。だが何か御馳走しようかと話を持ち出した途端、明るく笑って見せるものだから現金なものである。
早くいこうと急かす探偵団に腕を引かれながら、朔は困ったように笑った。