煙のような人



 ある日、探偵団と遊んだ帰り道でコナンはふと朔を見かけた。

 夕方に差し掛かっているため人がほとんど居ない公園のベンチに座って、彼はひとり煙草を吸っている。しかも今はほとんど見かけない、煙管タイプの煙草だ。考え事をしているのか、表情はいつもより乏しい。視線も心なしか定まっておらず、どこか遠くを見ているように感じられる。

 しばらく見ていると朔も視線に気づいたらしい。ぱっといつもの人懐こい笑顔を浮かべて手を振ってきた。コナンも流石にそのまま無視することも出来ず、近づいていく。

「やあコナンくん、探偵団のみんなと遊んだ帰り?」
「うん。朔兄ちゃんはこれから仕事?」
「そうだよ。その前に一服」

 そのまま立ち去るのも味気なくて、コナンは「隣座ってもいい?」と聞いた。朔が快諾してくれたので、遠慮なくコナンは彼の隣に座る。

「それ煙草?」
「そうだよ。今でこそほとんどの人が紙煙草だけど、昔はこうやって吸ってたのさ。初めて見るかい?」
「周りで使ってる人いないもん」

 物珍しそうな視線を受けてか、朔はコナンにもよく見えるようにそれを近づけて見せた。
 朔の手のひらより少し余るサイズの煙管はかなり年季が入っていて、赤く塗装された管は少し塗装が剥げかかっている。だが金属部分がむき出しになっている吸い口や火皿や雁首は、多少黒ずんでいるだけでほとんどぴかぴかだ。手入れがよく行き届いているのだろう。

「それにしても朔兄ちゃん、煙草吸うんだね」
「あんまり吸わないけどたまに、ね」

 指に挟んだ、現代ではあまり見かけない煙草をちょいと傾けて朔は笑う。そのまま口に含もうとしたところでふと動きを止めた。

「もしかして苦手だった? 煙草」
「いいよ別に、僕あんまり気にしないから」
「そ? ならいいけどさ」

 そう言って改めて煙草を一口。ふうと吐き出された煙はすぐに他の空気と混じって消えてしまう。ゆらゆらと煙草から立ち上がる煙は、朔のまとう不思議な雰囲気を一層引き立てているようだ。
 ふとコナンは、以前からその胸の内に抱いていた疑問を隣の朔にぶつける。

「前から思ってたけどさ、朔兄ちゃんはあんまり僕のこと子ども扱いしないよね」
「そうだっけ? そんなつもりは全然無いんだけどな」

 朔はちらりとコナンのことをみて、ふうと紫煙を吐き出す。

「俺は別に君を特別大人扱いしてるつもりはないよ。勿論、君以外を子ども扱いしてるつもりも全くない。俺が接しやすいように接してるだけさ」

 そこまで言って、まあそれでも、と言葉を続ける。

「それで君に嫌な思いをさせてるっていうなら対応を変えるけど……」
「あ、いや、そういうわけじゃないんだ。ちょっと思っただけだから、気にしないで」

 慌ててコナンは否定する。その様子を見て朔はふっと笑みを浮かべた。

「人を見た目で判断するのはいけない事だよ」

 ぽつりと朔は呟いた。何気なく呟かれたその言葉はきっと朔の本心からの言葉なのだろうと、コナンは自然と考える。朔はまた一口煙草を口に含み、煙を吐き出した。

「どんなにいい人そうに見えても、実は裏で極悪人だったりするものだし……逆もまたしかり、ね」
「……朔兄ちゃんは」
「俺?」
「朔兄ちゃんは、どうなの?」

 そんな返答を予期していなかったのか、少し困ったように笑う朔。すっと視線を外した後に煙草を一口含み、うっすら笑みを浮かべた。

「そうだなあ」

 ふうっと吐き出された紫煙が辺りを漂う。少し前かがみになって自身の膝の上に頬杖をつき、顔はほとんど前を向いたままコナンの方に視線だけを向けた。

「君にはどう見える?」

 その表情は、ふとした瞬間に垣間見える、つかみどころのない表情。何を考えているのかよくわからない表情だ。見た人が少しだけ息を詰まらせるような、何とも言えない雰囲気をまとっている。
 少し冷えた風が、ぶわりとふたりを包むように回り、すり抜けていった。

「僕は」

 そこまで言ってコナンは口をつぐむ。どう返答したらいいのかわからなかった。

 いい人だとは思う。悪い人には見えない。だが断言できるかと言われれば、まだ材料が少なすぎる。コナンにとって朔はそういう立ち位置の人間であった。

 返答に困りかねてすっかり俯いてしまったコナン。すると朔はちょいちょいと彼の肩を叩き、顔を上げたところでぶううと煙を吐きかけた。突然の出来事にコナンは「わ?!」と慌てたような声を漏らす。

「何するの朔兄ちゃん!」
「ごめんごめん。難しそうな顔してたから、つい」

 じとっと睨んでみるが特に効果はなさそうである。明るく笑って謝る朔の顔には、先ほどの表情はかけらも残っていなかった。

「さて、と」

 携帯灰皿らしきものに灰を落として、それら一式を鞄にしまいながら朔は立ち上がる。

「じゃ、俺は仕事行くね。君も暗くならないうちに帰りなよ」
「うん」

 コナンがそう返すと、ひらひら手を振りながら朔は消えていった。

「……不思議な人だよなあ」

 誰に言うでもなく、コナンは独り言を零した。