そんな再会はいらないから



「これでよし」

 朔は両手を腰に当て、ふんと満足げに鼻を鳴らす。その視線の先にあるのは朔と同じかそれ以上の背丈がある立派な笹の木だ。店内の空調に合わせて揺れるその葉はさらさらと優しい音を立てている。

「梓先輩。笹の木はレジ横のこの辺りでいいんスよね?」
「うん! そこで大丈夫」

 店内に星モチーフの飾りつけをしていた梓が振り返って言った。朔はその言葉を聞き、次の準備に取り掛かる。

 喫茶ポアロ閉店から数時間。ふたりは七夕に向けた準備を着々と進めていた。
 数日前から少しずつ手を付けてはいたが、明日が七夕当日ということもあって本格的に着手し始めたのだ。

 店の奥から事前に切っておいた短冊とサインペンの入った入れ物を持ってきた朔は、それをレジの端に置く。それからその入れ物に、これまた事前に作っておいたポップを張り付けた。『ご自由に願い事をお書きください』。それを見て朔の頬が自然に緩む。このシンプルな笹の木が賑やかになっていく姿を想像したら嬉しくなったのだ。

 余った折り紙で笹の木につるす飾りを作っていると、作業を終えたらしい梓が朔に近づいてきた。

「高い所の作業って緊張するね」
「だから俺がやりましょうかって言ったのに」
「いや、だって朔くんには笹の木運んでもらってるし悪いかなって……」

 どことなく言いにくそうに頬を掻く梓を見て、朔はくすりと笑みを零す。

「さて! 仕上げに飾りつけ吊るしちゃおっか」
「そッスね」

 梓も折り紙を手に取り、飾りを作り始める。だがその手つきはどこか不器用でたどたどしい。数分後に完成した何とも言えない出来栄えの飾りを見て梓は軽く首を傾げる。

「ちゃんと折り方通りに折ったのに」
「梓先輩って結構不器用ッスよね」
「なっ……!」

 からかうように言った朔の言葉に、梓はぱっと顔を赤くして睨みつける。だが朔の手にある飾りを見て、思わず目を丸くした。

「え、すごい! これ織姫と彦星?」
「はい。昔作ったのを思い出して」

 朔の手にあったのは折り紙で作られた織姫と彦星だ。梓がひとつ作る間にもうふたつ完成させてしまったらしい。昔地獄で座敷童のふたりにせがまれて折り紙を一緒にした経験が役立ったようである。朔から完成した折り紙を受け取るとそのクオリティの高さに梓は、はへえ、と間抜けな感嘆詞を漏らした。

「朔くん器用だね……」
「折り方さえ出来れば簡単スから」
「よく言うよ……」

 手元の不器用な折り紙から目を逸らすように少しいじけた調子で言った梓を見て、朔はふっと笑みを漏らす。そしてその手からひょいと奪い、破らないように丁寧に開いた。

「折り紙を折る時は、ちゃんと端と端を合わせて折るんスよ。それから、折り目をしっかり目につけるのも結構重要ッス」

 梓がつけた折り目を順番に追いかけるようにして、朔は丁寧に折り込んでいく。すると数分もしないうちに本来の綺麗な形に仕上がった。

「ね?」
「や、やってみる」

 梓は一枚折り紙を手に取ると、朔が先ほどやったのと同じように折り始める。時折口を挟む朔の言葉を素直に聞きつつ、数分後なんとか飾りは完成した。先ほどとは打って変わって見事な仕上がりである。

「出来た!」
「流石梓先輩! さ、この調子でどんどん作っちゃいましょ」
「うん!」

 それからふたりでいくつか飾りを完成させ、出来たものから順に笹の葉に吊るしていった。

「さて、最後にこれだね」

 梓はレジ横の箱から桃色の短冊を一枚取り出して言う。朔もそれに続くように水色の短冊を一枚手に取った。

「願い事か……」

 右手にペンを持ったまま、朔は考え込む。周りと比べて欲というものがあまりない朔であるから、あれがしたいこれがしたいという願望が思いつかないのだ。
 今一番の願いといえば『仕事が順調に進められますように』だが、それはここに書くべきことではないだろう。かといって欲しいものは特にない。やりたいことも別に……。すっかり手が止まってしまった朔を見て、梓が声をかける。

「朔くん思いつかないの?」
「なんかこう改めて考えると、いいのが思い浮かばなくて」

 梓は何を書いたのだろうと横目に伺えば、『店がもっと繁盛しますように!』と可愛らしくも丁寧な字体で書かれていた。先輩らしいな、なんて思いながらクスリと笑みを浮かべる。

「願い事なんて単純でいいと思うけどな」
「そうッスね。梓先輩の見てたら実感沸きました」
「……もしかして馬鹿にしてる?」
「してないしてない」

 むむむと睨んでくる梓をなだめるように、困ったように眉を下げながらまあまあと手のひらを向けた。
 そこでふと頭にあることが浮かぶ。短冊に書いても不自然じゃない、素直な想い。うん、書くならこれしかない。

 ペンのキャップを外し、さらさらと短冊に書きこんだ。どれどれと梓も朔の短冊を覗き見る。

「……朔くん、おじいちゃんみたいなこと書くね」

 私と同い年なのに。思わず噴き出した梓は、笑いを隠すことなく言う。それを見た朔は「酷いなあ」と困ったように笑った。

「俺の心からの願いなんスけどね」

 願いを込めた短冊を笹に結べば、空調に吹かれてひらひらと揺れる。ふたりで少しの間笹の木を見上げ、ふうと満足げにため息を吐いた。

「さて、帰りましょっか」
「そうだね」
「もう遅いッスから途中まで一緒に帰りましょ」

 戸締りを確認して、消灯する。
 誰もいなくなった店内にそっと月明かりが差し込み、笹の木を照らした。

 ――『みんなが幸せに長生き出来ますように』

 朔の願いが叶う日は来るだろうか。
 梓とふたり帰路につきながら朔はそっと夜空を見上げ、星空に祈った。