弾丸の行方
※IF連載『俺の仕事を増やすな 組織編』の裏側的な番外編です。まだお読みになっていない方はそちらを先にどうぞ。
「先輩たちは帰ったから安心していいよ朔くん〜」
店内とバックヤードを繋ぐ扉からひょっこりと顔を覗かせた栞はのんびりとした調子で言った。その視線の先にいるのは、先ほどよりも幾分か顔色の悪い朔。彼女の言葉を聞いて申し訳なさそうに微笑む。
「ほんとすみません、栞さん」
「いいよう気にしなくて」
椅子に腰かけている朔の元へすたすたと栞は近づいていく。そしてそのすぐ傍の棚に収められていた木箱を手に取った。朔のすぐそばにしゃがみこみ、地面に木箱を置く。両手で軽く持てるほどの大きさの木箱を開けると、その中には様々な道具が入っていた。包帯やガーゼに始まり、見たことのない色の液体が入った小瓶やミミズ文字が書かれたお札なんかがぎっしりと詰まっている。
「んじゃまぁ、ちゃっちゃと治しちゃいますかぁ」
栞はにっこりと笑って言った。
***
「どこ撃たれたの?」
「肩に1発。先輩が撃たれそうになったのをかばったんです」
「ふうん。本当は?」
間髪入れずに追究する栞。彼女の聡明な瞳が見上げるような形で真っすぐ朔へ向けられる。敵わないと思ったのか、朔は少し顔を逸らしながら続けた。
「……あと胴に2発、左足に1発。かすったのだけだったら首とかわき腹とか。ナイフは一応ほとんど避けたんですけど、どうしても避けきれなかったのが右足に。それと試しに銃弾を手で掴んで止めたら、血は出ないにしろ手のひらを若干火傷しました」
「うんうん、満身創痍だねえ」
ふふ、と栞は思わず笑みを漏らす。朔は不貞腐れたように言い訳めいた言葉を呟いた。
「仕方ないでしょ。ただでさえ身体なまってるし、それに俺の時代に銃なんて無かったから対拳銃戦闘にはまだ慣れてないんだって……いだだだ」
「はいはいあんまり動かないで、とりあえず服脱がせるから腕上げて〜」
「いやそれくらい自分で」
「はい、ばんざーい」
「栞さん人の話聞いて……」
呆れたように朔はため息をつく。とりあえず栞の言うとおり両腕を上げると、彼女はテキパキと服を脱がせ始めた。朔の身にまとっていた服を軽く掲げて見ながら、思わず栞は目を丸くする。
「うっわあ血まみれ穴だらけ。多分落ちないよぅこれ」
「いいですよ別に、処分するんで……」
栞に服を脱がされ、パンツ一丁にされてしまった朔はどこか落ち着かない様子である。その身体のあちこちについた傷は、ほとんど出血が止まっているようだった。栞は朔の言葉を聞いて納得したようで、「それもそうだよねえ」と言ってその服をさっと手近なところに放る。
栞は早速朔の身体の傷を注意深く観察し始めた。時折傷の近くに触れるたびに朔の顔が痛みに小さく歪む。ふむ、と栞が考え込むような声を漏らした。
「傷の感じはシンプルな銃創だねえ。弾丸は全部貫通してるみたいだし、血はほとんど止まってるし」
「治る?」
「私を誰だとお思いで〜?」
「そうでした」
得意げにむふふと口角を上げる栞を見て、朔は眉を下げて笑った。
栞は木箱の中から幾つかのお札を取り出し、それをぺたぺたと銃創に張り付けていく。表面に書かれているミミズ文字を栞が軽く指でなぞれば、文字がひらりと一瞬輝いて、それからまた元に戻った。テキパキとこなされるその様子を見ながら朔は思い出したかのように栞に尋ねる。
「それにしてもよくわかりましたね、俺が撃たれたのが肩だけじゃ無いって」
「こんなに血の匂いをさせてればわかるよう。君自身はピンピンしてるから、普通の人は多分気づかないだろうけどねえ。血はまあ……君が着てた黒い服に紛れて多少はわかりにくくなってるし、返り血だとか言えばなんとか誤魔化せるでしょ多分」
作業の手を止めずに栞は言う。大きな銃創をお札で塞ぎ終えたかと思えば、今度は木箱から小瓶を取り出す。黄緑色の液体が入ったそれを何のためらいもなく開封し、同じく箱から取り出したガーゼにしみこませた。それを手に取ると、朔の身体に散らばる細かな傷へ滑らせ始める。液体が随分しみるらしく、朔は思わずぐっと歯を食いしばった。歯の隙間からわずかに呻き声が漏れる。
「……まあ現に先輩も、俺が撃たれたの肩だけだと思ってますし」
「多分だけど君、撃たれたところ見られなかったら、そのまま無傷を装って任務を終わらせるつもりだったでしょ」
「まあね。それで先輩たちと別れた後でこっそり栞さんのところに行こうと」
「……ほんっと、無茶するよね〜」
しみじみと栞は言った。その脳裏に随分古い記憶が蘇る。だがそれを紐解く前に彼女は小さく首を振り、目の前の作業に再び意識を集中させ始めた。ほとんどの傷にガーゼを滑らせ終えたところで、今度は様々な大きさの絆創膏を取り出す。それらの裏紙を剥がしてひとつひとつ丁寧に張り付けていく。
「それにしても」
ぽつりと朔がつぶやく。独り言じみたその言葉を追及していいものなのかわからず、栞は手を止めずに黙っていた。
「怪我をしたのが俺でよかった」
「……」
「先輩に当たらなくて、ほんとに……」
「…………」
ちらりと視線を動かして朔の表情を窺うが、前髪のせいで顔に影が入ってよくわからなかった。栞はまるで生傷に触れられたかのように小さく眉間にしわを寄せる。
彼は予想していた以上に"彼ら"へ信頼を寄せているようだ。上司に課せられた任務を完遂する為に必要な人材、ということだけではなく、本当の仲間として。
(……もしかしたら、こうなることも予想済だったのかもねえ、鬼灯様は)
あの世にいる彼の上司を思い浮かべ、小さく笑みを浮かべる。全く、あの人の考えていることは本当に予想外で突拍子も無いことばかりだ。
何も言わないまま絆創膏を貼り終えた栞はふうと息をつく。
「よし、こんなところかな」
「すみません、ありがとうございます」
「いいのいいの! 次からは気を付けるんだよ〜?」
「……努力します」
「ふふ。素直でよろしい」
ぱこんと木箱に蓋をして棚に戻す。さっと立ち上がり、ロングスカートの膝辺りを軽くはたいてしわを伸ばした。
「さて朔くん、お腹空かない?」
「いや、俺は……」
「昨日ちょうど地獄から色々具材を仕入れたところだから何でも作れるよ〜」
「! じゃ、じゃあ俺、栞さんの作ったシーラカンスの煮つけと脳吸い鳥の温泉卵が食べたい!」
「君、昔からそれ好きだよねえ。わかった、用意するからちょっと待っててね」
キラキラと目を輝かせ始めた朔を見て、栞は彼の好物のレシピを頭に思い浮かべていた。